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09



 トン、と皿が置かれるとトマトクリームの濃厚な香りが辺りに漂った。


 ラゼ湖産の貝をふんだんに使ったパスタは、目について適当に入った店の看板料理らしい。良い匂いに食欲が刺激される。


「まずまずの味ね」


 舌の肥えているベティーナはそう言いつつも、美味しそうに食べ進める。


 その隣でエミリアが遠慮がちにフォークを口に運んだ。


「あ……お、美味しいです」


「エミリア、ほっぺついてるぞ」


「え? す、すみません……」


「いや、そっちじゃなくて、こっち」


「あ、ご、ごめんなさい。ありがとうございます……」


 向かいに座ったフリッツが腰を浮かせて彼女の頬についたクリームを拭ってやると、エミリアは恥ずかしそうに頬を染めて俯く。


 それを横目に、ベティーナが「それで」とヴィルマーに話しかけて来た。


「それで? 何の話なのかしら?」


「ああ、エミリアが、ドレスは義姉に取られるからいらないんだと」


「あああの、す、すみません……生意気なことを言って……! でも、あの、わたしは今あるもので十分なので……」


「――今あるもので十分ですって?」


 ぴくりとベティーナの眉が跳ね上がる。

 値踏みをするように視線がエミリアの頭から足先へ上下する。


「それで満足しているようじゃ、ダメね」


 見下すような冷たい声にエミリアの肩が震え、視線が下を向く。食事の手はいつの間にか止まっていた。


「姫――」


「馬鹿王女、エミリアをいじめるなよ。何も知らないくせしてさ」


 フリッツが睨むようにベティーナを鋭く見る。


 ヴィルマーは開きかけた口を閉じ、苦い心持ちで険悪な雰囲気を醸し出す二人の様子を見守ることにした。


 フリッツの言う通り、昨日出会ったばかりのエミリアについてベティーナが知っていることなんてごくわずかだ。幼馴染として近くに居るフリッツと比べれば、尚更。


 ただ、エミリアやフリッツよりほんの少しだけ長く生きている分、経験がある。

 特にエミリアは昔のベティーナに似ているところがあった。だから、ベティーナはエミリアのことを気にかけている。昔の自分を見るようで、放っておけずに。


 それが分かっているから、ヴィルマーはベティーナを止めず、気の済むようにさせることにした。


 ベティーナはふんと鼻で笑ってフリッツを見返す。


「あなたもね、エミリアを守っているつもりかもしれないけれど、()()()よね」


「はぁ?」


「! お、王女様っ!」


 慌てた様子でエミリアが顔を上げる。けれど、エミリアが止めるより早くベティーナは言った。


「義姉たちの立場に立ってみなさい。常日頃見下していじめてる女に騎士気取りの男がいるなんて面白くないに決まってるじゃない。守り方が上手くないのよ」


 悠然と微笑を浮かべたベティーナに、エミリアは薄らと涙を浮かべながら首を振った。


「い、いえ、王女様……、そんな、そのようなことは……。それに、全部、わたしが悪いのです……わたしが、弱くて、何も言えないから」


「でも、あなたのそばにフリッツがいることを、義姉たちは良く思ってない。そうでしょう?」


「エミリア……本当か?」


「……――」


 フリッツの問いにエミリアは何も答えなかった。ただゆっくりと沈むように顔を俯かせる。


「わたくし、確かに頭は悪いけれど、馬鹿ではないのよ。わたくしもきちんと考えれば推測の一つぐらい立てられるの」


 ベティーナの声音には、暴く者に特有の興奮がわずかに混じっていた。


「昨日、エミリアは靴を湖に捨てられたわよね。それは、ただの嫌がらせで理由も目的もないものだったのかもしれないけど。でも、エミリアに晩餐会に来て欲しくないという気持ちの表れとも取れるわ。エミリアがたった一足しか靴を持っていなかったのなら、その一足を失って晩餐会には出られないもの」


 息を吐いたベティーナは、一度、手元のグラスで喉を潤してから、また口を開く。


「晩餐会――それも、フリッツ・アドヘルムの家で行われるものに、エミリアが参加できないよう仕向けるのは、フリッツがいつもエミリアのことばかり気にかけるから。フリッツに気があるのか、それともエミリアが大切にされていること自体が気に食わないのか、どちらかは分からないけど。エミリアが嫌がらせされるのは、フリッツの存在も関係があるんじゃないかしら」


「は……なんだよ、それ……?」


 フリッツはベティーナの言ったことを想像もしていなかったようで、驚いた後、複雑そうに顔を歪める。


「そうなのか、エミリア……?」


 不安げなフリッツの問いかけに、少しの間を置いて、エミリアは顔を俯けたまま答えた。


「……確かに、そのようなことをお義姉様たちに言われたことは、あります……でも、フリッツ様は何も……何も悪くありません……」


「まあ確かに悪いことをしていたわけではないわね。ただちょっと無神経で周りが見えてなかったというだけで。気に障ったのなら謝るわ」


 まったく謝る人の態度ではない高飛車さで、ベティーナは言う。

 だが、エミリアの話に衝撃を受けていたフリッツにベティーナの声は届いていないようだった。

 ふらりとフリッツが立ち上がる。


「ごめん、エミリア……ちょっと、外の空気を吸ってくる」



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