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35:春風に吹かれて


 屋上から見るこの街は、そのほとんどが山肌で、住宅街がいかに狭い範囲に密集しているのかがよく分かる。丘の上の学校から見た向こう側には、シャーペンの芯ほど細長く見える滑走路。そしてそこから飛び立つ米粒より小さい飛行機と、それに似合わない轟々と鳴るエンジン音。


 この卒業式が終わってすぐ、梓はあれに乗っていってしまうのか。まだ飛行機に乗ったこともない俺からすれば、未知すぎて想像もつかない。一体飛行機に乗るっていうのはどんな体験で、それに乗って日本を出て外国に行くっていうのはどういうことなのだろう。梓が遠い存在に思えてくる。


 その梓本人は、強く風が吹いている中、肩をすぼめて脚をさり気なくバタバタさせている。スカートだもん、寒いよね。セーラー服の梓を見られるのも今日が最後なのだと思うと、もっともっと梓の方を見たくなってしまう。でも時間は止まってはくれないもので。


「はい、じゃあ、校歌、三番までな。みんなしっかり声出すように! いいな! ……せえのっ」


 学年主任の先生の音頭で、いよいよ卒業生全員での最後の校歌斉唱が始まった。本当はさっきのが最後だと思って唄ってたのに。いきなりの出だしに戸惑いつつも、なんとか歌い始めた俺ら。最初は寒さと鳴き声で歌声が揃っていなかった。しかし徐々に泣いていた生徒も声が出始め、中盤でちゃんとした歌になってきた。


 そんな中、逆に必死になって指揮を執る学年主任の先生の目からドバドバと涙が溢れ出てきた。先生は、止めどなく流れ出てくる涙を拭いながら、それでも指揮を続ける。しかしついには指揮よりも涙を拭うので精一杯になってしまった。

 さっきまで先生の指揮に合わせていた俺らは、とうとう先生の指揮と言う線路をはずれて、自分たちの手で線路を作っていく事になった。涙を拭うためにしゃがみこんでしまった先生が下から見えたのか、校舎の下のグラウンドからは在校生や野次馬たちによる、先生がんばれの大合唱が起こりはじめた。


 ちょっとした有名な行事となっている紙飛行機飛ばし。在校生や保護者の他にも、テレビカメラや野次馬で体育祭や文化祭のときのように人で溢れかえっているのが見える。在校生たちは式の後直接グラウンドで整列して、俺らが去年も一昨年もそうしたように、待ってくれていたのだ。グラウンドだけでなく校舎を取り囲む道路にも大勢の人が集まっている。

 今の俺達、ちょっとした有名人なんじゃないか。そんなことを思うと恥ずかしくなってきた。


 しかしそんな恥ずかしさはもはや感じてはいられない。ここは高校生特有のバカなノリで、とにかくできる限り大きい声で歌ってやろうと声を張り上げた。周りの奴らからは正直引かれていたと思う。でもまぁ、最後だし。いいや。

 そんな気分でいると、あちこちから狂ったような絶叫に似た声がちらほら現れ始めた。みんなバカしてるなぁ。でもこれが今日で最後なんだって、きっとみんなも分かっているのだろう。出せるだけの声を出して歌っているうちに、校歌は中盤に入った。


 今まで俺は、高校の卒業式なんか、中学校の卒業式みたいに静かで厳粛で、合唱とかで感動して、たくさん泣いて、母校に別れを告げて……そんな感じじゃないと思ってた。どっちかと言うとただ卒業証書を渡されて、棒読みの祝辞とか聞かされて、だるかったなぁで終わってしまうのかと思ってた。

 でもそれは違った。サプライズゲストも来たし、卒業の日と前日でこれだけ濃い体験ができて、学んだことも発見も、多少はあった。楽しいイベントだとか、そういう意味で良かったんじゃなくて、意味のある卒業式だったという意味で、良い卒業式だったなぁとふと思った。


 何事にも冷めて、斜に構えて、ダルそうにするのが格好良いと思っていたが、どうもそうじゃないみたいで。もっと素直に、もっと積極的に、自分を出していけばよかった。今こうして絶叫しているのが気持ちよくてたまらない。

 俺のことを浅い人間だとか中身のない空っぽな人間だとか思う人もいるかも知れないが、俺自身はそうは思わない。ダサいと思っていたことが本当はそうじゃないかもしれないと気付けたことが、俺にとっての卒業の本当の意味だったのかもしれない。高校生らしいバカなノリだけど、それで何かを乗り越えられたのなら、それは意味があることなんだ。そう思った。


 いつの間にか俺らは隣同士で肩を組んで歌っていた。隣からまた隣へと、肩を組んでいき、徐々に卒業生全員に広がっていった。左右に揺れながら歌ったこの校歌が、この日一番盛り上がっていたことだろう。合唱祭で三年生全員で歌った合唱よりも心がこもっている極上の歌声が、山々にこだましていくのが確認できるくらいだった。KAIさんのしんみりとした独唱も味わい深いが、こういうバカが爆発したような歌声も良い。スッキリした気分になる。


 そして、その合唱の『ああ煌(きらめ)く紅葉高校』と言う最後のフレーズが、だんだんゆっくりと、楽号で言えば、アラルガンド(allargando)で雰囲気を作って、最終的にフェルマータでほどよくのばして終わった。グラウンドのほうから聞こえてくる拍手。その拍手の方へ向かって、また空高くに向かって、居場所を見つけるように横からも、紙飛行機が一斉に卒業生たちの手から離れていった。


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