81話 はじまりはいつもアレ
迷宮都市ラビラント。
低い山々に囲まれた盆地のような場所にある、イリニア王国有数の都市である。
その歴史は浅く、歴史あるこのイリニア王国においては、最も新しい街なのだ。
突如として出現した大小様々なダンジョンと、そこを取り巻くように造られた街並み。
そこに住まう者の多くは、ダンジョンを攻略する冒険者たち、そしてその冒険者を相手に商売をする者たちだ。
まさに迷宮都市以外の何物でもない街なのだ。
「あれがラビラントだ……」
背中に乗っているはずのルーナに声を掛けるが返事はない。
当たり前だ。
寝ているのだからな……
緩やかな峠道から見えるラビラントの街は、想像以上の大きさだ。
街の真ん中には小高い丘と、そびえ立つ巨大な塔。
それを取り囲む街並み。
佇まいは完全にテーマパークのそれだ。
「まるで某夢と魔法の国だな」
つい声に出したが、それに答える者はない。
当たり前だ。
寝ているのだからな……。
いい加減に、夢の国から魔法の国へと戻ってもらうとするか。
「おいルーナ、起きろ! もうすぐラビラントだぞ」
「うーん、ムニャムニャ……それぇ!“キガ・アルデス”」
うん、木はあるよ。
山道だし。
それは“木よ!避けろ”の事かな?
そこら中に木はあるけど、道には無いから別に避けさせなくてもいいんだがな……
「あれ? ココハドコ?」
ワタシハダレ? ってか。
相変わらず絶好調の寝ぼけっぷりだな!
「ここはラビラントの近くの峠道だ。ちなみにお前はルーナな」
「自分の名前ぐらい知ってるのです」
そうか?
時々不安になるぞ。
「うわっ! 見てクロム、街なのです。大きいのです!」
だからさっきから言ってるだろ。
寝坊助娘が!
全く……
こいつと一生を共にしなけりゃならんとはな。
召喚魔稼業も楽じゃないな。
自分で選んだんだが……
残念美少女を背に峠を下る。
峠を降りると、道の先は大きな街道へと繋がっている。
王都イリオンへと続く街道だ。
ズッカからこの道を利用するには迂回が必要だったので、あえて途中の街から山道を選択したのだ。
山道など、俺にとっては何てことないしな。
「さてルーナ……このままの大きさで大丈夫だと思うか?」
街道には、もうすぐラビラントだけあって、多くの人々が行き交っている様子がうかがえる。
大きなままで街道に向かって、騒ぎになったら面倒だが……
「うーん……どうなのですかね?」
聞いたのは俺の方なのだがな。
それ以前に降りる気配もないとはどういう事だ?
まあ、騒ぎになったらなったで仕方ない。
このままでいいか。
それにこの先にあるのは冒険者のための街なのだ。
大きな猫に乗った少女など、珍しくもない……よな?
結局、大きな姿のまま残念美少女を背に街道へと乗り入れたが、周囲の人々の反応は様々だ。
少し驚いた表情をする者。
ジロジロと眺める者。
一瞥して無関心の者。
どれにしても、騒ぎになるような反応はないようだ。
「ねっ! だから言ったのです」
ルーナは得意顔だが、そんなことは一言も言ってないよな?
聞き逃したかな?
「馬がいいなら、猫だって大丈夫なのです」
よく分からんな。
少なくとも俺には通じない理屈だ。
そもそもこの世界に来て、馬に乗ってるやつは見た事あるが、猫に乗ってるのはお前しか知らんぞ。
ルーナの意味不明な理屈が正論かどうかは別として、騒ぎになることもなく、俺たちはラビラントの入口へとたどり着いた。
入り口と言っても街道に門のような物があり、衛兵が数人いるだけだ。
その衛兵が、俺たちを見ると声を掛けてきた。
「おーい! そこの女の子。ちょっとこっちへ」
「ん? わたしの事なのですか?」
当たり前だな。
ルーナ以外、周囲に女の子と呼べるような存在はいないぞ。
「ああ、そうだ。ラビラントは初めてかな?」
「初めてなのです」
「そうか……では、少し質問させて貰っても構わないかな?」
「構わないのです」
「君が乗っているその黒豹は、君の召喚魔なのかな?」
「うーん……はいだけど、いいえなのです。黒豹じゃなくて黒猫なのです」
「あ、ああ、そうか、黒猫なんだね。でも召喚魔なのは間違いないんだね」
「はい、なのです」
うむ、どうやら不審人物扱いのようだな。
俺の乗っていたのが原因だろう。
それ以外なさそうだしな、前世の俺と違って。
前世ではよく職質されたなぁ……
苦く悲しい思い出だ。
「初めてなようなので説明するが、この門より先が、一応ラビラントだ」
「一応? なのですか?」
「ああ、まあ言ってみれば郊外といったところだな」
「郊外……?」
「そうだ。この先にも街はあるが、本当の意味でのラビラントはその奥、外郭の中こそが迷宮都市ラビラントだ」
「外郭?」
「壁の事だよ。数か所の門があってそこから出入りするんだ」
ふむ。
まさにテーマパーク並みだな。
まさかそこでチケットを購入するんじゃないよな?
「それでだ。この先はまだいいが、壁の中では大きな召喚魔は小さくするか、帰還させてもらうことになる」
なるほど。
その為の注意喚起だったのか。
「ちなみに馬や馬車も乗り入れには許可が必要になるぞ」
「馬の馬車もないのです。いるのは猫だけなのです」
「そのようだな……ところでラビラントにはどんな用で来たのかな?」
じわじわ職質っぽい質問が来たな。
嫌な思い出が甦って来たぞ……
「ダンジョン攻略に決まっているのです」
「えっ? 君……冒険者なの?」
「そうなのです。一応Bランクなのです。そしてクロムは高位召喚魔なのです」
「クロム? ああ、この豹、いや猫の事か、って……Bランク? 君Bランクなの??」
「はい、なのです!」
ルーナは自慢げに、首から下げた登録証を取り出した。
「マジ……だな。シルバー登録証だ。こんな子が……」
いや“こんな子”は余計だろ。
本当の事だが。
「もういいのですか?」
「あ、ああ」
呆然とした顔の衛兵を残し、俺たちはようやくラビラント(の郊外)へと足を踏み入れた。
タイトルは、ASKA「はじまりはいつも雨」より拝借




