第十話・4
Bクラスのチームにはそのままの勢いで勝ち、昼までの試合を終えた。
純は購買のパン争奪戦に向かい、俺は岸川先生に弁当をおすそ分けしてもらうことになっていたのだが――校舎の屋上に向かうと、先生は食事もそこそこに、俺の腕の辺りに触れてきた。
「せ、先生……どうしました?」
「どうしたもこうしたもない。さっきの試合を見ていたが……打球を身体に受けてしまっていたな。また、いわれのない因縁をつけられたのではないか?」
俺におにぎり――梅とおかかを合わせて刻んだものを入れていて、とても美味しい――を食べさせてくれながら、先生は心配そうにする。
「いつものことですから。試合には勝てましたし……」
「その調子なら、海原のクラスは優勝できそうだな。しかし打撲は放置せず、処置をしておいた方がいい。後になって腫れてくると痛みがあるぞ」
「ペアを組んでた上杉も、打球を受けてたんですが……」
「彼はさっきの休憩時に、救護テントに来ていたようだぞ。海原に心配をかけたくないようだったが、二人で来ればどうなのかと思ったものだ。ペアを組んでいるのに、二人とも照れ屋なのか?」
「あいつも何を考えてるか分からないところがあるので……な、なんですか……んっ……」
おにぎりを食べたあとは、先生は水筒からお茶を注いで飲ませてくれる。麦茶――いや、味がもっと深い。五穀のお茶とかそういうものだろうか。
「海原が笑っているから、いい友達を持ったのだなと思ってな。嬉しくなった」
「……ま、まあ確かに良い奴ですが。水泳部の練習を見学したいとか言ってみたり、なかなか自分の気持ちに正直でもありますよ」
「そうなのか。しかし男子の見学は、基本的に受けていないからな……海原なら、皆に受け入れられているからいいのだが」
やはりそういうことなのか、と期せずして確認することになってしまった。純の夢であるところの水泳部見学は、男子禁制という壁に事実上阻まれてしまったわけだ。
先生はもう一つ、おにぎりを俺に食べさせてくれる――話しながらも餌付けは忘れないというのは、先生にとってその行為が定着してしまっているのだろうか。
今度食べさせてもらったのは鮭のおにぎりだ。焼き鮭をほぐして入れてあるのか、切り身の状態で入っている具は食べごたえがあり、適度な塩気がちょうどいい。
「……特別扱いということではないのだぞ。海原には分かっていてほしいのだが」
「は、はい。もちろん……いえ、すみません。やっぱりマネージャーをさせてもらうことになったのは、特別なことのようには思えます」
「う、うむ……そうか。しかし贔屓と言われてしまうと、私も困ってしまう。海原もそのあたりは、TPOを考えて対応してもらいたい」
つまり時と場合を考え、上手く立ち回って欲しいとそういうことだ。
水泳部の部員から信頼されないとあっさり女子水泳部を男子が手伝っていると広まってしまうので、そこは努力が必要になる。それもコミュニケーション能力を改善するための過程と考えて、自分なりに頑張ってみることにしよう。
◆◇◆
岸川先生が一度診てもらうようにと昼休みの時間を残してくれたので、勧め通りに保健室にやってくる。
来てから気がつくが、先生も今日は救護スペースにいるのではないだろうか。しかし昼休みで、食事を摂るために保健室に戻ってきていることも有り得る。
どちらにせよ、来たのだから在室しているか確かめればいい。俺はドアを軽く二回ノックした。
「杜山先生、すみません。いらっしゃいますか」
『っ……ど、どうしましょう、そんなに急に……きゃぁっ!?』
――部屋の中から聞こえてきたのは、杜山先生のものらしい悲鳴。どうやら悠長にしている場合ではない。
ドアに手をかける。鍵はかかっていない――俺は意を決して開け、中に踏み込んだ。
「先生っ……!?」
保健室に入っても、予想に反して杜山先生の姿は見えない。
またベッドの下に潜り込んでいたりしないだろうか――いや、これでは何か期待してしまってるみたいで、逆にベッドの下は確認する気になれない。
「先生、どこに……っ」
ベッドの下ではなかった。先生は、保健室のロッカーの前にいた――いつものワンピースの上に白衣という格好とは、かけ離れた服装で。
「……こ、これはね……海よりも深い事情が……ううん、海原くんにかけてるわけじゃなくてね……」
「だ、大丈夫ですか、先生……? いや、大丈夫じゃないですね……」
先生は――端的に言って、チアガールの服装をしていた。どうやらスカートを穿こうとしたときに俺が外から呼んでしまったようで、足がもつれて転んでしまったようだ。
杜山先生は女騎士先生の胸甲すら上回る、豊穣の女神たる象徴を持っているのだが――
こうして目の当たりにしてしまって、改めて分かった。先生は腰が細いのに、ヒップがとても大きい――イメージ通りといえばそうなのだが。
「……え、えっと……じっと見てられると、先生ね、どうしていいのか……だ、駄目よ、お尻が大きいとか本当のこと言っちゃ……」
「っ……す、すみません! 俺、向こうを向いてますから……」
「ご、ごめんね。すぐに着替えちゃうから、ちょっと待ってて」




