第二十七章:見えてきた人間性
都内の高級ホテル。最上階のスイートルーム。真秀は、衛藤慎一郎総務大臣と向かい合っていた。
広いリビング。高級な家具が並び、窓からは東京の街が一望できる。
SPたちが、部屋の入口で警戒している。
「真田刑事、お忙しい中お時間をいただき、ありがとうございます」
真秀が、深く頭を下げた。衛藤大臣は、ソファに座ったまま頷いた。
六十代半ば。
白髪混じりの髪を丁寧に整え、高級なスーツに身を包んでいる。
その顔には、威厳があった。
だが同時に――
どこか冷たいものも感じられた。
「それで、何の用かね?」
衛藤が、淡々と尋ねた。真秀は、資料を広げた。
「大臣、これまでの捜査状況から、エイリアンがまだ生存していると判断しています」
「ほう」
衛藤が、興味なさそうに答えた。
「そして、次のターゲットを狙っていると考えられます」
真秀が続けた。
「そのターゲットは――大臣、あなたである可能性が高いです」
衛藤の表情が、僅かに変わった。
「私が?」
「はい」
真秀が頷いた。
「ビーストのメンバーが起こしたひき逃げ事件。その罪を揉み消したのは、大臣だとエイリアン側が考えている可能性があります」
真秀が資料を示した。
「北条議員とともに、秘書を身代わりにして事件を処理した。芹沢幸次郎とその協力者は、そう判断しているはずです」
衛藤は、しばらく黙っていた。
そして――
笑った。
「はっはっは」
軽い笑い声。
「真田刑事、それは噂話に過ぎないよ」
衛藤が手を振った。
「私をよく思っていない者たちが流したデマだ」
「しかし――」
「私は、何も揉み消していない」
衛藤が断言した。
「あの事件は、秘書が自首して解決した。それだけのことだ」
真秀は、衛藤の目を見た。
嘘をついている。
真秀の本能が、そう告げていた。だが、証拠はない。
「大臣、念のため警護を強化することをお勧めします」
真秀が言った。
「エイリアンは、非常に危険です」
「心配には及ばない」
衛藤が笑った。
「私の周りには、警察の警護隊がついている」
衛藤が窓の外を指差した。
「それに、いざとなったら機動隊の新兵器もある」
衛藤の目が、光った。
「p2hmだったかな?あの巨大ロボット。あれがあれば、どんなエイリアンでも倒せるだろう」
真秀は、拳を握った。この男は、p2hmを自分の盾としか考えていない。
桃源や巽が命をかけて戦うことを、何とも思っていない。
「……分かりました」
真秀が立ち上がった。
「では、失礼します」
「ああ」
衛藤が手を振った。
真秀は、部屋を出た。廊下で、深く息を吐いた。
「くそ……」
真秀が小さく呟いた。
衛藤慎一郎。
この男は、間違いなく事件の揉み消しに関わっている。だが、証拠がない。
そして――
こんな人間を守るために、桃源やp2hmが使われる。
真秀の胸に、嫌悪感が広がった。
正直、衛藤大臣をよい人間だとは思っていなかった。むしろ、芹沢が復讐したくなる気持ちも、理解できた。
だが――
それでも、私的な復讐は許されない。法が、正義だ。真秀は、そう信じてきた。
だが、今――
その信念が、揺らいでいた。
真秀は、エレベーターに乗った。下降していく感覚。まるで、自分の心も沈んでいくようだった。
同じ頃。
千葉県の片田舎。
花山、夢見、そして弓山を乗せた車が、田舎道を走っていた。
「わぁ〜、久しぶりの外出捜査です〜!」
弓山が、後部座席で興奮していた。
「空気が美味しい〜!」
「弓山、テンション高すぎ」
運転席の花山が、苦笑した。
「いいじゃないですか〜」
助手席の夢見が笑った。
「美味しいもの、後で食べに行きましょうよ」
「それはいいですね!」
弓山が目を輝かせた。
「この辺、何が有名なんですか?」
「まずは仕事だ」
花山が諫めた。
「遊びに来たわけじゃないぞ」
「は〜い」
二人が、揃って答えた。
車は、小さな集落に入った。古い民家が並ぶ、のどかな風景。
花山が、一軒の家の前で車を停めた。
「ここが、甲本隆の実家だ」
三人は、車を降りた。
古い日本家屋。手入れの行き届いた庭。花山が、玄関のチャイムを鳴らした。
