38話 鬼の章其の拾伍
お待たせしました!
今回は海堂くん視点でお送りします。
久しぶりに訪れたのは、かつて祖父母が住んでいた地。
そして今夜の寝床は、その土地にある高級旅館。そこに同級生のバイト先の上司?の久我さんと布団を並べて寝るという訳の分からない状況。全く眠れる訳がない。
「(クッソ…。疲れてるはずなのに、落ち着かなくて寝れねぇ。)」
自分で言うのはアレだが、俺自身かなり神経が図太い方だと思っている。
しかし、今に限って何故かなかなか寝付けない。
確かに今、俺が置かれている現状としては、到底普通の奴が理解できるような事じゃない。
あの木伏神社って神社に行った時に味わった底知れぬ倦怠感と脱力感。
俺自身、体力と体の頑丈さにはかなり自信があった。風邪ひとつ引いたこともない。
それと一緒に俺の中で抑え難い闘争本能みたいなのが体の中で暴れていた。その本能を少しでも紛らわせる為に喧嘩に明け暮れ、悪い奴らと絡んでた時期もあった。それは一緒に住んでるばあちゃんには心配かけまくった。
もう、ばあちゃんのあんな心配と悲しさが混じった顔はもう見たくない。
そう思っていた時に、たまたま山の中をバイクで走ってる時に見かけた、廃工場で繰り広げられた現実離れしていた戦い。その場にいたのは、高校の同級生雪平さん。
コイツに関しては実は前から気になってた。と言うのも、恋愛感情とかそういうもんじゃない。
周りの奴らが話していた噂。雪平には霊感がある。それも結構マジな方の霊感。
雪平さんなら、俺の悩みを解決する糸口になるかも知れねぇ。そう思っていた。
俺が悩んでいたのは手に負えない闘争本能だけじゃない。
死んだじいちゃんから聞いた話で、うちは先祖代々鬼に呪われていて、災いが降りかかるだの言っていた。
その中でも、体に鬼のような痣が出たやつは短命だのなんだの言っていた。
その話をしたじいちゃんとばあちゃんは申し訳無さそうな顔をしていたが、正直、俺はそんなのどうでも良かった。
遅かれ早かれ、人間いつしか死ぬもんだ。それに後から死んだ理由がついてくる。俺はそう考えて生きてきた。
だから、じいちゃんの言う通り、俺が短命なら、俺はその短い人生の中で悔いのないように生きるように、今を全力で生き抜く。悔いを残さねぇように。
ただ。俺が死んだら、ばあちゃんが一人になっちまう。
両親を亡くした俺のために、昔から住んでいた土地や家を捨て、俺のそばにいてくれた。
じいちゃんが死んじまった今、ばあちゃんにとっての肉親と言えるのは俺だけだ。
今まで育ててくれた恩も返せないまま死ぬのは絶対ダメだ。
そう思った俺は、俺自身にかかっているであろう鬼の呪いをどうにかしようと、雪平さんと久我さんに相談をした。
結果、俺にあるのは鬼の呪いではなく加護だった。しかし、その加護とは別に俺には呪いもかかっているとのこと。
その呪いをどうにかすべく、昔、じいちゃんとばあちゃんが住んでいた村に調査をしに来た。
その調査の時に立ち寄った村唯一の神社に入っただけで、立っているのもキツく、息をしているはずなのに息苦しくなり、目の前の景色が霞んで見えた。
気づいた時には、俺は神社の社務所で横になっていた。
久我さん曰く、神社が俺を強く拒んだ結果という事らしい。その逆に雪平の方はイキイキとしていた。
これは雪平の体質故らしい。その体質については詳しくは聞いていないが、倦怠感に襲われているこっちとしては羨ましい限りだ。
そこからは日も暮れて、これ以上の調査を後日にすることになった。そして今に至る。
女子である雪平さんは隣の別室で、俺と久我さんが同室となった。
横で寝ている久我さんの様子を横目で見る。
