真夜中の逢瀬
* * *
「ルシェ!」
少しだけ慌てたような声がする。
目を開けると、眼前にディル様の美しい顔があった。
「うわぁ。ディル様だ……。好きです」
「っ……。ルシェ、こんな風に寝ていたら風邪を引く」
ゆっくり起き上がる。ここ数日の環境の変化で疲れてしまっていたのだろうか。
くしゃくしゃになってしまった部屋着。ベッドの上で何も掛けずに眠ってしまっていたらしい。
「……ディル様? どうされたのですか? 眠れなかったのですか?」
ベッドから立ち上がって、そっとそばによると、びくりとその体が震えた。
細く見えるけれど、シャツ一枚のくつろいだ姿になれば、鍛えられていることがよく分かる。
「……いや、そうだな。眠れなくて、君の寝顔でも見ようかと」
「うわぁ……。よだれとか垂らしていませんでしたか」
「ふ、ふふ。もしそうだとしても、ルシェは可愛いよ」
つまり、よだれを垂らしていた、ということなのだろう。
私は、慌てて口元を拭った。
「少し、元気がなかったから気になって」
「え? 元気ですよ?」
「そう……? いや、本当は結婚したくなかったのに、もしかしてサーベラス領を助けるために結婚してくれたんじゃないかと……。無理しているんじゃないかと」
「……ディル様」
確かに、毎日気軽に好きだと告げていた日々に比べて、私はディル様に好きだと言えていない。
だから、元気がないと思われたのだろうか……。
ディル様は、私に結婚を断って欲しいと言った。
それなのに、無理に妻になったりして、許して貰えないんじゃないか、そう思うと今まで通りにするのは難しかった。
「――――でも、好きです」
「え?」
「好きです。期間限定だとしても、一緒にいられて幸せです」
「…………どうして」
ディル様に、私が呪いについて知っていることを気づかれてはいけない。
そもそも、ディル様は自分が呪いに蝕まれていることに気がついているのだろうか。
そばに寄って、そっとその体を抱きしめる。
(気がつかないはずない。徐々に心臓が握りつぶされるあの感覚に、気がつかないはず……)
ディル様の心臓に絡みつく呪い。
それは、黒い蔦のように今日もうごめいている。
ディル様は、何も言わないし、苦しそうなそぶりも見せない。
でも、時々胸の鼓動が乱れる感覚に、気がつかないはずがない。
(ああ、幸せな数日を満喫してしまった。どうして、ディル様が急にこんな風な態度に変わったのかはいまだに不思議で仕方ないけれど)
ここ数日、私らしくなかった日々のせいで、ディル様に心配させてしまっていたのなら、今からはいつも通り過ごすようにしよう。そう決心する。
「ディル様……。大好きですよ?」
「ああ、俺もだ。……ルシェ」
抱きしめられたその力は、なぜか息ができなくなるほど強くて、不意に泣きそうになってしまう。
ディル様がいない人生では、私は生きていられない。それは、間違いない。
あの日、結婚を断った私は、関係者に囲まれるディル様を遠くから見つめるしかなかった。
暗くて冷たい雨の日に、私の心は死んでしまった。
だから、もう一度ディル様を失うこと以外、何も怖くない。
「あの、明日から、昼間は出かけます」
「そう……。ずっと、引きこもっているから、執事のバールも心配していた」
完璧な執事、バールさんにまで心配をかけていたとは……。
死んでしまったはずなのに、急に結婚お断りの場面に戻ってきてしまったことが、私の行動に予想以上に影響を与えていたのかもしれない。
明日から、ディル様の呪いを解決する方法を見つけてみせる。
だって、あと半年しかないのだから。私は、そう心に決めたのだった。
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