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36:桜舞い散る


 一斉に始まるカメラのシャッター音。一瞬だけ屋上の空が桜色に染まった。そこから放射状に飛び出していく紙飛行機。行方を追う卒業生。野球場でジェット風船を飛ばした時のように、卒業生達の思いを乗せたそれぞれの桜色の紙飛行機が、それぞれの想いを乗せて、ゆっくりと手から離れ、スローモーションの世界に入り込んでいった。


 ふわふわと? いや、違う。

 ゆらゆらと? それも違う。


 スローモーションの世界の中で、それぞれの紙飛行機は、まっすぐに空を突き刺すように飛んだり、ふらふらと宛もなく飛んでいったり、春の優しい風に誘われていったり、俺らの未来を連想させるように、拍手喝采のグラウンドで待つ在校生の方へ、あるいは風にあおられて裏山の方へ、それぞれが意思を持つかのように、自由に飛び回っていった。


 コンサートで銀テープを取ろうとする観客のように、紙飛行機の方に伸ばされる在校生や保護者、そして報道陣や野次馬たちの手、手、手。それをかわすように飛んでいる紙飛行機はまるで風に揺れる散り際の桜のようで。


 春風に誘われて、裏山の薄ピンクの桜の小さな花弁達が、はらりはらりと舞い落ちてくる。

 その花弁達が、それぞれの紙飛行機と協演して、それは桜流しのようであり、風に乗った花吹雪のようでもある。


 グラウンドに集合している在校生や先生方は、良い笑顔を浮かべながら、あるいは涙を流しながら、それぞれの紙飛行機を拾って、開いて、それぞれのメッセージを読んだりしている。


 そんな中、俺は桜色から真っ青に戻った大きな青空を見上げながら、紙飛行機飛ばしを少しためらっていた。今までの高校生活とこれからの人生について、様々な期待、不安、希望、葛藤などが複雑に交錯していた。

 俺の紙飛行機は、ちゃんとまっすぐ飛んで行ってくれるだろうか。すぐに落ちたりしないだろうか。風に乗れるだろうか、それとも向かい風にやられて墜落してしまうだろうか。色々思いながら、結局、紙飛行機が手から離れていった。自分から押し出したんじゃない。まるで紙飛行機が自分で意思を持っているかのように、自分で発進していった、そんな気がした。


 大丈夫、俺が導いてやる。そう言ってくれているような気がするほど、頼もしく見える後ろ姿。風に乗って更に上昇していく俺の紙飛行機。それを見ていると、俺でも大丈夫だと思えてきた。その後、まるで滑り台を何度も描くように下降していく俺の紙飛行機。最後は風に煽られて大きくカーブし、裏山の方へ飛んで行ってしまった。やはり紙飛行機は正直だ。曖昧なままの心じゃ、どうしてもまっすぐ進んだりしてくれないのだろう。


 梓の紙飛行機はどうだろう。ちゃんとまっすぐ、太陽に向かって飛んでいるだろうか。俺の中ではやはり梓の海外留学のことが常にどこかでずっと引っかかっている。紙飛行機もそうだが、梓が乗る飛行機も、きちんと飛んでくれますように。そんな梓はきっと海外留学への希望を込めて飛ばしていた事だろう。紙飛行機の中にも、きっとそういう類の事を書いているに違いない。そう確信して、あえて梓の方は見ないようにした。見たら、引き止めたくなってしまうから。


 もしも俺がここで、もしくはこの後梓の留学を引き留めようとしたらどうなるだろう。理由としては、行ってほしくない、残って欲しい、そういうのを伝える必要が出てくる。しかしこれは告白になってしまわないか。確かに俺は梓に自分の気持を伝えたい。でも、こういう風に伝えるのはらしくないというか、ダサいというか、できれば避けたい。なんだかずるい気がするから。


 じゃあ他の言い分があるのかと言えば、そんなものは無い。ただ行ってほしくない、俺から離れないで欲しい。離れてしまうことがわかったからこそ気づけた俺の梓に対する気持ち。この気持ちは、なんだか告白に利用したくない。本当はそれでも十分告白の理由になるのかもしれないが、自分で納得できない以上その方法は使えない。


 それに、もし引き止め成功したからといって、その後梓の人生をどう責任を取れば良いのか分からない。一時の気持ちでその後の梓に対して全責任を取れるほど、俺は大人ではない。そう思うと自分がどれだけ小さい男なのか自分で証明しているみたいでため息が出る。


 それぞれの想いを乗せた桜色の紙飛行機を包み込むように、抱きしめるように、あるいは吸い込むように、卒業式にふさわしい雲一つ無い青空が、どこまでも広がっている。良い天気で飛行機も順調に飛び立っている。天候不良で飛べないから梓の出発が遅れそうだという感じは全くしない。そうなると、俺の心は晴れやかどころか曇り空だ。しかもタイムリミットも迫っている。梓が飛行機に乗ってしまうまで、それほど時間の余裕はない。


 引き止めるか、送り出すか。

 そろそろ自分の中でも自分自身の行動に対して結論を出すべき時が少しずつ近づいてきた。


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