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1:卒業前日


 ふと窓の外を覗くと、もうすぐで桜のシーズンを間近に控えると言うのに、冷たい風が吹いている。教室の暖房が窓を結露させ、俺らはその無理やり上げた室温にぼーっとしている。それとは対称的に、担任の先生がキラキラした目で卒業式の段取りの最終確認や、恒例の“アレ”について熱く語っている。


 黒板の横の日めくりカレンダーの日付は、2月28日、木曜日。明日は3月1日。卒業式の日だ。もう明日で卒業かと思うと、意外と早く感じる。大した思い出もなかった高校生活だけど、それでも終わるのは少しさみしい気もしている。もしかしたらやり残したことがあったかもしれないが、それもなんとなく思い出せないでいる。きっとテキトーに過ごしてきたツケが回ってきたんだな。


 担任の教師の口はまだ止まらない。ベラベラとよくもまぁ長い時間語れるものだな。要約すると次のようになる。

 我が紅葉高校の卒業式は、中学の頃の卒業式のような合唱だとか、いわゆる『在校生に送る言葉』みたいな群読と言うものが無い、意外とあっさりした卒業式らしい。しかし卒業式の後、先輩たちが作った伝統行事として卒業生全員で屋上から紙飛行機を飛ばすということをするそうだ。それに憧れてこの高校に来るようなやつもいるらしい。


 確かに、なにか思い入れがある高校生活ならばこういう行事もアリだろう。一生の思い出になりそうな絵面が思い浮かぶ。しかし、俺みたいな特に何にもない奴らにとってはどうだろう。早く卒業式して早く家に帰りたいと思うだけだろう。


 紙飛行機の中には自分の3年間の思いだったりとか、大切な人への手紙だとか、そういうのを書いて飛ばすらしい。もちろん匿名だから飛ばしても誰が誰のかはわからないのでそこはまだ安心なのだが、逆に俺みたいに何も書くものがないとそれはそれでなんだか困る。なんか最後の最後に空っぽの高校生活でしたって言ってるみたいで恥ずかしい。だから俺は、何を書いたら良いのかわからなくて、書きたいけどまだ一文字も書けていない。


 そんな綺麗すぎる行事を控えたざわつく教室の中で、俺は、ただ一人外の空気のように冷たい心を保持し続けている。先生や一部の生徒との温度差がある教室の中から黒板の方をただただ何気なく眺めていたが、ふと横に目をやると、隣の西岡さんがあらぬ方向を向いているのが見えた。何があるのだろうと思いつつも他の方向をきょろきょろと見ていると、西岡さんがツンツンと肩をつついてきた。実は、西岡さんにそんなことをされたことは今まで無かった。それに、何より今は一応授業中という事で軽く無警戒だったので、ついビクっとしてしまった。

 恐る恐る左を向くと、隣の西岡さんが軽く微笑みながら親指で、ある男子を指していた。


 西岡さんは今年はじめて同じクラスになった女の子で、短めで少し茶色がかったつややかな髪を耳にかけている。大人しいのに目力が強いというギャップを備え持っているというのが特徴で、それを気にしてか、いつも前髪で目を隠そうとしている。


 休憩時間には何度か話したことがあったし、実はクラスの中でも字が綺麗なベストスリーに入っているらしく、睡魔に負けたときなどはノートを写させてもらっていたりする。どうも俺の顔を見る度に顔を背けるので、俺としては話しづらいオーラが漂っているように感じる。


 そんな西岡さんは、クラスの中では以外と目立っている方で、俗に言う隠キャラとは少し違うような気がする、ちょっとミステリアスな女の子である。その西岡さんが指差す方を見てみると、ちょっぴりふっくらしている男子が、こっちを向いてニコニコしていた。


 ヤツだ。花田健斗、通称ハナケンと呼ばれているお調子者。ハナケンは、ちょっぴりふっくらしているくせに身のこなしが俊敏で、意外と体育が得意で、しかもこのクラスで一番のお調子者と言う事で、意外とモテる存在の、いわゆる陽キャラである。


 そんなハナケンを指さして何があるのかと思いながら西岡さんをもう一度見ると、西岡さんは先生に見つからないように、そっと俺の膝の上に小さなメモ用紙のような紙切れを置いた。俺は何かあるような気がしたし、西岡さんから無言で『読んでみて』と言うテレパシーじみた何かを感じたので、その紙切れに書かれたことをひとまず読んでみた。


 『ハナケンで〜す!!』 


 冒頭からテンションが高いやつだな。さすが陽キャラ、こういう小さいメモでさえキャラクターとのギャップを感じない。人に好かれる努力をしているタイプの人間だ。俺にはできない。


 『皆、卒業おめっ! と言うことで、今日の午後9時頃、中庭で前夜祭プチパーティーやるんで、参加できるやつは、そこに名前書いてね!(もちろん非公認です。先生とかには絶対内緒で!笑)』


 下校時刻は7時半。普通はそれまでに学校から全生徒出ていなければならない。先生が全員帰るくらいの時間帯を見計らってこの時間にしたのだろう。これはもう完全に浮かれているな。怒られても次の日卒業だしとか思ってるパターンだな。やれやれ。


 とかいいつつワクワクしないでもないので、何のためらいもなく【参加者名簿】と書かれた四角い枠に、『神崎潤』と記した。フリガナもふらないといけないので、『かんざき じゅん』と記したそのとき。


「こら、神崎。どうした? 下ばかり見て」


 熱く語ることに集中していれば良いものを、なんでこう運悪くタイミングが合ってしまうのか。これがバレたら大惨事だ。卒業前にクラス中からハブられるかもしれない。最後の最後くらいうまいことみんな仲良しで終わりたいのに!


「あ、いや、べつに、なんでもないですよ」


 しばらく間が空く。急に教室内の空気がぴーんと張り付いて、暖房の重低音だけが怪しく響いている。


「それならいいが……明日卒業だぞ。大事なことを話してるんだから、気を引き締めんか! かの有名な遣隋使、小野妹子おののいもこは、煬帝ようだい国書こくしょをうっかり盗賊に盗まれてしまったらしいと言うのをこの前テレビでやってたぞ。先生はな、話はそれたけどな、お前も気を引き締めんと小野妹子のように失態を犯してしまうかもしれん。それになーー」


「はいすみませんでした」


 長くなりそうなので、ここらでかぶせるように謝っておく。最後の最後くらい、すんなりすっきり終わってくれないかな。


「分かればよろしい。……えっと、どこまで話したかな。あっ、そうだ、思い出した。えぇ、君たちは未来の日本を支えていかなければならないわけで……」


 毎日こんなやりとりを繰り返しているので、だいたいのペースはつかめていた。そんなワンパターンな担任がまた熱く語り始めたので、俺は次の人にメモを回した後、先生の方に集中した。

 明日卒業とは言ったものの、一体何から卒業するのか、俺はまだそれさえわかっていなかった。


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