第五話・4
「あ、あの……岸川先生、私たちもご一緒していいですか?」
「ん……ああ、席は空いているから遠慮はいらない。どうぞ、座りなさい」
私が担任をしている2年D組の女子生徒たちが声をかけてくる。私が一人なので、寂しいと思ってくれたのだろうか――という予想は、少し外れていた。
「良かった……私たち、さっきから声をかけようか迷ってたんです、芽瑠お姉さま」
「ちょっ……な、何いきなり先生のこと名前で呼んでるのよ、それにお姉さまとかフライングしすぎ」
「ふふっ……まあ、私の方が年上であることには違いないが。少し照れるから、岸川先生と呼んでもらえるとありがたいな」
私自身は普通の受け答えをしているつもりなのだが、三人の女子生徒はなぜか感激してくれているようで、緊張した面持ちで私を囲むように席に座る。
「岸川先生、そのお弁当って自分で作ってきてるんですよね。凄い……」
「昔から料理は嫌いではなかったからな。みんなも作ってみたいのなら、教えることはできるが……」
「っ……そ、そんな、芽瑠お姉さまにお料理を教えていただけるなんて……そんなこと、恐れ多いです」
「先生と仲良くしたいのか、そうじゃないのかどっちなの……すみません、この子、岸川先生に一年の時から憧れてたみたいで」
「そうか。それなら、こうして一緒できて良かった」
答えながら、私は海原の様子を見る。遠くの席にいて、視線も合わない。私がここから見ていることに、彼は気づいていない。
カツカレーは野菜があまり摂れないから、サラダを頼むようにと言ったが。ちゃんと、守っていてくれることが嬉しかった。私が言ったからとか、そういうわけではないかもしれないが、それでも。
早食いをしないようにとも言ったが、海原は上杉もいるからか、少し早めのペースで食べていた。それについては友達付き合いにおいては重要なことなので仕方がない。
遠くから見ているだけでも、何か胸が満たされるものがある。話すことができなくても、見ているだけでもいい。そう思うのは、一方的な押しつけだろうか。
海原たちは先に食べ終えて学食を出ていったが、私は女子生徒たちと話をして、昼休みが終わる少し前に学食を後にした。
◆◇◆
今日こそ海原の家に夕食を作りに行きたかったのだが、連絡をするタイミングを逸してしまった。というより、私も先生であって、同時に一人の大人だと思っているので、生徒に学校でメッセージを送ることには遠慮がある。
そう言いつつも授業の合間にメッセージを送ってしまうこともあるのだが、その時でも海原は律儀に返してくれる。インテリヤクザと呼ばれているのは不本意だと言っていたが、その彼が休み時間にスマホを操作しているところは、クラスメイトからは少しイメージと違うと受け取られるようだ。
海原は人見知りをするというか、周囲にバリアを張ってしまうことがあるので、きっかけは何にせよ、そのバリアを和らげることさえできればと思う。教師は生徒の人間関係についても、可能な限り良い方向に向かうように見守るものだ。
空野と海原のことについても、過去に何かあったのだとしたら、和解することができればいいと思う。私がそんなことを思うのは、お節介になってしまうだろうか。
放課後、プールにやってくる。部員たちには日曜日も練習に出てもらっているので、月曜はトレーニングか、家での自主トレをするように指導している。
私はプールに顔を出すので、部員が自主的に泳ぎに来る分には指導を行う。誰も来ていないようなら、ひと泳ぎしてプールの点検をして帰ろうと考えていた。
更衣室で着替えて出てくると、一人の部員がプールサイドでアップを終えて、これから練習を始めるところだった。
「……お疲れ様です、岸川先生」
「うん、お疲れ様……空野は一人で練習していくのか?」
「はい。他の子たちは、ちょっと疲れてるみたいで……私は三十分くらい泳いでいこうかなって」
「昨日もかなりきつい練習をしたから、休むことも必要だが。三十分ということなら、私も付き合わせてもらおう」
羽織っていたジャージを脱いで、畳んでプールサイドの椅子に置く。伸びをして、水着の食い込みを直す――少しお尻が大きくなってしまったのかきつく感じるが、そういう意味でも時には泳いで引き締めておきたい。
「……先生、お願いがあるんですが」
「……どうした?」
空野は神妙な顔をして――いつも表情があまり変わらないので、僅かな変化ではあるのだが、私の目を真っ直ぐに見つめた。
「背泳ぎ百メートルを一本……私と一緒に、本気で泳いでもらえませんか」
一緒に泳ぐ――しかし本気というのは、それは勝負ということだ。
タイムを上げるために誰かと競って泳ぐことは日頃から行っているが、私は練習のペースを整えるために入ることはあるが、部員と競うことは今までしてこなかった。




