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06.5本日は晴天なり 【辻野香澄視点】

辻野香澄は人間界にあるごくごく普通の一般家庭に生まれました。

小学校と中学校の通信簿によると、私は『控えめで大人しい性格ですが、お友達に優しい良い子です』とのこと。同じ事を書かれている子がゴマンと居そうな、これまた普通過ぎる評価です。


そんな私にも、ひとつだけ普通では無いものがありました。それが、魔力です。

中学生の頃に魔力持ちである事が発覚し、そのまま進路は幻想界の学校へ。正直不安でいっぱいだったけれど、平凡な子が魔法使いになるだなんてまるでアニメの主人公の様でどきどきと期待に胸を膨らませたのも事実です。




けれど、そんな期待は馬鹿げたものでしかなかったのだとすぐに思い知りました。




『控えめで大人しい』私は、知り合いの誰一人としていない新しい環境に馴染む事が出来ずクラスでも浮いた存在となってしまいました。

唯一私が持っていた普通では無いものも、ここでは持っていて普通のもの。それどころか、私の持つ魔力量は普通よりも少ない位だったのです。

かつて『お友達に優しい良い子』との評価もありましたが、大人しく控え目な落ちこぼれにはその優しくする相手すら出来ず。最初の一年は本当に何も無く過ぎていきました。




そんな何も無い一年も、今思えば天国でした。

私の日常が変わってしまったのは二年生に進級してすぐに行われた魔術実践演習での事。

グループ演習で足を引っ張ってしまうのは常の事でしたが、この日は他にも様々な"不運"が重なってしまったのです。


一つ目に、グループのメンバーが後にクラスの中心となる女子達であった事。

二つ目に、騎士科担当の魔術教師が体調を崩し、その日演習授業のあった騎士科クラスと合同演習になった事。

三つ目に、私がいつもよりも大きな失敗をしてしまいグループの成績が散々であった事。

そして最後に、合同演習となったクラスに王子様が居た事。


憧れの王子様の前で恥をかかされたというのは、その後私を虐げるのに十分過ぎる理由だったのでしょう。何も無いけれど、平穏で穏やかだった日常は無くなってしまいました。今も目の前で、彼女達は笑いながら私の荷物を窓の外へと放り出しています。…直接被害が無かっただけ、今日は幸運です。教室へ踏み入れていた右足を後ろへ下げ、そのまま私は荷物の回収へ向かいました。




教室、廊下、玄関、校舎裏。

移動に伴い人の声が少なくなるにつれ、どうしてという思いがどんどんと溢れ出していきます。


どうして、私は上手くやれないのだろう。

どうして、幻想界になんて来たのだろう。

どうして、魔力なんて持ってるのだろう。

どうして、私はひとりぼっちなのだろう。


アニメや物語の主人公ならば、どんなに虐げられても最後には心を開ける友達が出来たり格好良いヒーローが救い出してくれたりします。けれどここはアニメでも物語でも無く、仮にそうだとしても私は主人公になんかなれません。


名前も無く画面の隅っこにも存在出来るか危うい脇役は、誰に救いを求めれば良いのでしょう。答えの無いそれを長く考えていると涙が出てしまいそうで、荷物探しに集中する事を決めます。…―すると、一人の女子生徒がこちらを見ている事に気が付きました。彼女の手にあるノートには、見覚えがあります。




「えーっと…ツジノカスミさん?」


「え…っあ、は、は…い…っ」




名前を呼ばれて返事をしたものの、校内の人との会話に慣れていなかった私の声はとても小さく細いものでした。こんなの相手に聞こえているはずがありません。怯えるだけで返事も返さない私に、目の前彼女はどんな感情を抱いているのか。考えただけで恐ろしくなります。それでも、新しく言葉を紡ぐ事も声が聞こえる位置まで近づく事も出来ないのだから救いようがありません。




「…拾おうか」




どうしよう、どうしようで埋め尽くされていた私の思考を止めたのは、それ程大きい訳でも無いのにしっかりここまで届く声でした。何を言われたのかをすぐに理解する事が出来ず、馬鹿みたいに突っ立っている私を余所に。目の前の彼女はあっという間に荷物を拾い集めていきます。漸く自分のすべき事を理解して近付いた時には、もうする事が無くなっていた程に。




「どうぞ」




自分の荷物なのにも関わらず何もしなかった私に不快感を表す事も怒りを見せる事もせず、彼女はそっと私の腕の中へ荷物を移します。そして、用の済んだ彼女はそれじゃあと言って立ち去ろうとしました。いけない。このままじゃ、だめだ。気がつくと、私は彼女のジャージの袖を握り締めていました。




「えーっと…何か?」




なにか。


こういう時って、なんて言うんだっけ。その答えはとても当たり前のものの筈なのに、その答えを出すには一人で居る時間が長すぎた様です。


漸く答えを思い出し、自然と袖口を掴む力が強くなるのを感じます。緊張、でしょうか。

そして、答えが出るのをじっと待っていてくれた彼女に向かって、思い出した答えを提示します。




「…あ…の、ありが、」




提示しようと、しました。




「…なんで?」




耳に届いた彼女の疑問。私はその答えを知っています。

腕の中にあるノートの間からヒラリと水魔術発動の術式が書かれた紙が舞い落ち、彼女が上を見上げている間に静かに燃え尽き消えていきました。

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