第十三章:束の間の休息
翌日の夜。
新宿の裏通りにある、小さな居酒屋「天国の扉」。
カウンターに、真秀と桃源が座っていた。
二人の前には、枝豆と焼き鳥、そしてビールのジョッキが並んでいる。
「それで、結局芹沢は見つからなかったのか」
桃源が、ビールを一口飲んで尋ねた。
「ええ」
真秀が頷いた。
「花山と夢見が周辺を捜索したけど、もう姿を消していた」
真秀は、疲れた表情でグラスの水を飲んだ。
「榎本大輝は?」
「気を失って、病院送りよ。ショック状態だって」
「そうか……」
桃源は、榎本が恋人を見捨てて逃げたことを思い出した。
「あいつ、華田を見捨てたんだよな」
「ええ。最低ね」
真秀が冷たく言った。
「それで、事情聴取は?」
「それが……」
真秀の表情が、曇った。
「上層部から、圧力がかかったの。榎本への聴取は禁止。接触も禁止」
「何だと?」
桃源の声が、大きくなった。
「あいつは重要な証人だろ!エイリアンを見た数少ない生存者だぞ!」
「分かってるわよ」
真秀が溜息をついた。
「でも、榎本の父親は榎本重工の会長。政治家とも繋がりが深い。上が動いたのよ」
桃源は、拳を握った。
「ふざけるな……こんな時まで、権力で揉み消すのか」
「この事件は被害者が全て良家のご子息だから」
真秀が、諦めたような口調で言った。
「今まで何回圧力があったことか。刑事部長からも、北条議員からも、衛藤大臣からも。もう、慣れたわ」
桃源は、真秀を見た。その顔には、疲労が刻まれている。
だが――
その目は、まだ諦めていなかった。
「でも、私は諦めない」
真秀が、グラスを置いた。
「必ず、芹沢幸次郎を逮捕する。これ以上の犠牲者を出さない」
真秀の顔が、険しくなった。
桃源は、その顔を見て、笑った。
「また、そんな顔して。嫁の貰い手がなくなるぞ」
真秀の目が、鋭く光った。
「あんたねぇ!いい加減にしなさいよ!大体、私が結婚できないのはあんたみたいな脳筋ばっかり周りにいるからよ!もっとデリケートで優しい男性と出会いたいわ!」
「ひ、酷いじゃないか……」
桃源の目が、潤んだ。
その時――
「はいはい、喧嘩しない」
カウンターの向こうから、声がかけられた。
細身の美人。居酒屋「天国の扉」のママ、通称・幸子ママだ。四十代半ばだが、年齢を感じさせない美しさがある。黒い髪を後ろで一つに束ね、白いブラウスにエプロンをつけている。
「二人とも、いつもこうなのよねぇ」
幸子ママが、笑いながら皿を置いた。その隣では、イケメンの中年板前、山さんが黙々と料理を作っている。
「はい、だし巻き卵。山さんの特製よ」
「わぁ、ありがとうございます!」
真秀の表情が、一変した。
箸でだし巻き卵を一口。
桃源も、だし巻き卵を口に入れた。二人の顔が同時に恵比須顔になる。
「美味しい〜。やっぱり山さんの料理は最高だ〜」
二人は声を揃えた。
カウンターの奥で、山さんが小さく頷いた。寡黙だが、腕は確かな板前だ。
「ありがとうね」
幸子ママが笑った。
「二人とも、大変なんでしょ?しっかり食べて、元気出しなさい」
「はい」
真秀と桃源が、揃って頷いた。
しばらく、二人は黙々と食べていた。
そして――
「そういえば」
真秀が、箸を置いた。
「今回の現場付近の防犯カメラに、芹沢の顔が映ってたの」
「本当か?」
桃源が身を乗り出した。
「ええ。弓山が解析してくれて、確認できた。芹沢幸次郎本人で間違いない」
真秀が続けた。
「つまり、芹沢が現場にいたことが確実になった。防犯カメラのリレー捜査を進めれば、芹沢の居場所が分かるかもしれない」
「そうか……」
桃源が頷いた。
「なら、もうすぐ捕まえられるな」
「ええ」
真秀が、決意を込めて言った。
「必ず、捕まえる」
桃源は、真秀を見た。
その目には、強い意志があった。
「真田」
「何?」
「もし、何かあったら、すぐに俺を呼べ」
桃源が真剣な顔で言った。
「p2hmは、いつでも出動できる。お前を守るために」
真秀は、桃源を見た。
そして――
微笑んだ。
「ありがとう。頼りにしてるわ」
「おう」
桃源が笑った。
二人は、再びジョッキを手に取った。
「じゃあ、乾杯」
「乾杯」
ジョッキが、軽く触れ合った。
居酒屋の暖かい明かりの中で、二人は束の間の休息を楽しんでいた。
だが――
この平穏は、長くは続かない。
芹沢幸次郎は、まだ動いている。
次のエイリアンが、生まれようとしていた。
そして――
その標的は、もう決まっていた。




