10話 召喚魔(ねこ)と事務所
「おいおい、誰だ? 俺の事務所を壊す気か」
カウンターの奥で男が怒鳴ってる。
入るなり転がってカウンターに突っ込んでくるやつがいたら、俺でもそう言うな。
『だから気を付けろと言っただろ』
「うぇい」
ルーナは頭を痛そうにさすりながら、よくわからない返事を返してきた。
しかしまあ、初めて入るところに“転がり込む”のはお約束なのだろうか。
「どこのどいつかと思えば、えーっと…ルーナって名前だったな。お前、カウンターを壊して借金増やしたいのか?」
「すいません、ジャコモさん」
ルーナがそう呼んだので、こいつがジャコモなのだろう。なるほど話し方も小物臭が漂ってるし、見れば見るほど、ザ・小悪党な顔をしている。
「それよりずいぶんと遅かったじゃねえか。妹を人身御供に逃げたのかと思ったぜ! それより何だ、その猫は?」
「何って、召喚魔です。名前はクロムです」
「はあ?! そのチビ猫が高位召喚魔だなんて言う気か? お前、遅えと思ったらまさか、どっかで普通召喚魔と契約しやがったのか」
ジャコモはどうやら、俺を普通召喚魔だと思っているようだ。
「ちっ! 淫魔系の召喚魔もつけられないんじゃ高値にならねえ。さてどうするか―」
なるほど、そういうことか。
高位召喚を失敗させて、娼婦への道しかないと失意のどん底へ落としたところで、淫魔系の召喚魔を希望するようにあの手この手で思い込ませてから、召喚所に連れて行くのだろう。
もしかしたら“そのような類の召喚所”も裏ではあるのかもしれない。
「何言ってるかよくわかんないですけど、クロムは高位召喚魔ですよ」
ひとりブツブツ言い始めたジャコモに向かってルーナがそう言うと、ジャコモが怒鳴る。
「はあ? だからそんなチビ猫が高位召喚魔な分けねえだろ! いいかげんにしろ!」
「クロムは高位召喚魔なのです。銀の護符もあるのです。冒険者ギルドにも登録してきたのです」
「なにっ?」
ルーナの言葉を聞いて、やっと首に下がっている銀の護符と冒険者ギルドのタグに気が付いたようだ。カウンター越しにルーナの首に下がったままの護符を掴み、じろじろと眺めだした。
失礼な奴だな。どうしてくれようか。
「本物…な訳ねぇな。どこで手に入れた?! てめぇ、銀の護符といいチビ猫といい、俺を騙そうったってそうはいかねえぞ!」
「くるしいのです。離してくださいなのです」
ルーナも嫌がってるようだし、そろそろ俺の出番だな。
「おい! ジャコモとやら」
念話ではなく、直接口に出してジャコモに話しかけた。
「へ? な、何だ、 まさかチビ猫が喋ったのか?」
ジャコモはルーナの護符から手を離し、カウンターの上の俺を見たり周りをキョロキョロしている。
いい加減その「チビ猫」呼ばわりも止めてもらおうか。
ガラン、ガラガラ…ガシャン!
カウンターの上に乗ったままで虎ほどの大きさになったら、なにやら周りの物を壊したようだが仕方あるまい。
形あるものは壊れるのが常なのだ。
「我をチビ猫呼ばわりするのは止めてもらおうか。貴様は我を馬鹿にしておるようだな」
俺は間抜け面をして口を開けているジャコモに顔を近づけ、牙をむき出し芝居がかった口調で話し始めた。
「うぇ、あぅ…」
「何を言っておるのだ貴様は。もう一度聞くぞ、普通召喚魔やらチビ猫などと言っておったが、我を馬鹿にしておるのか?」
「い、いや…そういう…わけでは」
「それに我の契約者であるルーナに狼藉を働いたようだが、痛い目にあいたいようだな」
「あ、あれは、その…そういうわけではなくて…」
しどろもどろのジャコモは、見るからに恐怖で顔は青ざめ、額には汗が噴き出している。左手に召喚術式を印した指輪をしているからには、何かしらの召喚魔と契約しているのだろうが、召喚魔を召喚する気配もない。
戦闘系の召喚魔ではないのか、それとも高位召喚魔相手に召喚するのが無駄だと思っているのか、はたまた恐怖のあまり召喚すること自体が頭にないのか、どれはわからないがジャコモごときの召喚魔では俺の相手は務まらないだろうから、召喚しないほうが賢明だろう。
「まあよい。 ところで貴様、ルーナの父親に金を貸してるようだが、いくらだ」
「え…あ、あの6万レオナほどで」
「ほう、俺を相手に暴利を貪る気だな。ようかろう」
鋭い眼光でジャコモを睨みつけると、ジャコモは小刻みに震えだした。
「い、いえ、めっそうもない! と、とく、特別に5万レオナに致します」
「そうか、我は脅しているわけではない。別に6万レオネでも構わんぞ」
嘘です。脅してます。そのまま5万レオネでお願いします。
「あ、いや、5万レオネのままで…」
よかった。変に恰好付けたせいで6万レオネに戻されたらどうしようかと思ったが、さすがに大丈夫だったようだ。
「ふむ、ではとりあえずこの分返しておこう」
俺は魔法でジャコモの前に異空間から白金貨を10枚出した。
「我が軽く運動した報酬だそうだ」
「えっ! 運動って……」
「ちとスライムを数百匹ほど蹴散らしただけだな。運動にもならん」
実際、魔法で殲滅しただけで運動なんてしてないからな。いや、走って往復したから運動はしてるか。
「とにかく、残りは我が本気を出せばすぐ返せるから待っておれ」
「わ、わかりました」
「その間、ルーナの家族に手を出したら、どうなるか……わかっておるな!」
「それはもちろん!決して手は出しません」
脅すことには慣れていても、脅されることには慣れていないのであろう。ジャコモはすでに腑抜けてしまっている。
「ではルーナ、用も済んだようだし帰るとしよう」
そう言って俺はカウンターを降り、ルーナと共に玄関へと向かった。
振り返ってみると、ジャコモは安堵の表情で椅子へへたり込んていたので、サービスで軽く虎のように吠えてやったら、椅子から転げ落ちたようだ。
玄関を抜けると同時に元の大きさに戻った俺を、ルーナが抱きかかえる。
そして、何故か説教が始まった。
「あのね、クロム。あんなところで大きくなってはダメなのです」
「いや、あれは―」
「あと、脅すのもダメなのです」
「ぐぬぬ、わかった」
「わかればいいのです。それと…なんで自分を“我”何て言ったの?」
「それはだな、威圧感というか、何というか…」
「何かかっこいいね!」
えっ?かっこいい?
なるほど、かっこよかったのか。今度から会話では“我”を使うのもありかな。
「我はルーナの契約魔クロムなるぞ!」なんてな。……って思ってる場合じゃないな。
「おい、ルーナ。大通りはこっちじゃないぞ」
「あれ? そうだっけ?」
ルーナを方向転換させ、大通りへ向かわせる。
俺たちは大通りを抜けて、ギルドのある通りにある宿屋街を目指すことにした。
タイトルは、猫の事務所/宮沢賢治 から拝借