9. 食糧調達
交差点を右に曲がり、大通りを歩き始めた。
ナカト達が歩いているのは、片側2車線の幹線道路だ。この辺りは駅から少し距離があるため、住宅用マンション、雑居ビル、オフィスビル……そういったものが立ち並んでいた。商業地域では無いため、高くても5階程度の建物が幹線道路沿いには建っていた。
だが……
「なぁ、ここって、こんなにスカスカだったか?」
ナカトがふと気が付いて立ち止まった。
「俺は引っ越したばかりだから、よく知らないんだが、もっと建物があったよな」
「あれ? そんな……もっと建物があった……」
ナカトの言葉に、レンコ、マリ、シノの3人は足を止め、周囲を見回す。
「葬儀屋さんのビルがなくなっている」
「あそこにも、細長いビルがあったはず……」
レンコとマリが口々に、自分の記憶との違いを指摘する。
「人が住んでいた建物が残っている? そういう事か……」
建物があった場所は、道路だった場所と同じように、ところどころに石や岩がころがっている荒れ地や、灌木が生えていた。まるで都会では存在しない未開発の土地のようだ。
「スーパーは残っている!」
マリが前方を指差して叫んだ。
ナカト達の目的地である、2階建てのスーパーがそこにはあった。ナカトも昨晩、そこでビールとツマミを仕入れていたのだ。
100メートルほど歩き、一行はスーパーの前に立った。
「閉まってるね」
シノがそう呟く。
昨晩は開いていたシャッターが閉まっていたのだ。
「おかしいわ。この時間だと、もう開店している時間なのに……」
「いや、さすがに電気もつかない状態だし、早々に休業を決めたんじゃないのか?」
周辺を警戒しつつ、ナカトはレンコにそう答えた。
「でも、ここのおじさん。几帳面な性格だし……ちょっと見てくる」
「レンコ、注意しろよ。敷地内だけど、店だから安全かどうか解らないぞ」
ナカトもシノに倣って、レンコとマリを呼び捨てにしていた。
「大丈夫。裏に玄関があって、おじさんとおばさんが住んでいるから」
そう言って、店の横の通路を通って奥に入っていった。
(店があっても住居があるから、残っていたのか……)
念のため、ナカトは魔物が現れたらすぐ対応が出来るよう、身構えていたが、レンコはすぐ出てきてた。
「玄関が開いていたので声をかけてみたんだけど、おじさんもおばさんもいなかった。食事の準備をしている途中だったみたいなので、家にはいたはずなんだけど……」
最悪の事態を想定しているのか、レンコは早くも涙ぐんでいた。その様子にマリも息を呑む。
「解らない。どこかに避難しているといいんだけど……」
(朝、あちこちで悲鳴が上がっていたから、ひょっとするとその中の一人かもしれない)
ナカトも、最悪の事態というのは容易に想像出来たので、それ以上は言葉を濁す。
「とりあえず、二人が戻ってくるかもしれないし、店を勝手に開けて中に入る訳にもいない」
そして、先へ歩き出し、
「近くに残ってそうな店は無いか?」
「この先にコンビニがあるわ」
「……あそこは2階にオーナーの家族が住んでいる」
レンコとマリが、この先にコンビニがある事をナカトに教えた。
「そうか。じゃぁ、そこへ行ってみよう。できれば食料をそこで調達したい」
「そうね、マリ、そんな顔をしないで。おじさん達はきっと大丈夫よ」
「うん」
「そうですよ。コンビニだったら24時間営業だし、きっとやってますよ」
シノだけ素っ頓狂な反応を示していた。
***
「ナカトさんは、普段は何をしている人なんですか?」
コンビニへ向う道すがら、シノが質問をしてきた。
「そういえば、朝から戦ってばかりで、ちゃんと話をしていなかったね」
(まだ、ほんの数時間しか経っていないのに、昨日までの事が遠い昔のような気持ちになる)
「元々は商社の営業だったんだけどね。ちょっと色々あって、今は充電期間中」
ナカトは一応、オブラートに包んで自分の職業を説明したが、
「無職ですね」
