第五話・3
「――よし、休憩終わり! タイムを計測する者はコース前に集合! 選手以外でも、測っておきたいと思う者は並ぶこと!」
「「「はいっ!」」」
クロールで選手になれるかどうかという位置にいる吉田も、三年生で高校最後の大会ということで練習に頑張って打ち込んでいる。
去年の今頃、私の指導方針は吉田に受け入れられず、保護者からの叱責を受けたこともあった。しかし海原が助けに入ってくれたあと、吉田とは練習方針について互いに納得がいくまで話し合うことができた。
結果として、選手から外れたことで一度は退部を考えた吉田は、今でも部活を続けている。
「芽瑠っち、ちゃんと見ててよね。あたし、今すごい調子いいから」
「その呼び方はやめなさい、と言えるのもいつまでになるか。タイムが目標に届いていなかったら、今後は朝練に出てもらうぞ」
「ひぇ~、あたし朝弱いから無理だよ。家で筋トレしてるんだから大目に見てよね」
吉田は私が現役の学生だったころでいうと、いわゆるコギャルと呼ばれるようなタイプの生徒で、運動神経はいいのだが部活よりも遊びが楽しいという時期もあった。
そんな彼女が試合に向けて気合いを入れているところを見ると、色々な生徒がいても一つの目標に取り組むことができる部活は、やはり素晴らしいものだと思う。
「あ、ひさびさに芽瑠っちのジャージが全開になってる。男子いないのつまんないと思ってたけど、こういうときは女子だけで良かったって思うよね」
「っ……そ、そんなことはいい。お喋りをしていないで集中しなさい」
私は男子についても分け隔てなく、教師として接しているつもりだが、学校の中で気を許すことができるのは海原だけだ。
――私の方が、海原のことばかり考えて集中できていない。明日あたり、どこかで声をかける機会がないだろうかと期待しながら、今は計測のことだけに意識を向けた。壊れたジャージのファスナーだけ交換することはできるだろうかと考えながら。
◆◇◆
土曜日と日曜日は部活の指導を行い、月曜日まで海原とは連絡を取らなかった。
学校のある日に海原を見かけて声をかけたり、彼がパン食の日に栄養のバランスを摂るためにお弁当を一緒に食べようと提案をするのはいいとしても、休みに元気にしているかとか、そういうことを聞くために連絡するのは良くない。
海原と二人で決めた、先生と生徒として接するためのルール。その中には、休みの日に連絡してはいけないというものはない――だが、もし海原が休みにも連絡してくるなんてと不愉快に思ってしまうといけないので自重している。
だがルールを厳守していると、いつ海原に声をかけていいのか分からない。
体育の授業が終わったあとも、自然に話しかけられるときと、そうでないときがある。
海原は同じクラスの上杉という男子と親しくしていて、体育の準備運動でも二人組を作っている。上杉が休んでいるときは私が代わりに海原と組んだのだが、生徒が休むことを期待するというのも教師にあるまじき話なので、それはあくまで緊急時の対処であると言わざるを得ない。
他の生徒が休んだときはどうするかというと、三人組でやるので大丈夫だと言われる。海原は私と接することには慣れているので、一緒に体操をしても構わないのだろうが、年頃の男子は女性と接すること自体を意識して、忌避することも多いものだ。
海原はそういう意味では、肝が据わっている。やはり私がお姉ちゃんとして接しているので、身構えずにいてくれているのだろうか。
よくよく考えなくても、海原が時々私といるときに緊張していたりするのは感じ取れるのだが、それは先生と接することに対して気を引き締めてくれているとか、そういうことなのだろう。
しかし、海原にとって私だけが、近しい先生というわけではないと分かった。
杜山先生。去年から赴任された先生だが、まだあまり話していないから、どういった方なのか分からない。一度話してみたほうがいいだろうか。
海原との関係について急に聞いたりしたら、変な女だと思われてしまうか。そんなふうに、思わず考えが深みにはまってしまいそうになる。
彼がお弁当を食べてくれるまでに私は何度も提案しないといけなかったのだが、杜山先生はすでに海原の家に行ったりする関係だったりするのだろうか。
機会があれば杜山先生と話す機会が自然に見つかるかもしれない。なかなか機会がなければ、職員室で話しかけてみればいい。同じ学校の同僚なのだから。
◆◇◆
昼休み、今日は学食のテーブルを借りることにした。いつもは職員室で食事をしているのだが、たまに生徒たちで賑わう様子を見たくて、ここで食事をすることがある。
海原に弁当を作ってきて一緒に食べるときは、校舎の屋上に出ることが多い。人目につかないところを選ばなければならないのは仕方がないことだが、
そのとき、学食のカウンターに二人の男子生徒が入ってきた――海原と上杉。
じっと見ているわけにもいかないので、卵焼きを口に運び、食事を進める――そのとき、空野も友人と一緒にやってきた。
しかし海原と空野は、近くを通っても言葉を交わすことはなく、別々のテーブルで食事をする。海原はカツカレーを頼んで、隣に座っている上杉から話を振られ、時々相槌を入れていた。
それを見て、良かったと心から思う。友達が少ないと言っていたから、今日も一人だったら、私が誘っていたところだ。
それを期待して学食に来たわけではないが、海原と二人で食事をしたときのことを思い出してしまうと、少し胸が切なくなる。
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