第十話・3
「――っらぁ!」
「っ……!」
テニスにおける、典型的なラフプレー。
それは、相手の身体を目掛けて打球を打つというもの。マナーに反する行為だが、仕掛けた本人がこう言えば、レクリエーションレベルの審判ではペナルティを与えにくくなってしまう。
「おっと、手元が狂っちまった。すみませーん、大丈夫ですかー」
まったく、やっていることがチンピラもいいところだ。しかしこれくらいで熱くなっていたら、それこそ客観的に見れば向こうと同レベルになってしまう。俺には全校生徒の九割以上に怖がられているというディスアドバンテージがあるのだから。
「やってくれるねえ、向こうも。海原、大丈夫か?」
山崎が打ち込んできた打球は俺の顔面を狙ってきた――冗談では済まないが、咄嗟に反応してラケットで受けた。アウトになって向こうにポイントが入り、山崎と長谷川は審判に言い訳をしている。審判は気弱そうな男子で、少し押されると意見を封じられてしまっていた。
それは仕方ない、レクリエーションでここまで本気で仕掛けてくる連中がいるというのが想定外なのだ。
「しかし空野先輩か……あれだけの美少女だ、ファンもやっぱり多いんだな。水泳部のエースというのもポイントが高い」
「……だから、喧嘩を売られても当然ってことか?」
俺より少し前で構えている純は、こちらを振り返って笑ってみせる。
「俺がいつか正規ルートで水泳部の練習を見られた日には、煩悩のないポートレートを撮って海原にプレゼントしてやろう」
「……そいつは嬉しいような、複雑なような……だなっ……!」
「オラァ、よそ見してんじゃねえぞ!」
「「行け行け山崎ィ!」」
「「押せ押せ長谷川ァ!」」
なぜかBクラスの男子が応援を始めている――俺は山崎のサーブをコースギリギリにリターンする。
「うぉっ……!?」
「や、やるじゃねえか……だが……」
リターンエースが決まり、俺たちにポイントが入る。試合は2ゲーム先取だが、状況は1-1のイーブンだ――次のポイントで、どちらかがマッチポイントになる。
「あまり妙なことは考えるなよ。普通にテニスをすればいい」
警告のつもりで言う。山崎も長谷川も、引きつった笑いを浮かべている――しかし、まだ何か仕掛けてきそうだ。
「海原、何か勘違いしてるみてえだが……」
「俺たちは、普通にテニスしてるだけだぜ……っ!」
山崎のサーブを、俺がリターンする――コースの端を狙いきれず、中央に返す。
「っ……!!」
長谷川がバックハンドでリターンする――純の身体を狙って。
純は二の腕に打球を受ける。ボールがコートに転がり、審判は迷ったあとに、山崎たちにポイントを入れる。
「ど、どうだよ……海原、今のは別にルール違反じゃねえぞ」
「そ、そうだ。泣いても笑っても、あと一回で勝負が……」
ソフトテニスの打球を受けて、怪我を負うことはそうそうない。
しかし痛みはある。純は打球が当たった箇所を気にするが、まったく平気だと言うように腕を回してみせる。
「怒るなよ、よくある事故だ。気を取り直して行こうぜ」
「……純」
「俺も海原みたいに、どんな球も反応して返せりゃいいんだけどな。やっぱりお前はすげーよ」
――俺からしてみれば。
俺と組んだことでいざこざに巻き込まれて、狙われて――危険な打球を受けて、それでも笑っていられる純の方が、よっぽど凄い奴だ。
だが、凄いとばかりも言っていられない。
実際に純が打球を受けた今、必ず落とし前は付けさせる――あくまでも、テニスのルールの中で。
「……打ってこいよ、もう一度。あと一回で勝負が決まるんだろ?」
「っ……てっ……めぇ……」
「ま、待て、落ち着け……ビビったら負けだ、山崎……ダブルフォルトだけは避けろ……っ」
いつもは厄介だと思うが、こんな時はこれで良かったと思う。
ただ、俺は眼鏡を直しただけだ。言ってしまえば、どれだけラフなプレーをしても、連中は俺の眼鏡を外させることさえできていない。
「うぉらぁっ!」
あともう一度ポイントを取れば勝ちだ――山崎はサービスエースを取ろうと渾身のサーブを打ってくる。
「てぇっ……!」
純は辛うじてというところだが、バックハンドでリターンする。球は左サイドの深くまで飛ぶが、回り込んでいた長谷川がフォアで返してくる。
「――うらぁっ!」
長谷川が気合いと共にラケットを振る。会心のリターンだと思っているだろう、しかし長谷川と山崎は中央に戻り、俺たちのリターンに備える。
「――返せるものなら、返してみろ」
「うっ……!?」
「おっ……!?」
敵チーム二人の動きが止まる。俺がしたことはただ、二人を一瞬だけ凝視しただけ。
身体を狙うとでも思ったのか、二人がラケットを引く。次の一瞬で、俺はラケットを振り抜き――上回転をかけた球が敵二人の間に打ち込まれ、ラインを削るように低い弾道で駆け抜けていく。
「……デュ、デュース」
審判が、同点になったことを告げる。野次を飛ばしていたBクラスの生徒も、コートの中の長谷川と山崎も、まったく動けていない。
純は俺に目配せをして笑うと、ラケットを回して持ち直す。
「さすが海原……文武両道の、姉ヶ崎最強のヤクザ……」
「えー、でも危ないプレーしてたの相手の方じゃない?」
分かってくれている人もいる。見ていれば相手がラフだったのは分かる、と言えばそれまでだが、俺の印象だけで味方がゼロなんて事態じゃない。
「……どうした? もう一度打ってこい。まだやる気があるならな」
挑発しているつもりもないのだが、そういう言葉を選んでしまうのは――認めざるを得ないが、俺も熱くなっているということなのだろう。




