第十一話・5
俺はなんだかんだといって、先輩と映った写真を大事にしている。それを見られたら恥ずかしいなんてものじゃない。
「ちょ、ちょっと待った。そこは……っ」
席を立って、俺は先輩を止めようとする。
――すると先輩は、いつもの先輩からは想像もつかないくらい、悪戯っぽい目をする。まるで猫のように、俺の手を逃れて、楽譜ファイルの隣のアルバムを掴む。
「ここにあるなら、隠さないで見せて……」
「だ、駄目だって。それはエッチな本なんかじゃ……っ」
「っ……!」
先輩の後ろから手を伸ばした拍子に、彼女がバランスを崩してこちらに重心がかかる――そして。
「ご、ごめん、先輩……っ」
揉み合った拍子に、先輩と一緒にベッドに倒れ込んでしまう。
これじゃまるで、押し倒してるみたいな姿勢じゃないか。俺は慌てて身体を起こそうとして――手を置いてはいけないところに置こうとしてしまう。
「……涼太……」
先輩は怒らない。でも、こうしている時間が一秒でも長くなってはいけない。
分かっているのに、動けない。ただ、じっとこちらを見ている先輩と見つめ合うことしかできない。
「……せ、先輩。俺……」
「……奈々姉って、呼んで欲しい」
「っ……」
先輩の不安そうな瞳が、不意に穏やかな光を宿す。先輩が目を閉じる――俺から逃げようとしないで、艶のある唇がきゅっと結ばれている。
このまま引力に惹かれてしまいたい。そう思った瞬間――ピコン、と電子的な音が部屋に響いた。
スマートフォンのメッセージ。先輩もそれに気づいて、俺の手に自分の手を重ねる。メッセージを見なくていいのか、というように。
「ご、ごめん……っ、俺、今……」
先輩は小さく首を振る。耳まで真っ赤になって、目は潤んでいるが、それは悲しいからとかではないみたいだった。そうでなかったら土下座では済まないのだが。
「……私もからかったりしてごめんね。今のは、怒ったりしないから」
謝りながら、注意もする。先輩はグーに握った手を俺の額にそっと触れさせて、「めっ」と小さく言う。全然怒っていなくて、俺も思わず笑ってしまう。
先輩のおかげで、気まずくなってしまうようなことは無しにできた。俺は安心しつつも、ベッドから降りてスマホを手に取り、思わずギクリとしてしまう――こんなことをしているときに、『岸川先生』の名前が表示されると、お叱りを受けたりしないかと思ってしまう。
岸川先生:こんばんは。まだ起きているか? 海原のことだから、勉強しているだろうか
岸川先生:今日は空野もバイトだと言っていたから、仲良くしていると私も嬉しい
『仲良く』というニュアンスが、今はチクチクと胸を苛む。不慮の事故とはいえ、先輩に覆いかぶさって胸を触ってしまった――それを秘密にしなくてはいけないことには、やはり多少どころではない罪悪感がある。
「……岸川先生? それとも、杜山先生?」
「先生の二択なんだな……先輩は岸川先生に、今日はバイトって伝えてきたんだな」
「うん。一緒って言ったら、そわそわしてた。お店に来るかなと思ったけど、たぶん我慢したんだと思う」
空野先輩はやはり、岸川先生と俺の関係については思うところがあるみたいだ。俺もそれを分かっていて、先輩を部屋に入れているわけで――いや、俺と先輩は事故さえなければ、いけない空気になったりはしない関係だから問題ない。
「……涼太のえっちな本が見つからなかったから、ちょっと悔しいけど、また来るときの楽しみができた」
「それは……今度は俺も気をつけるけど、そんなに期待するようなのはないと思うけどな」
「……やっぱりあるんだ」
エッチといってもこれくらいなら健全の範囲内だろう、というくらいのものだが、俺もまったく女性に興味がないわけではない。しかしそういうのは、当たり前だが親しい人に見せたくはないものだ――まして女の人には。
「あ……私も、お母さんからメールが来た。そろそろ帰らないと」
「あ、ああ。先輩、また……」
また明日と言いかけて、いくら近いとはいえ、外は真っ暗なのに一人で行かせられないと気づく。
俺は玄関まで走って、靴を穿いている先輩に追いつく。こちらを見てくる先輩は――ついてこなくていい、という顔はしていない。
「外は暗いから、家まで送っていくよ」
「……涼太の帰りが心配だけど、男の子だから大丈夫ってことにしておく。でも、寝る前にメールしてね。安心するから」
先輩も先輩で、とても過保護だ――歩いて三分もかからないところに幼馴染みを送っていく俺も、人のことは言えないけれど。
※いつもお読みいただきありがとうございます!
いよいよ明後日の11月30日に「お姉さん先生」の書籍版第二巻が発売されます!
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宜しければ特典のほう、活動報告でご確認いただけましたら幸いです。




