済州島から来た奥さんのユッケジャンクッパ
行きつけの店は「素の自分に戻れる場所」だと言う人もいるけれど、私にとって一人で行く食事は、「そこでだけは、少しは“マシな状態”の自分でいられる場所」だった。
同僚に会うのは嫌だから、会社から離れた場所にある、ひっそりとした店を探す。入口の様子をうかがっては、怖々と扉を開け、「一人なんですけど」と声を出す。会社で「何もできない人」と言われていた自分にとって、一人でお店に入るという行動は、ささやかな自己肯定感をくれるものだった。
その日入ったのは、赤い提灯がぶら下がる韓国料理の店だった。
夜は居酒屋営業がメインなのだろう。ランチタイムの客は私ひとり。四人掛けのテーブルが二つと、あとはカウンターだけの小さな店だ。少しカタコトで派手なメイクの奥さんと、寡黙そうな旦那さんがいる。料理を作っているのは、どうやら奥さんのほうだった。
おすすめを聞くと、「ユッケジャンクッパ」と返ってきた。
ご飯かうどんか選べるというので、メニューを見ながら少し悩んでいると、奥さんがこちらの顔を見て、ズケズケと言う。
「アナタ。疲れた顔しているから絶対ご飯よ」
選択の余地はなかった。強制的に、ご飯になった。
大きなジャーから、思っていたよりたっぷりの白いご飯がよそわれる。
寸胴鍋から、ぐつぐつ煮えた赤いスープが勢いよくかけられ、カウンター越しに湯気が押し寄せてくる。普段あまり口にしないゼンマイと、細切りのさやいんげんがたくさん浮かんでいるのが見えた。
「いただきます」と小さくつぶやいて、平たいスプーンでスープをひと口すくう。
にんにくの香りと、濃い牛骨のだしが、じわっと胃の奥に沈んでいく。二口、三口とご飯をかきこむうちに、頭のてっぺんから毛穴がひとつずつ開いていくような感覚がして、汗がじわりと噴き出してきた。
奥さんの見立てどおり、私はたぶん、相当疲れていたのだ。
どういう流れでそんな話になったのかは、もうよく覚えていない。
ただ、食後に奥さんから「やりたくないことをさせられそうになったら、言葉が分からないふりをしておけばいいのよ」とアドバイスをもらい、その言葉を胸に会社に戻ったことだけは、はっきりと覚えている。
際限なく振られる仕事にきつきつだった私には、そのユッケジャンクッパは、食事以上の栄養をくれたのだ。




