第四話
《怠神》の加護。
それは「何もしないこと」に特化した寄生プレイヤーご用達と呼ばれる最怠の加護。
そう呼ばれている最大の理由は間違いなく初期スキルにある《何もせずに貰う経験地は美味しいか?》だろう。
ニートの子を持つ親が放ったかの有名な台詞をもじったスキル名だが、その効果は何と戦闘中に何もしなくてもパーティメンバーが倒したモンスターの経験値が貰えるという酷い代物だ。
これのせいで、サービス開始当初は寄生プレイをする馬鹿が続出。
でもすぐに加護を切り替えるとレベルリセットが行われることと、例え寄生せずに全力でパーティに貢献したところで武器も持てず基礎能力値が低い故か『《怠神》×』の文字がパーティ募集掲示板に立ち並んだことによってあっという間に使用者が激減……というかたった一人にまで減ったある意味有名な加護だ。
だからおそらくきっと誰も知らないのだろう。
《怠神》を使い続けた、私だけしか。
あとついでに私の相棒であるさっきゅんしか。
改宗するのが面倒だからと《怠神》の加護を使い続け、チョロイともだ――さっきゅんに寄生してレベルを上げ続けて、覚えたこのスキルを。
――その名は《怠惰の極致》
発動すれば、戦闘エリアに入ってから「何もしなかった」分だけ基礎能力値が上昇するという何ともまあ使い勝手の悪いスキルである。
*****
赤色のオーラを纏った私の拳がボスゴリラ猿の顔面にめり込んだ。
大きくよろめく猿を追うように空中を蹴り出し、倒れ行くボスゴリラの顔面に今度は蹴りを叩き付けた。
――「何もしない」というのは、実のところ結構難易度が高い。
攻撃も、回避も、移動も、ありとあらゆる行動という行動をしない、究極の怠惰。
仲間がピンチでも助けに行ってはいけないし、そもそもソロだと使えない。
使い勝手の悪すぎる地雷加護。
でもその分――効力は絶大だ。
レベル二十の私が、推奨討伐レベル五十のボスエネミーを圧倒できる程度には。
格闘技なんて当然やったことのない私だから、拳の振るい方は適当だがそれでもボスゴリラのHPはゴリゴリと――ゴリラだけに――減ってきているようだった。
うむ、やはり相性がいい。
何もしないことに関しては他の追随を許さないという自負がある私にとって、これ以上ないくらい合っている加護だ。
「ぐるぁあああああああ!」
ボスゴリラ猿が咆哮し、腹筋で上体を起こして腕を振るってくる。
ただ残念ながら、ここまでさっきゅんに全部任せて何もしてこなかった私の能力値は今やレベル六十の廃人共に匹敵するくらい高まっている。
つまり防御力も相応に高いということだ。
ゴリラの豪腕をまともに喰らった私は、空中にいたことによって軽く吹き飛ばされたがすぐに態勢を整えて木に着地した。
あ、いや着木?
まあどっちでもいいか。
木がへし折れるほど強く駆け出し、素人丸出しのテレフォンパンチで三度ボスゴリラ猿の顔面をぶん殴る。
流石にその攻撃には耐えられなかったようで、鼻血を噴出しながらモンスターは倒れた。
倒したモンスターは霧のように消え、経験値となって私たちに還元される。
もっとも《怠神》のようなスキルでも持たない限りモンスターに一度でも攻撃しないと経験値は貰えないから今回は私の総取りだけど。
お、やった、レベルが三も上がった。
ジャイアントキリング出来たから当然か、これがあるから《怠神》はやめられないんだよね。
「す、すごい……」
青い髪の少女が、そんなことを呟いた気がした。
それと同時に、タイムアップだ。
《怠惰の極み》の効果時間が切れて、私の能力値が最下層へ落ちていく。
赤いオーラも、溶けるように消えてしまった。
「さてと……まだクエストの途中だけどさっきゅんがやられちゃったし帰るか……貴方はどうする?」
目を回すさっきゅんの首根っこを掴みあげ、少女に問う。
おそらくは採取クエストの最中にゴリラ猿に襲われたのだろうが……ん? あれ? おかしくないか?
ゴリラ猿は討伐推奨レベル十五のモンスターであり、さっきのボスゴリラを除けばこの森内では結構高レベルに位置するので、もっと奥地に生息している筈なのだ。
というかそれを言うならボスゴリラ猿なんてもっと奥地の奥地に生息しているこの森でもおかしくないレベルなんだけど……。
…………この森で、何かが起こっている?
「あ、あの!」
と、私が珍しくシリアスな顔で思案していたら、目の前まで青髪赤目の少女が迫っていた。
そういえばどうする? っと問いかけたんだったと自分の言動を思い起こしながら、「何?」と首を傾げる。
すると少女は、息を大きく呑むと、意を決したようにペコリと頭を下げた。
「わたしをあなた達のパーティに入れてくれませんか!?」
――ほう?