子連れ狼
獰猛な狼は、涎を垂らしながらジリジリと距離を詰めてくる。
「ハァ……ハァ……あと一体。サーベルタイガーかと思って油断したが、コイツを仕留めれば先が開ける!」
こんなところで立ち止まっているわけにはいかない。
俺は生きてこの森を出るんだ!
「マスターが戦ってるのは最初から一体のちびっこ狼lv4よ」
ナツさん、身も蓋もないこと言っちゃダメだ。
そもそも、なんでただのちびっこ狼がこんなに強いんだよ。
サーベルタイガーより強いっておかしいだろ。
「おそらくこの狼は、『王狼』と呼ばれるフィールドボスの子分みたいなものね。普通の狼に比べて戦闘力、知能共に大幅に強化されてる」
へぇ……?!
そうしてる間にも狼は飛びかかってきた。
それを右にいなすと、メインウェポンを一般兵の細剣から木の棒に持ち替え、ちびっこ狼が振り返る前に、間合いを詰める。
どうやらトロールやバロンとの戦いで少しは身体が戦い方を覚えたらしく、自分でも驚くくらい動きがスムーズだった。
「ごめんな」
狼とはいえ、子どもを剣で斬るのは気が引ける。
首を後ろから軽く突くと、ちびっこ狼はゥゥゥと、可愛らしい鳴き声をあげて倒れた。
存在がまだ消えていないということは、狙い通り気絶しているのだろう。
「マスターお疲れ様。まだ生きてるけどいいの?」
「うん、なんかコイツ可愛いし、そこまでしなくてもいいかなぁって」
スースーと小さな息をたててノビているちびっこ狼の頭を撫でると、むぐむぐと心地よさそうに手の平に顔を擦りつけた。
「こんな夜中に一匹でいるってことはコイツはぐれちゃったのかな?」
「その可能性もあるわね。だとしたら、親が探しに来るのは時間の問題かも」
狼の群れを想像して背筋がゾクッとした。
「このままここに置いていって大丈夫かな?」
「私達としてはその方が安全だけど、特にこの地域の獣は縄張り意識が強いから、もしかしたら他の獣に見つかって殺されてしまうかもしれないわね」
「なんかそれ間接的に俺がやったみたいだよね?」
「そうね、マスターが殺したとも言えるわね」
くっ……言い方がストレート過ぎる……
「フフフ冗談よ、マスターの性格じゃ放っておけないないんだから、親のところに連れて行けばいいじゃない」
そうだね、と言ったところで気がつく。
親は自分の愛する子どもが、知らない人間に抱きかかえられてきたらどう反応するだろう?
まず唸り声だ。
「ウゥゥゥゥゥゥ」
そう、そんな感じ。
そして仲間に知らせるために遠吠えなんかしたりして。
「オォォォォォン!!」
そうそうまさにそんな感じっておぉぉぉい!!!!!
振り返るとちびっこ狼の5倍はありそうな体躯の狼が、今にも殺さんとする鋭い眼つきで俺を睨んでいる。
「ちょっ、ちょっと待て!俺はこいつになんにもしてない!いや、正確にはちょっとしたけど。でもこいつは無事だ!」
「マスター、相手は狼よ。言葉は理解出来ないわ」
「知っとるわ!こういう時は誠意が大……」
「ウウウゥゥゥゥゥゥゥ!」
うわ〜さっきより唸り声が大きくなってるぅ〜。
さっきの遠吠えで仲間がやって来るのは時間の問題だ。
どうする?
冷静に考えろ、親だったらまず何を思う?
……
…………
………………
そうだ!
狼に向けた視線を切らずに、少しずつ後ずさりする。
大丈夫だ、俺はなんにもしない。
お前らに危害は加えない。
5mほど離れた。
さぁどうする?
お前の目的は俺じゃないだろう?
狼はゆっくりと歩き出した。
そしてちびっこ狼の様子を心配そうに伺うと、首根っこを咥えて俺をジッと見つめた。
その眼はさっきよりも殺意が薄くなっているように思える。
しばらく均衡が続いた後、狼は踵を返し、素早く闇夜の樹々に消えた。
助かった……のか?
「危なかったわねマスター。私ドキドキしちゃった」
ナツさんの声で、途端に全身から力が抜ける。
「助かったぁ〜。マジで死ぬかと思った」
「マスター、安心するのはまだ早いわ。さっきの遠吠えですぐに仲間がこっちに向かってくる」
確かに、一日で二回も死ぬなんてまっぴらごめんだ。
ふとあの男の言っていた言葉を思い出す。
『無事に抜けられたらの話だけどな』
奴のことだ、さっきの狼ぐらいじゃあんなこと言わないだろう。
おそらくこの森には狼達の親玉『王狼』がいる。
この胸騒ぎは思い過ごしなんかじゃないはずだ。
見上げると、綺麗に出ていた月に雲が陰り始めていた。




