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消えない雨音


 * * *


 貴重な時間だというのに、私は三日も意識を取り戻さなかったらしい。

 それからというもの、ディル様の過保護には磨きがかかってしまった。


「ふらついている。支えるよ。それとも抱き上げようか?」

「はわ! お、お手洗い……ですので」

「倒れたら大変だ。何かあったら必ず呼んで」

「わ、分かりましたから!」


 サーベラス侯爵家は、もともと資源豊かだ。

 相次いだ天災と、後継者が変わった関係で、一時的に困窮しただけで。


「あの、今度の夜会のドレスは、もともと持っている青いドレスを着ようかと」

「どうして?」

「だって、サーベラス領が大変なときに、高い買い物なんて……」

「――――ごめん」

「え?」


 マシュマロの入ったココアを用意し、今度の夜会について切り出した私から、ディル様は分かりやすく顔を背けた。

 しばらくの沈黙の後、少し緊張した様子で、ディル様が口を開く。


「もう、ほとんどサーベラス領は持ち直していると言ったら、怒る?」

「え……。本気ですか」

「――――天災は続いたけれど、おかげさまでもうほとんど解決した」

「えぇ……!?」


 衝撃の事実。

 異常に忙しいと思っていたけれど、まさかもうサーベラス領の問題が解決してしまうなんて。


「な、なんで言ってくれなかったんですか」

「うん、君が結婚をやめると言い出さないかと心配で」

「そ、そんなはずないでしょう!?」

「……ごめんね?」


 そう言って、眉を寄せて微笑まれてしまえば、それ以上私が言えることなんて一つもない。

 だって、好きなのだ。大好きすぎて、全てを許してしまいそうになるのに、そんな言い訳されて怒れるはずがない。


「好きです」

「うん、俺もだよ?」

「大好きです」

「うん。……愛している」


 ディル様と一緒にいる時間は幸せだ。

 けれど、時間が経てば経つほど、ディル様の心臓は呪いに蝕まれていく。


「幸せだ……。満足している」

「だ、ダメですよ! 私より先に死ぬのだけは!」

「……それは、それだけは、許して欲しいな」

「……え?」

「俺より先にいなくならないで。他にもう、我が儘なんて言わないから」


 降り止まない雨の音が聞こえる。

 実際には今日は晴天のはずなのに、その音はディル様を前にして止むことがない。


「せめて、最後までそばにいさせてくれますか?」

「……それで、ルシェがいいのなら」

「離れて、行きませんか?」

「望んでくれるなら、離れたいはずなんて、ない」


 雨の音が激しくなる。

 それが本音だというのなら、私はあの時あなたのことを一人にしてしまった。

 苦しんでいることにも気がつかずに、たった一人で……。


「ああ、でも、ルシェの理想の俺のままでいたいから、最後は見ないで欲しいかな」


 今日の口づけは、塩辛い。

 でも、私はまだ、諦めたりしない。

 今したばかりの約束は、守れないかもしれないけれど、どうしても生きていて欲しい。

 それは、私の自己中心的な我が儘なのかもしれないけれど。


「愛しています」

「うん……。それに、まだ諦めたわけじゃない。だから、俺のことで心配なんてしないで」

「それは、無理な相談です」

「そう……。ごめん、嬉しい」


 抱きしめられた腕の中は温かくて、ずっとまどろんでいたくなる。

 雨音は、消えてくれないけれど。


最後までご覧いただきありがとうございます。『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるとうれしいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 2人のつかの間のふれ合いが切ないです(T-T) どうか雨音が消えますように
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