同性ながらその寝顔は綺麗に整っており、そこら辺の女より綺麗な顔して寝ている。
「(こんな顔してるけど、この状況で寝れるって…俺より図太いんじゃねぇの?)」
穏やかに寝入ってる久我さんを見て、内心毒づいていると、隣の部屋の襖が開く音がした。
雪平さんがいる部屋だ。
枕元に置いてあるスマホを見ると、深夜一時過ぎを指していた。
「(トイレか…?いや、部屋にトイレは付いている…。売店どころか、旅館の近くの店はみんな閉まっている。コンビニもこの近くにはない…。)」
そう考えているとスッ、スッとすり足のような足音が自分の部屋の前を通り過ぎる気配がした。
このまま放っておくのは良くない。そう脳内に警鐘がなっている気がし、飛び起きて部屋の外に飛び出した。
部屋の外には長い廊下があり、俺の部屋から数メートル離れた場所に旅館の浴衣を着た雪平さんが歩いていた。
しかし、その姿はどこか違和感があった。
その異様さに恐怖を覚えながらも、俺は後ろから雪平さんの肩を掴み呼びかけた。
「おい。こんな時間にどこに行くんだよ?」
「………。」
俺の呼び掛けに気付いていない様子で、肩を掴んでいた俺の手を振り払うようにそのまま歩き続けた。
目がうつろで、生気がない様子。前に見たゾンビ映画のゾンビみたいなフラフラとした歩き方。
あまりの異常さに部屋で寝ている久我さんを叩き起こした。
「久我さん!!起きてくれ!!」
「ん…あ?なんだ…?」
「雪平さんの様子がおかしいんだっ!」
そう言うと寝ぼけていた久我さんの目つきが変わった。
慌てて廊下に出ると、先程から少し離れた場所をふらつきながら歩く雪平さんの姿を見た久我さん。
急いで浴衣から私服に着替え、スマホとかの必要最低限の荷物を引っ掴んで雪平さんの後を追う為に再度廊下に出た。
しかし、その廊下には雪平さんの姿がなかった。
「は?」
「雪平さんは?!」
廊下は長く、一直線だ。
急いで身支度をしていたとは言え、目を離していたのは三分にも満たない。しかも、あの雪平さんの歩みならこの短時間でこの廊下から姿を消すことはあり得ない。
久我さんとあたりを探すと久我さんが声を上げた。
「海堂くん!いた!中庭!」
久我さんの声を聞き俺は近くの窓から中庭を見た。
先程の足取りが覚束ない、ふらつきながら歩く雪平さんがそこにいた。
やはりあの足取りで先程いた廊下から中庭に移動するのはおかしすぎる。
俺と久我さんは急いで雪平さんの後を追うが中庭には雪平さんの姿はなかった。
「おいおい!どうなってんだ!?」
「海堂くん。あそこ。」
久我さんがそう言って指さす方には人が出入りするような扉があり、開いていた。
「ここから出たみたいだが…一体どこに…?」
「しかも、ここから出たって言ったって、この先は…。」
そう言いかけて俺たちはその扉の先を見た。
そこには旅館の従業員が作業する為の小さな物置小屋と、夜の闇がどこまでも続く森が広がっていた。
「おいおい。まさかこの森の中に入って行ったのか??あり得ないだろ?」
「しかし、彼女の様子はあり得ない状態だったんだろ?なら、あり得ない事も、あり得ない場所に行くこともあり得るんじゃないか?」
「訳わかんねぇーけど、とりあえず行くしかねえな。」
急いで持ってきたスマホを懐中電灯代わりにして、俺たちは森の中に入って行った。
森の中は夜にもかかわらず、あちこちから気配を感じた。
それは野生動物なのか、虫なのか、はたまたそれら以外のモノなのか。
足元は緩やかな斜面に草が無造作に生えており、そのさらに下には木の根があたり一体の地面を覆っていた。
「雪平さぁーん!」
「おーい!雪平さぁん!」
あたりも暗く足元も覚束ない中、雪平さんの名前を呼びながら探した。
日が昇ってから探すべきでは?