マリが年齢に似合わず直接的な表現で、ナカトの心を折る。
「はい、そうとも言います」
「大丈夫ですよ! ナカトさんは主人公なんですから」
「さっきから、その主人公、主人公って、もういい加減にして!」
「お蓮さん!」
シノの発言に、レンコが急に切れた。掴みかかりそうになるレンコを慌ててマリが止める。だが、レンコの勢いは止まらない。
「スーパーのおじさんと、おばさんがいなかったんだよ。よく、そんな呑気な事を言えるよね」
マリを振り払い、シノの胸ぐらを掴んだ。
その突然の暴挙に、シノの顔は青ざめたが、それでも気丈に言い返す。
「なんなんですか? レンコは、私がシクシクと泣いていれば良いとでも言うんですか? 何よりも大切なのはこれからなんじゃないんですか? ナカトさんが主人公だったら、そばにいれば、私達は助かるじゃないですか!」
「シノ、レンコ……今はそんな事を」
「猿、来ました!」
なんとか割って入ろうとしたナカトだったが、そこへマリが新手が出現した事を告げる。慌てて、周囲を見回すと……
「多い……みんな、注意しろ。危なくなったら……正面のコンビニに駆け込むぞ」
「はい!」
「……くそぉ」
「お蓮さん!」
レンコが猿達に向かって駆け出してしまった。
「おい、待てって! レンコ! レンコ! ちっ!」
呼びかけても戻らないレンコに、ナカトも慌てて木刀を握りしめ、レンコを追いかけようとしたが、その動きをシノが止める。
「私が行きます。ナカトさんは、マリを」
「……わかった。気をつけて」
「はい。第1ヒロインは死にませんよ」
そういって、レンコを追って通りの反対側の方へ向かっていく。
「マリ、とりあえずあいつらを片付けるぞ」
「はい」
ナカトは正面から来る3匹の猿に向かって、雷撃魔法を放つ。さらにその後ろから来る2匹の猿には、マリが水撃魔法を使って切り刻んだ。
「牛! ヤギ!」
マリが切り刻んだ猿の後ろから、牛とヤギがこちらに向かって駆けて来る。
「もう一発! 雷!」
「水」
牛をナカトが、ヤギをマリが仕留める。更に、
「なんだ、ありゃ!」
その後ろから、牛よりも遥かに大きいピンクの毛皮を持ち牙を剥き出した、
「兎!」
「くそ!」
両耳が長くピンと立っているその姿がは、まさしく兎であった。だが、体高が3メートル程あり、両足で跳ねながら近づいてくる。跳ねるといっても、ひとっ飛びで5メートルくらいの距離を飛んでくるのだ。
「雷」
「水」
ナカトとマリが同時に魔法を放った。
だが、その瞬間に兎が横に飛び跳ね、
「躱された!? もう1回!」
「はい! 水、水、水」
マリが、水撃魔法を連打するが、全て躱されてしまう。
すでに彼我の距離は10メートルも無い。
「雷! くそっ! なんで出ない」
「水! えっ? 水、出ない、出ません!」
ナカトとマリは、突然放て無くなった魔法に驚愕したが、その瞬間、兎が最後の跳躍とばかりに二人に直接襲いかかる。
「!」
「いやぁぁぁぁ」
マリが悲鳴を上げた。
ナカトはマリに覆いかぶさるように庇い、全身に力を込める。
「縮炎!」
そこへシノの声が響き、ナカトのすぐ頭上で、兎が炎に包まれた。
***
ショックで乱れた息を整えつつ、ナカトはシノに礼を言った。
「主人公のピンチに駆けつけるのが、ヒロインの役目ですよ」
「そうか……でも、それを言うなら、ヒロインのピンチを助けるのが主人公の仕事じゃないのか?」
「へへへ。そっちの展開の方が私も好きですが、今回は強いヒロイン役という事で」
そういって、シノは満面の笑顔を浮かべる。
思わず、その笑顔に見とれてしまったナカトだったが、顔を一つ振り、
「レンコ、そっちは大丈夫か?」
「ええ、もう落ち着いたわ」
泣きじゃくるマリを、レンコが慰めていたのだ。
「そうか。とりあえず、ここに居ても危険だから、そこのコンビニに入ろう」
「ええ」
そういって、レンコはマリを抱えながら立ち上がった。
(その前に……)