数秒後――
ドアが開いた。
「はい」
そこに立っていたのは、六十代の女性だった。
穏やかな顔立ち。優しい笑顔。
「どちら様でしょうか?」
「警視庁の者です」
花山がバッジを見せた。
「甲本隆さんのお母様でしょうか?」
女性の表情が、僅かに曇った。
「はい……私が、隆の母親です」
「少し、お話を伺いたいのですが」
「どうぞ、中へ」
母親が、三人を家に招き入れた。
和室に通され、お茶を出された。
「息子が、何か……?」
母親が、不安そうに尋ねた。
「実は、甲本さんが行方不明になっていることは、ご存知ですか?」
花山が尋ねた。
母親は、頷いた。
「ええ……会社の方から、連絡がありました」
母親の目が、潤んだ。
「心配で……何かあったんじゃないかと……」
「お母様、甲本さんの同級生に、芹沢幸次郎という方がいますよね」
花山が続けた。
「ええ、知っています」
母親が頷いた。
「芹沢さんが、殺人事件で逮捕されました」
花山が言った。
「その関係で、関係者に話を聞いているんです」
母親の顔が、驚きに染まった。
「芹沢さんが……殺人……?」
「はい」
花山が頷いた。
「甲本さんと芹沢さんは、どのような関係でしたか?」
母親は、しばらく考え込んだ。
そして――
「とても、仲がよかったんです」
母親が、優しく微笑んだ。
「大学時代からの友人で。芹沢さんも、芹沢さんの奥様も、よくここに遊びに来ていました」
「奥様も?」
弓山が尋ねた。
「ええ」
母親が頷いた。
「ゆり子さん。とても優しい方でした」
母親の目が、遠くを見つめた。
「三人で、よく笑い合っていました。あの頃は、幸せそうでした」
「芹沢さんの結婚を、甲本さんは喜んでいましたか?」
夢見が尋ねた。
「ええ、とても」
母親が笑った。
「隆は、芹沢さんとゆり子さんの結婚式で、スピーチまでしたんですよ」
母親が、古いアルバムを取り出した。そこには、結婚式の写真が貼られている。若き日の芹沢幸次郎と、ゆり子。そして、その隣に立つ甲本隆。
三人とも、笑顔だった。
「でも……」
母親の表情が、曇った。
「ゆり子さんが事故で亡くなってから、芹沢さんが変わってしまったんです」
「変わった?」
花山が尋ねた。
「ええ」
母親が頷いた。
「隆が言っていました。芹沢さんが、人が変わったように暗くなってしまったと」
母親が続けた。
「そして、隆はこう言ったんです」
母親の目が、真剣になった。
「『芹沢を救えるのは、俺しかいない』と」
花山、夢見、弓山の三人は、顔を見合わせた。
これまで、甲本隆は芹沢の協力者だと考えていた。復讐を手伝う、共犯者だと。
だが――
母親の話を聞いて、別の可能性が見えてきた。
甲本は、芹沢を救おうとしていたのではないか。友人として。
「お母様、最近甲本さんから連絡はありましたか?」
花山が尋ねた。
「いえ……」
母親が首を振った。
「一ヶ月ほど前に、電話があったきりです」
「その時、何か変わったことは?」
「特には……」
母親が考え込んだ。
「ただ……」
「ただ?」
「『ごめん、母さん。俺、間違ってるかもしれない』って、言ったんです」
母親の目から、涙が溢れた。
「意味が分からなくて……でも、隆の声が、とても苦しそうで……」
花山は、母親の肩に手を置いた。
「大丈夫です。必ず、甲本さんを見つけます」
「お願いします……」
母親が、頭を下げた。
「隆を、助けてあげてください」
三人は、甲本の実家を後にした。車に乗り込み、しばらく沈黙が続いた。
「甲本隆……」
花山が呟いた。
「彼は、何を考えているんだ……」
「芹沢を救おうとしているのか、それとも復讐を手伝っているのか……」
夢見が言った。
「どっちなんでしょうね……」
弓山が、窓の外を見た。
田舎の風景が、流れていく。
「係長に、報告しましょう」
花山が言った。
「ええ」
夢見が頷いた。
車は、東京に向かって走り出した。
甲本隆という男の人間性が、少しずつ見えてきた。だが、まだ全体像は掴めない。
彼は、敵なのか。
それとも――
味方なのか。
答えは、まだ闇の中だった。




