エピローグ
10年ぶりに母校の紙飛行機飛ばしを見た帰り。実家に寄って帰った。昼ごはんを何にしようか迷っていたが、結局実家に帰れば何か出してもらえるだろうと思っての帰宅。もう長いこと一人暮らしをしているが、実家には滅多に帰ってこなかったからなんだか懐かしい。黙ってテレビを見る父親と、あれこれ聞いてくる母親。あの頃とちっとも変わっていない。
ふと、ポストに何かが投函される音がした。その音に誘われて扉を開き、ポストを覗いてみる。郵便屋さんらしき人影もないし、なんだろう。
ポストを縦に開くと、紙飛行機が入っていた。高校のときに投げたような、桜色の紙飛行機。いったい誰がこんなことを。よく見ると、真ん中の折り目と折り目の奥に文字が書いてある。恐る恐る開くと、それは、結婚式の招待状だった。
結婚式の桜色の招待状が、紙飛行機の形でポストに入っていたのだ。上岡梓と、もうひとりは全然知らない名前。留学先で出会ったのだろう、見慣れないアルファベットの名前がそこには記されている。そうか、結婚するんだ、梓。
今度の年末、梓が桜色の紙飛行機ではなく、真っ白な鉄の塊で久々に日本に帰ってくるらしい。ちょうど卒業から10年記念の同窓会があるから、また高校の仲間と10年振りに集まって、ワイワイするつもりだそうだ。
卒業式の前夜祭みたいにこっそり学校に忍び込むのは、今のこのセキュリティにうるさい時代ではもう難しい。だから、奇をてらうでもなく、居酒屋で集まって二次会にカラオケに行ったりする、普通の忘年会になりそうだ。どうせその時、卒業式でやった恥ずかしいあれも漫才のネタにされるのだろう。ハナケンにもまた追いかけられたりして。あの頃の思い出がどんどん溢れ出てくる。
そしたらまた俺は途中で梓と抜け出して、今度はしっかり自分の気持ちを伝えてみようか。いや、笑い話にして盛り上がろうか、それとも思い出として隠しておこうか。まだ迷っている。結局第二ボタンどころかしっかり全部揃っちゃってるし。
別にショックってわけじゃない。梓が結婚した。良いことじゃないか。おめでたい。実におめでたい。
なんて、言い聞かせているってことは自分でもわかっている。
実は空港で例の紙飛行機を開いた後、桜並木をじっくり眺めることなくすぐに帰ってあの“スピカ”の意味を調べてみた。スピカは春の大三角形のひとつで、もう2つがアルクトゥルスとデネボラ。なかでもアルクトゥルスとスピカはそれぞれ夫と妻という意味だった。
あの手紙は、やっぱり梓からの告白だったみたいだ。じゃあなんで振られたんだと、当時はひどく混乱した。でもそれが今、こんな形でつながってくるなんて、思ってもみなかった。
これで本当に梓から卒業できる。10年ぶりに、やっと。
桜は散り際が一番美しいのである。別にもう、言い聞かせているわけじゃない。
もうええわ、って、漫才みたいに綺麗にピリオドを打たないと。
さようなら。
アルクトゥルスにはなれなかったけど、スピカとアルクトゥルスを三つ目のデネボラとして密かに見守らせてもらうよ。だって、俺と梓は、幼馴染だから。
完




