第六話・3
「え、ええと……石川先輩は、図書室に何を? 本を探してるみたいでしたが」
「ええ、ちょっと詩集に興味があって。でも良さそうなものは借りられているみたいなので、本を借りるのはまた今度にします。涼太くんは、試験勉強ですか?」
だんだん先生の演技がこなれてくる――というか、本当に先輩なんじゃないかと思えてきてしまっている。自分のちょろさが愛おしいというか、我ながら単純すぎる。
「あ、あの……すみません、涼太くんという呼び方は馴れなれしかったですか」
「そ、そんなことはないですよ。でも俺は、芽……える先輩って呼ぶのは、少し照れますね」
「ふふっ……今日会ったばかりですからね」
石川先輩は、自分の演技に自信をつけてきているようで嬉しそうにしている。むしろ気づいていないと先生に思わせている俺の方が、実は役者向きだったりするかもしれない――二人して何をやっているのか、というツッコミはなしとする。
「っ……石川先輩もここで勉強するんですか?」
座るとしても向かい側だろうと思っていたら、石川先輩は隣に座ってきた。そして眼鏡の位置を直しつつ、俺が何を勉強しているのかを覗き込む。
思わず声が出そうになる。そう、岸川先生はパーソナルスペースに俺を無自覚に入れてしまう傾向にあり、つまるところおっぱいが二の腕に当たっている。全神経がそちらに向かってしまうのをどうにもできない。
「数学の勉強をしていたんですね。試験の順番通りにやっているんですか?」
「は、はい、これは二日目の一つ目の試験ですね」
なんとか初手を乗り切った。おっぱいが気になって何を喋っていいのか分からなくなったとか言ったら、さすがに先生も呆れてしまうだろう。
「まだ試験前期間の初日なのに、そこまで進めているんですね……偉いです」
「っ……え、偉いというか、みんな頑張ってますから」
「いえ、私のクラスの子は授業が早く終わるからと、遊んでいくような子ばかりで……海原くんみたいに真面目な子をぜひ見習って欲しいです」
三年で遊んでいるのもどうかと思うが、この場合は「岸川先生」の立場で、自分が担任のクラスのことを言っているのだろう。
「あ……よ、良くなかったですね、みんなのいないところでそんなふうに言ったりして。せっかくだから遊びたいっていう気持ちも、本当は分かるんです」
「確かに……高校生活は一度きりですからね。でも俺は、試験でいい成績を取るために頑張るのも、それはそれで面白いと思うんです」
「面白い……そう思えるのも、一つの才能ですよ。私の現役時代は、本当に勉強嫌いで大変で……あっ……」
「石川先輩が勉強嫌い……それは、ちょっと意外ですね」
もう先生の素が出てしまっても、気づかないふりで通すことにする。先生は安心したように胸を撫で下ろしていた。
「ですが、頑張った甲斐あって、後輩の涼太くんには教えられると思います」
「本当ですか? それじゃ、ここの方程式なんですが……」
参考書の問題を一つ、先輩に解き方をレクチャーしてもらうことにする。
自分で考えても何とかなるだろうが、せっかくなので、岸川先生の解き方を参考にしたいと思ったのだが――。
「……あっ、この展開では詰まってしまいますね……では、違う考え方で……」
先輩は難しい顔で問題と向き合っている――行き詰まるとシャープペンシルをカチカチとするのが、彼女の癖のようだ。
「あ、石川先輩の解き方を見ていて、ピンと来ました。こういう感じでどうですか」
「あっ……凄いです、これであってますね。きれいに解が出ました。では、この問題はどうですか?」
「この問題はですね……」
気がつくといつの間にか、俺が問題を解いて、先生に解説するという状態になっていた。
しかし人に教えるというのは、それだけ自分も身につくものだ。先生も聞き上手なところがあって、俺もやり甲斐がある――一人で勉強していた時とは、進み方が全く違う。
「涼太くんは、聞いていたとおりに優秀なんですね。凄いです」
「い、いや……石川先輩が一緒なので、やる気が出たんです。いつもは一人なので……だから、ありがとうございました」
「……試験期間なら、学年が違っても一緒に勉強できるかと思って。迷惑でなかったなら良かったです」
石川先輩が微笑む。岸川先生は、もうこうやって試験勉強をする必要なんてないのに、俺の勉強に付き合ってくれた。
「海原くんがいつも一人で勉強しているなんて、勿体無いと思います。だって、こんなに教えるのが上手なんですから」
岸川先生が本当に俺の先輩だったら、俺はどうしていただろうか。先生と生徒でなくて、こうして同じ生徒として出会っていたらと想像する。
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次回の更新は5月26日(日曜日)を予定しています。
※この場をお借りして、告知のほうをさせていただければと思います。
このたびファミ通文庫様から「お姉さん先生は男子高生に餌づけしたい」の書籍化が決定いたしました!
イラストレーターはHIMA先生です。
表紙イラストを先行して公開する許可をいただけましたので、よろしければ
画面を下にスライドしてご覧ください!岸川先生、杜山先生の二人が表紙を飾っています。
来月6月29日の発売となりますので、書籍版「お姉さん先生」につきましても
何卒よろしくお願いいたします!




