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第八話・2


岸川先生:空野のことで、相談したいことがある

岸川先生:放課後、少しだけ時間をもらえるだろうか


 その文面を見た時、良い話ではないのだろうという予感があった。


 試験が終わったあと、土日にバイトが入っていたが、空野先輩は休むと連絡があった。


 俺と同じように風邪を引いたのかもしれない。もしそうなら、試験明けの試合に出ることは難しくなる――地区大会、県大会と進んでいくのに、初戦に出場できなければ、空野先輩は引退することになってしまう。


 少し体調を崩すことくらいは誰にでもあって、試合までには空野先輩は元気になっている。バイトにもまた復帰してくれる――俺は自分に言い聞かせるようにそう考えていた。


 ◆◇◆


 放課後、プールを訪れた俺は、岸川先生から空野先輩が出席していること、練習にも参加していることを教えてもらった。


 プールの近くにある、グラウンドに続く土手に移動して、俺は岸川先生から話を聞くことになった。試合前の追い込みなので時間は限られているが、それでも相談しておきたいとのことだった。


「海原、空野とは最近連絡を取っているか?」

「いえ、最近は……バイト先でも、会ってませんでした」

「……やはりか。いや、やはりと言っては海原に悪いが、そうなのかもしれないと思ってはいた」

「空野先輩に、何かあったんですか?」


 俺が尋ねると、岸川先生は少し迷う様子を見せた――心配をかけないようにということだろうか。

だが呼んでもらっておいて、何も聞かずに帰るわけにはいかない。


「日曜から試合に向けて練習を再開したが、空野のタイムが少し落ちていてな。まだ代表として出られるタイムではあるが、地区大会で確実に勝てるとは言いにくくなった……本来の空野は、地区大会は順当に勝てる選手なのだが……」

「そう……ですか。空野先輩はバイトも休んでたので、試験疲れかもしれません」

「そうかもしれない。しかし、試験中の自主トレーニングのみの期間があったことを鑑みても、タイムの変化が大きい。特に、後半での追い込みが弱くなっている。体力はもちろん必要だが、精神面が関わる部分に弱さが出てしまっている」


 精神面――確かにどんな競技でも、メンタルの影響は大きい。水泳のように後半が苦しくなる競技では、特にそうだろう。


「何でも海原に結びつけることはしてはいけないが……空野は海原に素っ気なくしているように見えて、とても気にかけているように見えた。私や杜山先生が海原に料理を作っていることも、気にしていたようだったしな」

「それは……俺の親と、空野先輩の親が、昔親しくしてたからです。空野先輩には、子供の頃お世話になっていました。登校するときの班も同じでしたから」

「……これは私の勘で、深読みするような言い方になってしまうが。子供の頃から親しくしていたにしては、互いに距離を置いているような態度で、ぎこちなさがある。何か、二人の間にあったのではないか……?」


――涼太は近くに住んでて、涼太のお父さんとお母さんに頼まれて遊んでただけ。

――涼太の……海原のことなんて何とも思ってない。好きなんかじゃない。


 空野先輩と俺は、幼馴染みと言える関係だった。


 俺は彼女のことを『奈々姉』と呼んで、空野先輩も俺のことを名前で呼んでいた。


 けれど、俺が空野先輩を慕いすぎていたせいで、彼女に迷惑をかけてしまった。


 年下の男の子と遊んでた。奈々海はあの子と付き合ってるんだ。そんなふうに友達から邪推されて、空野先輩はからかわれてしまった。


 分かってはいた。空野先輩は、あの時俺のことを突き放さなければ、ずっと邪推を受け続けて、からかわれて、心をすり減らしてしまっただろう。


 ショックではなかったと言えば嘘になる。あの言葉を聞いたあと、俺は空野先輩に近づかないようにした――これ以上迷惑をかけたら、嫌われてしまうから。


 小学5年のときに、俺たちは幼馴染みではなくなった。


 中学の二年間、空野先輩と同じ学校にいながら、一度も話さなかった――本当に、ただの一度も。


 遠くに見かける先輩の姿は、少しずつ大人びていった。


 もう一度話すことができたらと願うことはなかった。俺が近づかなければ、空野先輩もまた、俺に接してくれることは無かったから。


 学年が違えばそんなものだ。近くに住んでいると言ったって、ずっと親しくしなければいけないわけじゃない。


 高校が一緒だというのは親から聞かされて、入学前から知っていた。


 それでも初めて言葉を交わしたのは、夏になってからのことだった。


「空野先輩が、俺が何かしたら調子が良くなるなんて考えたら、先輩はきっと怒ると思います。俺は、先輩に迷惑をかけた……だから、嫌われて……」

「そう、お互いに思い込んでいるだけではないのか? 勝手に人の心を推し量り、決めつけてしまって、それで傷ついて何になる」


 先生には分からない。


 俺がどれだけ悩んだか、空野先輩と昔仲良くしていたことを忘れるために、どれだけ時間が必要だったか。


 けれどそう言ってしまったら、俺はもう先生の前に立つことはできない。


 あれから何も先輩に許してもらう努力をしなかった自分を棚に上げて、先生に苛立ちをぶつけるなんて最低の行為でしかない。



※お読みいただきありがとうございます!

 ブックマーク、評価、ご感想などありがとうございます、大変励みになっております。

 次回の更新は6月25日(火曜日)になります。

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