いや、あの様子の雪平さんを放っておくのは得策ではない気がする。あの足で、この森の中に消えるのは絶対あり得ない。
現に久我さんもこうして一緒に探しているんだから、これはただ事ではない。
最初は緩やかな斜面だったが、気付いたら結構傾斜がついており、俺たちは山を登っていることに気づいた。後ろを振り向くも泊まっていた旅館の灯りは遥か下の方に微かに光っていた。
慣れない足場に体力を削られながら、今起きてる、このあり得ない状況について考える。
「…っ…こうなったら…これを使うしか…。」
久我さんはそういうと、ポッケの中からタバコを取り出し、咥え、火を付けた。
あまりにも自然な手つきにこの非常時に似つかわしくない行動を流しそうになった。
「おいおい。こんな時にタバコって…。」
「まぁ、見てろ。」
久我さんはそう言うと一息タバコを吸い、煙を吐き出した。
久我さんから吐き出された煙はふわりと夜闇を漂った。
「やっぱり、おじさんのようにはいかないな。」
そう呟くとどこからか取り出したのか、一枚の人の形をした紙を手に持っていた。
そして、また残りのタバコを吸い、煙をその紙に吹きかけた。
『神下契願急急如律令』
そう唱えると久我さんの手から紙がひとりでに離れ、そして、柔らかい光を放ちながら形を変え、一人のおかっぱ頭の和装の女の子がそこに現れた。
『…大陰ここに。』
女の子はそう言うと目の前の久我さんに恭しく頭を下げた。
『…ふぅ。主様だとは思っていなかったが、貴様だったか。童。』
「無駄口を叩くな。今は俺に従え。」
『ふふっ。はいはい。全く…子犬はよく吠えよるわい。』
女の子、大陰は見た目こそ十歳も満たないような女の子に見えたが、久我さんを揶揄うその口ぶりや仕草はまるで、老齢の女性のようだった。
「くそっ。この手はあまり使いたくなかったんだが、仕方がない。…大陰、俺の連れがおそらくこの森で消えた。探せ。」
『全く…。たかが人探しで我を呼び出すとは、図々しくなったのぉ。しかし、ここで断れば主様に怒られてしまうし、寛大な我がこのか弱き童の願いを無碍にする訳にはいかんな。』
そう言って大陰は両手を広げ、何か集中するかのように静かに目を閉じた。
「久我さんこの子は…?」
「…式神…俺の叔父が使役している式神だけど。」
そういう久我さんは微かに呼吸が荒く、額からは脂汗が浮いており、どこか顔色が悪いように見えた。
「おい、あんた、大丈夫かよ!?」
「っ…問題ない……。」
『痩せ我慢はよせ。こんな粗末な体に我を入れることすら、普段の童にはできんことじゃろうに。大方、その消えた連れの残り香でこの術を成したのだろう?』
「っ…!無駄口を叩くな…。見つかったのか?」
『あぁ。しかし、これ以上我を留めておくのは童には辛かろう?だから、この先は此奴に頼め。』
そういうと、広げていた腕を下ろし、そして近くにある木の上を指差した。
俺と久我さんはその方向に視線を向けると、背の高い木の幹に子どもが座っていた。
先程までいなかった、というか、気づかなかったそこにこどもがいた事に俺は驚いた。
『やぁ。こんばんは。』
そう言って、木の上にいた子どもは、フワリと木から降りた。
見た目は大陰よりも幼く見え、男とも女ともつかない見た目。子供らしくふくふくとした頬に興味津々そうにこちらを見つめる大きな目
。
「…木魂か…。」
久我さんが苦しげにそう言った。
『はい!ぼく、こだまです!ちかくにいたら、そこのおねえちゃんに、おねがいされてきました!』
『ふぁ〜。貴様のなけなしの霊力ではここまでしかできん。我は去る。さらばじゃ。』
気怠そうに欠伸をし、呆気なくまた煙となって消えいった大陰。
その場に残されたのは、未だに苦しそうな久我さんと、非現実的な光景を目の当たりにして状況を掴みきれない俺、そして木魂と呼ばれた子ども。
「うぐっ…!」
「!久我さん!!」
先程から苦しそうだった久我さんがついに、立っていられなくなり、胸を苦しそうに押さえてしゃがみ込んでしまった。
「大丈夫ですか!?」
「はぁ…はぁ…。あぁ…。大丈夫だ。」
『そこのおにいさん、だいじょうぶですか?』
木魂が心配そうに、しゃがみ込んだ久我さんの顔を覗き込んだ。
「俺のことは…気にするな…。早く雪平さんを…。」
『おにいさんは、おやすみなさいです。』
木魂が手を翳すと小さな手のひらから柔らかい光が放たれた。気力で動こうとする久我さんの顔の前に、その光が浮かんだ。
「なに…を…。」
その瞬間、久我さんの意識が途切れた。
「おい!久我さん!あんた!久我さんに何をした!?」
『おやすみなさいです。おにいさん、このままだと、シんじゃいますから。』
「マジかよ…。でも、これからどうしたら…?」
『オニいさんなら、かかえられるでしょ?』
「そりゃぁ、まぁ…。でも、何でそれを?」
『ぼく、オニいさんのこと、しってるよ。むかしのオニいさんも。』
そういう木魂の瞳は、俺のさらに奥底を覗き込んでいるようだった。いや。それよりも、懐かしむような視線を向けた。
「それって、どういう…?」
『ふふっ。しりたいの?いいよ。おしえてあげる。』
木魂はそういって悪戯っぽく笑いながら、俺たちに背を向け山の斜面を軽快な足取りで歩き始めた。
俺はその後を、気を失った久我さんを背中に背負い木魂の後をついて行った。
読了ありがとうございました。
まだまだ残暑も厳しい日々が続くと思いますが、皆さんも健康には気を付けてお過ごし下さい。




