19. 5年前 石ノ小路にて
5年前。
師である羽鳥を亡くして2年経っても、汐の心には穴が開いたままだった。淡々と仕事をこなし、師の遺してくれた店を守る。それだけでよかった。
あの日、篤士が石ノ小路に飛び込んでくるまでは。
「石詠様!助けてください!」
入ってくるなり大声をあげるものだから、店にいた数名の客も驚いたように篤士を見ていた。
「——えぇと、とりあえず落ち着いてください」
あぁ、なんだか面倒そうなのが来たな、と思ったのをよく覚えている。ひとまず奥の応接スペースに通して水を出したが、篤士は手を付ける前に封筒を差し出した。
「これっ、読んでください!近くの石詠様からの紹介状です。お兄さんがこの国で一番の石詠だって聞きました。どうか、ユズとなぁこを助けてください!お願いします!」
「そんなこと、言われても……」
勢いに圧されて封筒を受け取ると、とある姉妹に起きた出来事について書かれていた。アメシストを手に取り、その力に負けそうになっていた妹。妹を助けるためにアメシストに手を伸ばした姉。
「俺、その2人の幼馴染なんです。なんとか、してやりたくて。ここの石詠様なら、なんとかできるかもしれないって……」
「——申し訳ありません。多分、僕にもどうにもできません」
篤士の絶望した表情に、罪悪感で胸が一杯になる。師匠が生きていれば、すぐに解決できただろうに。
「そんな!一度見てやってもらえませんか?そうすれば、案外何とかなったり……」
「そう言われても……」
周囲の影響を遮断するアメシストなんて、汐とは相性が悪すぎる。困り果てていると、店の扉が開いた。
「おーい汐、頼まれてたもん持ってきたぞぉ」
「!灰さん」
神様というものは、必要な人物を必要な場所に配置しているのかもじれない。このタイミングで灰が店を訪れたことで、大きく流れが変わった。
「おぅ、こっちに居たのか。取り込み中か?」
「いやぁ……」
言葉に詰まっていると、灰は汐の向かいで項垂れている篤士に目を遣った。
「あん?どうした兄ちゃん、そんな暗い顔して」
「ちょっと、灰さん」
汐の隣にどっしりと腰を下ろし、すっかり話を聞く姿勢だ。篤士は少し驚いた様子だったが、すぐに汐が話した内容を説明し始めた。
「成程。その呪いってのは汐じゃどうにもならねぇんだな?」
「無理だと思う。相性が悪すぎる」
かといって、他の石詠を紹介してやるあてもない。
「——あのっ!」
突然、篤士は覚悟を決めた表情で声をあげた。
「俺を、ここで雇ってもらえませんか」
「——は?」
「雑用でも何でもします!ここに居れば、いつか2人を助けるヒントが手に入るかもしれないし……」
「へぇ、いい案じゃねぇか」
「簡単に言わないでよ。オレは、人を雇うつもりなんてないし」
2年間、一人でやってきた店だ。人が入れば、間違いなくペースが乱れる。
「——よし!」
灰は何やら考え込んだ後、店の方に向かったかと思えばいくつかのアクセサリーをトレイに乗せて戻ってきた。
「兄ちゃん、この店が無理なら俺のところに来るのはどうだ?」
「えっ?」
「手の跡を見りゃ分かる。お前さんも、石を研磨したりしてるだろ」
「!はいっ、自分で相棒を磨いてみたくって」
言われて初めて気づいたが、ところどころ荒れている手は確かに少し灰と似ている。
「それなら、今から俺のテストに合格したら俺の弟子にしてやる。そうすりゃここにも出入りできるだろ」
篤士の顔に、僅かに生気が戻った。
「やります!やらせてください!」
「よし来た」
灰はどこか楽しそうに、持ってきたトレイを机に置いた。ネックレスにピアス、リングと揃っており、使われている石にも統一感はない。
「まずはテストに関係なく、お前の好みが知りたい。この中で好きなもんを教えてくれ」
関係ないはずがないのだが、篤士は疑うことを知らない目でアクセサリーを吟味し始めた。
「俺は……これと、これが好きです!」
選ばれたのは、アクアマリンのリングとガーネットのネックレス。どちらも大粒な石を、シンプルに仕立てたものだ。
「——よし、合格だ」
「へ?」
「これがテストだよ。お前、今日から俺の弟子な」
「え、えぇぇぇぇ!?」
「あっはっは!いいなぁお前、単純で」
この数分で、すっかり篤士を気に入ったらしい。汐が口を挟む間もなく、灰は上機嫌で話を進めていった。
「それじゃぁ、ひとまず親御さんに話を通してこい。細かい話はそれからだな。あぁ、お前の作品も一度見ておきたいな」
「はいっ、よろしくお願いします師匠!」
「適応が早いなアンタも……」
思わず口に出すと、篤士は恥ずかしそうに頭を掻いた。灰もすっかりその気のようで、満更でもなさそうだ。
「まさか、俺に弟子ができるなんてなぁ」
篤士を帰した後、灰はカラカラと笑いながらソファに腰を下ろした。
「何であんなことしたの。ここに居たって、治してやれるか分からないのに」
数年経ったところで、なんとかしてやれるとは思えない。僅かな希望に縋ってここで待ち続けるというのは、あまりに酷だ。
「理由はいくつかある。俺だっていい歳だ。そろそろ後継が欲しい」
「だからって、今日初めて会ったのに」
「あいつの話を聞いて気に入っちまったんだよ。あそこまで真っすぐで熱い奴も珍しい。解決はできなくても、やることがあれば気も紛れるだろ」
それに、と灰は真剣な表情で汐を見上げた。
「お前にとっても、いい刺激になると思ってな」
「オレ?」
「お前、俺と深月ちゃんくらいしか付き合いねぇだろ。ちったぁ交流を広めていかねぇとな」
「はぁ?いいよオレは。灰さんと深月さんが居れば十分」
「でも、俺らは先に死ぬ」
言葉はナイフだとはよく言ったもので、灰の言葉は汐の心臓を的確に貫いた。
「な、なんでそんなこと言うんだよ!」
「俺も深月ちゃんも、お前の師匠と同じようにお前を置いていくことになる。こればっかりは順番なんだ」
「や、やめてよ、そんな……」
あの日の朝、起きてこなかった師の姿がフラッシュバックする。安らかで、まるで眠っているような。
「俺は、親友の忘れ形見を独りにしたくねぇんだよ」
荒れてはいるけれど大きくて暖かい職人の手で汐の頭を撫でまわし、灰はニッと笑った。
「気にすんな、別にあいつと無理に仲良くしろとは言わねぇよ。けど、お前だって頼れる職人ができたら安心だろ?」
「それは、そうだけど……」
「それに、あいつはいい職人になるぜ」
「そんなの、さっきのテストで分かるの?」
灰は我が意を得たりと頷いた。
「この2つはな、俺がトリの指示を無視してこの石が一番良く見えるように作ったもんだ」
石詠はその石の力を最大限引き出せるように職人に指示を出す。それを無視できるのが、職人としての灰の強さだろう。
「師匠、怒ったんじゃないの」
「最初は困った顔してたが、最後には笑ってたな。どうしても変えちゃいけないもんはそう言われてたし」
確かな技術と信頼の上に生まれた、2つのアクセサリー。
「この2つを選んだんだ。いい趣味してるよあいつは」




