34:クライマックスへ
書き終わった直後、急に膝がガクっとなって、情けないことにその場に倒れ込んでしまった。これは貧血なんかじゃない。ていうか席に座っているはずなのに、なんでこうなるのか。絶対に後ろから誰かが椅子を勢いよく引いたな。そしてその犯人はだいたい目星がついている。そう思って勢いよく振り返ってみると、やっぱりハナケンだった。
「よし! またこけたな、潤。最後の最後まで隙ありすぎ。でさぁ、潤はどんなん書いたか見せてや」
ハナケンが手をさしのべてきた。俺はその手をつかんだ。起こしてもらえるはずだったが、ハナケンはいっこうに持ち上げる気配がない。
「えっ、早く持ち上げてや」
「いや、そういう意味じゃなくて。紙飛行機」
「あ、紙飛行機ね……」
起こしてもらえるのかと思ったのに。なんか悔しいので、紙飛行機は絶対に手放さないと心に誓い、隙を見せないように振る舞ってみた。華麗にホコリを払い、背筋を伸ばしてつま先立ち。何も起こっておりませんよと言わんばかりに、態度を急変させてみる。
「で、どんなん書いたん?」
「別に」
「いや、いいじゃん。ちょっとでいいからさ」
「ぜってぇ読ませねぇ」
「ちょっ、借せって!」
ハナケンが無理矢理に俺の紙飛行機を取ろうとする。絶対に渡さない。意地でも渡さない。俺は隙のある人間から卒業するんだ。そう思ってボクシングのパンチを避けるようにハナケンからの魔の手を避けた。
「へへっ、取れるもんなら取ってみろよ」
俺のその一言で、いつも教室でやっているじゃれ合いが始まった。よく分からない理由で始まるじゃれ合いは、結局チャイムや先生の叱責で終わりを告げる。が、先生は先に屋上の方へ行ったし、他の連中も自分の紙飛行機をとってさっさと屋上に向かっているので誰も俺らを止められない。結局、じゃれ合いは泥沼と化していった。
「ねぇ、そろそろ鍵かけたいんだけど……」
誰かの声が聞こえた。声の高さからして女子かな? が、今はそれどころじゃなかった。隙を見せたらダメだ。ハナケンに読まれてしまう。
「ねぇ……」
さっきよりも大きな声。それでも俺らはやめられない。心の中で返事しておこう。
「ねぇ」
だいぶ大きな声。もう、ほっといてくれてもいいのに。
「ねぇ!!」
声は教室を通り抜けて、隣の山にぶつかるくらい勢いよく俺らの耳を突き抜けた。
「は、はい……」
声の主は、西岡さんだった。さっきまでいたクラスメイトは、全員もう屋上まで行ってしまったようで、俺とハナケンと西岡さん以外にはもう誰もいなかった。
「やっっっと振り向いてくれた。鍵締めたいんだけど、もう終わってくれない?」
「はい、すみません……」
俺らは西岡さんに謝ったあと、全速力で教室を飛び出し、廊下を駆け抜け、階段を一段とばしで登り、屋上に続くドアを勢いよく開いた。春らしい優しい風が、肌を撫でるようにして通り抜けていった。
屋上では、卒業生がきちんと整列して座っていた。俺とハナケンは、西岡さんに、担任の先生の所へ連行された。
「お前ら遅いぞっ! 何をしてたんだ」
「……すんません」
「早く後ろに並べ」
もうすでに説明は始まっていた。A組〜F組の六クラスが、合唱祭のように、それぞれ四段づつになって段にのぼり、グラウンド側にいっせいに飛ばす。と言う、いたって簡単な行事だ。しかし、その四段を俺らA組だけ決めておらず、他のクラスに迷惑をかけてしまった。あたふたする俺らの横で、俺らの担任の先生は呆れた顔をしている。
結局、出席番号順に四つに分けることになった。俺も梓も一段目。梓は俺のことを小さい子供を見るような目で見てきたので、何も言い返せなくてとりあえず下を向いた。
そういえば、梓は一体どんなことを紙飛行機に託したんだろう。この三年間のうち、最後の1年くらいしか梓のことをまともに知らない俺。梓がどんな思いで3年間を過ごし、どんなことを今、考えているのだろう。友達の事を書いたのか、行事のことを書いたのか、それとも俺みたいにとりあえず漠然とした何かを書いたのか、はたまた今日のKAIさんのことを書いたのか。最後のが一番あり得るような気がする。そして、そんな中で、俺のことを書いてくれていたりするのだろうか。気になって仕方がない。
俺はどうにか梓の紙飛行機の折り目の隙間から、筆圧から、どんなことを書いているのか特定しようとしてじいっと見つめてみた。しかしどう考えても何もわからない。分かるわけがない。そんな専門的な技術なんて、持ってるわけがない。しかしそれはある種のロマンで、男というものは中身が分からないものに対して想像力を掻き立てることによって興奮する生き物なのである。今の俺はパンチラ目的で階段を登るときにわざと女子の何段も下からゆっくりと歩くアホな男子中学生と同じなのである。
しかしそんな視線に女子が敏感なのも現実。梓は俺の視線に気づいたのかさっと背中側に紙飛行機を回し、俺のことを呆れた顔で睨みを効かせてきた。しかしその時のポニーテールの垂れ具合がまたちょうど良い加減で、梓の耳の後ろに真っ直ぐに降りている髪の毛が美しいと思って見とれてしまった。それに気付いてか、梓はひと息ついて俺から目線を外した。
「よし、揃ったな。じゃあ、校歌を唄って、最後の最後に一斉に飛ばすんだぞ。いいか?」
「はぁい!」
どこかの女子の元気な声に満足そうに頷く教職員達。ていうか、また校歌斉唱かよ。
こうして、高校生活のクライマックスが、少しずつ近づいてきた。




