34話 鬼の章 其の拾壱
33話の続きです!
よろしくお願いします。
「大昔、この辺りを囲っている山に鬼が住んでいたのを、旅をしている若いお侍さんに助けを求めて、鬼退治をした…というのが大まかなあらすじになっているのは聞いたのかね?」
「はい。その伝承に出てくる鬼について何か知っている事があれば、お聞かせ願いますか?」
「鬼についてか…。おそらく、本物の鬼というより、鬼のような力持ちや、大きな体の人の事だと私は思うんだ。ただ…。」
神主は「むぅ」と悩むような表情にポリポリと頭を掻き言った。
「ただ?」
「この神社はその若い侍の功績を讃えて建てられた神社なのだが、私の祖先がその若い侍、白木 半兵衛の子孫なのです。申し遅れましたが、私は三十二代目木伏神社当主の白木 巌と申します。」
神主もとい、白木さんはそう言い、軽く頭を下げた。
「いえ、こちらこそ名乗り遅れて申し訳ございません。私は地域伝承を調査する久我相談所の久我環と言います。こちらは、助手の雪村、助けて頂いたのは海堂と言います。」
「よろしくお願いします。」
久我さんの紹介に続くような形で私も挨拶をした。
以前、守屋さんの家での調査もそうだが、調査の際に怪しまれないように身分をある程度詐称するのが久我さんのやり方だ。
「さて、話の続きなんだが、先祖が退治したのがもしかしたら、本当の鬼なのかも知れないのです…。」
「と、言いますと?」
「…少々、こちらでお待ちください。」
そう言って白木さんは部屋から出て行った。
その際に私は横たわっている海堂くんの様子を見た。
海堂くんは先程と比べ顔色が戻っているような気がした。
「海堂くんの調子はどうだい?」
「顔色は良くなってはいますが、まだ辛そうです。」
「失礼。」
そう言って横たわっている海堂くんのTシャツを腹部のあたりまで捲り、バッグからペンケースを取り出し、臍より少し下辺りに何かを描き出した。
「それは?」
「守護の印だ。この辺は丹田といい、気が集まるんだ。この印はその丹田を守る役割を果たす。」
「やっぱり、この神社のせいで…?」
「神社というより、そこに祀られている、白木半兵衛の念が影響しているのだろう。
白木さんの話が本当なら、ここに祀られているのは元はただの人間だったものだ。それがこの地域の人々によって、社を建てられ、神格化した。よって、鬼に対する憎悪が増幅、強化された。鬼の加護を持っている彼は、排斥される対象なのだろう。」
「でも、それが白木さんのご先祖の仕業とは限らないのでは…?」
「そうだな。きっと当時鬼に苦しめられて住民達の怨み辛みもあるだろう。
しかし、タクシーの運転手からの話からも、白木さんからの話からも。旅をしていた半兵衛がどうして、鬼退治の依頼を受けたのか?その見返りは何だったのか?は聞けていない。」
「え?それは、困っている人達を放っておけないからじゃ…。」
「仮に、鬼退治の動機がそうであったとしよう。なら、その見返りは?こんな田舎の土地に神社を建てて祀る事によって、半兵衛にどんな利益がある?」
「それは…。」
「それに、旅している若者が自らトラブルを背負うと思うか?己の功績を讃えるためだけに、わざわざ神社を立てると思うか?それこそ、御伽話の主人公なんだよ。しかし、これはイチ地域に伝わる伝承なんだ。実際にいた人の行いが、今の時代まで伝言ゲームのように伝わって来たんだ。そういうのは何かが欠けて、何かが歪んで、今に伝わっているんだよ。」
そう話す久我さんは何か思案するように、眉間に皺を寄せた。
すると、廊下の方からパタパタと誰かがこちらに向かって歩いてくる音がした。
音がこの部屋の前で止まり、襖が開けられた。
「いやぁー。待たせたね。」
そこにはほんのり汗ばみ、小脇に木の箱を抱えた白木さんがいた。
「いえ。…外に行かれていたのですか?」
「そう。この社務所の裏に倉庫があってね、そこにあるものを君たちに見せたかったんだ。」
そう言って、脇に抱えていた箱を私たちの前に置いた。
「これは?」
「これは、私の先祖が書いたもので、先程の昔話の元となった手記だ。この中に君らの知りたいことがあると思って。」
そう言いながら、慣れた手つきで箱を開ける白木さん。
その中には上質な布に包まれた古びた和綴の本が三冊出て来た。
「少々拝借いたします。」
久我さんは一言そう言い、慎重な手つきで和綴の本を捲った。
私も隣から覗き込み、本の内容を見るが、その内容は草書体によって書かれており、見慣れない私は内容を読み取れなかった。
「そこに書かれている内容はこうだ。」