ナカトは自分とマリが魔法を撃てなくなった原因を理解していた。
まずはマリのステータスを確認する。
(やっぱり)
『
名前:マリ・クライ
レベル:3
職業:魔法使い
体力:9
魔力:0/15
力:4
速さ: 4
魔法: 17
守り: 4
スキル:初級水撃魔法(Lv.1)、初級土撃魔法(Lv.1)
』
マリは魔力が枯渇していたのだ。
(という事は、俺もか……)
ナカトが自分のステータスを確認すると、やはり魔力が0になっている。
(魔力が0になると魔法が撃てない……魔法の回復には時間しか無いんだよな。これは、無理が出来ないな……)
ナカトには木刀を使った刀術がある。このスキルは魔力が無くても使える事は、レベル1の時に使えたことから、確認が出来ていた。
(そうなると、時間が立つまでマリは戦力外か……頼りになるのは、俺の刀術、レンコの格闘術、そして、一番強力なシノの魔法)
シノは今の戦闘で、またレベルが上がっていた。
『
名前:オクエ・シノ
レベル:8→9
職業:魔法使い
体力:15→17
魔力:56→32/61
力: 10→11
速さ: 6→6
魔法: 61→64
守り: 4→5
スキル:初級炎撃(Lv.5)、初級空間圧縮(Lv.5)、初級腐食(Lv.5)、初級縮炎(Lv.4)
称号:勇者の護り人
』
(なんで、シノだけ成長が早いんだ? これが第1ヒロインの力って事なのか)
ナカトは、シノの言葉に毒されたのじゃないかと思わず顔をしかめた。
「どうしたんですか、ナカトさん?」
シノが優しくナカトに微笑む。
「いや、何でも無い。ほら、行くぞ」
「はい」
ナカトは、コンビニへ小走りに移動しながら、マリがしばらく魔法を使えないという事を皆に説明した。
「……役立たずで、すみません」
「大丈夫、時間が立てば回復するものらしいから。それに俺もしばらくは木刀だけでの戦闘になる。出来るだけ、早めに食料を調達してアパートへ帰ろう」
「はい」
「マリ、私に任せておいて。一人にならないように」
「はい、お蓮さん」
「第1ヒロインのシノさんがいますので大丈夫ですよ」
「ふふ……私は第2なんですかね」
「マリ!」
「お蓮さんは、第3ですね」
「やーい、第3!」
「もう! なんなの!」
その様子を眺めていたナカトは、
(さっきは危ない雰囲気になっていたけど、とりあえず仲直りしてくれたのかな……でも、女性が3人もいると、扱いが大変だ)
そう思い、軽くため息を付いた。
***
「開いてました!」
「ああ、そうだな」
コンビニは残っていた。住居兼店舗の場合、そのまま残っているようだ。一部に居住者のいる雑居ビルが残っているのも同じ理由なのだろう。
ナカトはそう判断していた。
コンビニの扉は半開きの状態だった。電気が止まっているため、自動ドアが動かないのだろう。
「誰かいませんか?」
シノが中に入り呼びかけるが、誰も出てくる気配が無い。
「バックヤードの方にいない?」
レンコがそう言い、マリがレジから入って奥を見るが、やはり誰もいなかった。
「2階、見てくるわ」
そう言って、レンコが外へ出た。
「食料は……冷凍物は駄目だろうな」
「氷は解けてますね」
「まずは飲水の確保と、当面の食料。できるだけ保存が効くものがいいな」
「あ!」
「どうした?」
マリが突然声を上げたので、慌ててナカトがマリのそばまで行く。
「飲水ですが、私が魔法で出した水って飲めるんでしょうか?」
「なるほど……」
マリの言葉に、ナカトはポンと手を打つ。
「マリ、ナイスアイデア!」
「よし、マリの魔力が回復したら試してみよう。駄目なら駄目で、ここで水を確保しておけば大丈夫だな」
「ねぇ……」
その時、入口からレンコの声がした。
「どうした……あっ……」
そこには、赤ちゃんを腕に抱き、女の子と手をつないだレンコの姿があった。
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