白木さんは本の内容を教えてくれた。
____大昔、この村を囲っている山々には人ならざる者が住んでいた。
その者は体躯が大木のように大きく、岩のように頑丈。手には鋭い爪、口には鋭い牙が生えており、頭には天を突くような二本の角が生えていた。
皆、それを口を揃えてこう称した。鬼と。
鬼は山に住む動物達を襲い、山に入った村人から酒や、食べ物、衣服を奪い、時には村人をただいたぶることもあった。
村の人々は鬼を恐れ、山に近寄ることはなかったが、山に囲まれたこの村。山に入り山を越さねば隣村はおろか、一番近い町へ物を売りに行くことが困難になった。
村人達はこのままでは食糧も尽き飢え死んでしまうと困り果てていた。
そんな時に偶然修行中の若い侍がこの村にやってきた。
名を白木半兵衛。東の国から来たとの事だった。
鬼の住む山を越してきた半兵衛に村の人々は大変驚いた。
村の人々はどうやってこの山を越してきたのかと、半兵衛に問うた。するとこう言った。
「鬼は確かにいた。私はこの刀で何とか鬼から逃げることができた。」
その話を聞いた村の人々はその話を聞いて、すぐに村長に半兵衛の話をした。
すると、村長は。
「白木様。どうか、この村をお救いください。お礼はこの村に出来るものならなんでも致します。」と。
すると、半兵衛はこう言った。
「なら、鬼を討伐した礼は、村長の娘を嫁にくれ。」
半兵衛の提案を聞いた村長は喜んでその話を受け入れた。
村長の娘はこの村で一番美しく、優しい娘という事で有名だった。
こうして半兵衛は山に住む鬼退治に村の若い男衆を連れて向かった。
山に入るとそこには、先日半兵衛に切られた傷を抱えた鬼がいた。そして、半兵衛を見るやいなや怒り狂いながら襲って来たのだ。
半兵衛は襲いかかる鬼の爪や牙、さらには怪しき術すら軽々と躱し、そして、鬼へ一太刀、一太刀…と浴びせた。
そして、なすすべの無くなった鬼は「参った」と降参し、半兵衛に生け捕られたのだった。
生け捕られた鬼は村人達の前で首を落とされた。
こうして村に安寧をもたらした半兵衛を讃え、村長の娘と結婚し、この木伏神社を建立した。
古びた手記の内容は、祖先の偉業とこの神社の経緯を綴ったものだった。
「こうして拝見させていただくと、本当に鬼の存在についてはっきりと書かれているんですね。」
「そうだね。もしくはこの『鬼』と言われているものに対する言葉、名称が『鬼』と呼称するのに相応しかったのかもしれないね。」
「一つお伺いしても宜しいでしょうか?」
「?なんだね?」
「この『怪しき術』というのはどういう事でしょうか?」
そう言い、久我さんはその一文を指差しながら白木さんに尋ねた。
「怪しき術かあ…。言われてみれば何だろう?気にしてもいなかったな。」
眉を顰めながら白木さんは言った。
「白木さんもご存知ないという事ですか?」
「恥ずかしながら…。私なりの仮説を立てるなら、当時の目撃者の目には『怪しい術』、もとい不可思議なものに見えて、それを言い伝える為に誇張した結果『怪しき術』になったんじゃないかな?」
「成程。確かにそれは一理ありますね。」
そう、納得したかのように応える久我さんの表情は、到底納得したようには見えなかった。
「久我さん?」
「…いや、後で話そう…。」
久我さんの表情が気になった私は小声で久我さんに呼びかけるが、軽く流されてしまった。
「他にもこういう物があるんだよ。例えばこれとか。」
白木さんがそう言って取り出したのは、年季が感じられる布に大事に包まれていた。白木さんがそれを丁寧な手つきで布を捲ると、所々に朱色が残っている櫛だった。
「これは?」
「これは、半兵衛に嫁いだ村長の娘が愛用していた櫛だよ。名を楓という娘で、大層美しい娘だったって話だよ。そんな楓を嫁にした半兵衛は生涯をかけて大切にしたそうだよ。何でも、畑仕事はおろか、家事もほとんどさせない様にしてたとか、そんな話もあるんだよ。
お陰でこの神社のご利益として、縁結び、家内安全、夫婦円満があるんだよ。」
そう面白い噂話をするように白木さんは話した。
きっと、こんな田舎の小さい神社に若者が興味を持ってくれたのが相当嬉しかったのだろう。
それから二時間ほど白木さんの話が続いた。
木伏神社に来たのが太陽が天辺にあった頃で、アブラゼミの鳴き声が聞こえていた。
しかし、白木さんの話と、海堂くんの回復を待っていたらアブラゼミからヒグラシの鳴き声に変わっていた。
34話読了ありがとうございました。
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