第四十三話
喰らう、不味い、喰らう、不味い、喰らう、不味い。
味なんてしない。何を食べても満たされない。
だけど喰らう。
だって、お腹が空くから。
お腹が空いてしょうがないから。
何を食べてもどれだけ食べても空腹が満たされることなんてなくて。
牛を、鳥を、豚を、野菜を、茸を、兎を、鹿を、猪を、樹を、岩を、土を、人を。
親を。
何を食べても――――味なんてしなかった。
それでもアタシは喰い尽くす。
《喰神》の加護を以って全てを。
そう、アタシは暴食のベルゼブブ。
森羅万象全てを喰らう、暴食の悪魔。
*****
結局、議論してもはっきりとした答えは出なくて。
私は何となくギルドハウスに居づらくて気ままにベルの街を一人でぶらついていた。
確かなことは、【ふかふかベッド】のギルドメンバー全員、脳を焼かれてしまったことだ。
ルリの――《傲慢》の『あの言葉』に。
このままゆるゆるとゲーム内スローライフを楽しむのも、いいだろう。
でも、それ以上に私たちは幸せになりたい。
いや、幸せになる権利が欲しい。
どうしようもなく淫乱でも、どうしようもなく怒りの沸点が低くても、どうしようもなく嫉妬に塗れても。
どうしようもなく怠惰な私でも。
「…………」
ちょっと、らしくもなく頭使いすぎだな……糖分補給しよっか。
適当なカフェでパフェでも……と思ったら、入ろうとしたカフェは閉まっていて張り紙が貼ってあった。
『食材が切れたため今日は閉店します』?
なんか、ちょっと前にもこんなことあったような……。
「んお? アンタは……」
「?」
不意に声をかけられて、振り返る。
するとそこにはギザ歯が特徴的な、茶髪のポニーテールっ子が饅頭の詰まった紙袋片手に立っていた。
確か……そう、虎子だ。
やたら大食いの、多分《食神》の信仰者。
「確かマコ、だっけどーもどーも」
「虎子ちゃん」
「ちゃんは要らないわよ、むずがゆい」
「まだこの街に居たんだね」
「まーね、なんか明日から祭りがあるらしいから、それ目当て」
祭り?
へえ、そんなのやるんだ。この街に住んでるけど知らなかった。
多分虎子が誤情報を持っているのではなく、単に私が話を聞いて無くてお祭りがあることを知らなかっただけだろう。
「マコはこの街を拠点にしてるんだっけ、なんか街の名物とか無いの?」
「さぁー? あえていうなら変態中の変態が住んでるのがある意味名物かなぁ」
「変態……? いやまあそういうのじゃなくてさ、食べ物の話よ」
「うーん、ごめん、あんま詳しくない」
そっか、と残念そうな顔をしながら、虎子は饅頭を頬張った。
……なんかお腹空いて来たな、丁度糖分を欲しがっていたところだし……。
「ねえ、お金は払うから饅頭一個分けてくれない?」
「えー?」
虎子は、饅頭の残り個数を数えてから、散々悩んだ後に答えた。
「うーーーーん……まあ、一個なら」
「あざーっす」
虎子から饅頭を一個受け取って、頬張る。
中身は餡子のようだ。うましうまし……。
「むぐむぐ……しっかしそれ紙袋の中にいくつ饅頭が入ってんの? よく食べるねぇ」
「別に、こんなの食事の内に入んないよ」
「ふむ……その食いしん坊っぷり、さては《食神》の信仰者かな?」
私の言葉に、虎子は首を横に振った。
え、違うの?
「アタシは《喰神》の信仰者だよ。《食神》と違って、森羅万象あらゆるものを喰い尽くす加護さ」
《喰神》……?
ちょっと、記憶にない加護だ。それだけ使用者が少なく、マイナーだということだろうけど。
「何それ、《食神》とどう違うの?」
「うん? ああ、《食神》は、食べれば食べる程強くなる加護だけど、《喰神》は――」
瞬間、けたたましいサイレンが鳴り響いた。
おそらくは世界全土に届いたそれは、しばらく鳴り続いたあと続けて、《伝神》からの伝令に繋がる。
「『緊急クエスト発生――――緊急クエスト発生――――』」
これは、イベントクエスト?
いや、第一回とも第二回とも様子が違う……。
何というか、《伝神》の声から焦りが感じられるのだ。
「『《異次元の徘徊者》が、時空の壁を破ってこの世界の全てを喰らい尽くそうとしています。推奨攻略レベルは100。それ以上のレベルの方は至急対処を、低レベルの方は急ぎログアウトするか逃げてください』」
「《異次元の徘徊者》……?」
異次元? 全てを喰らい尽くそうとしている……ってどういうことだ?
そんな疑問を解消するように、突然背後にある空間に罅が入った。
「『繰り返します。《異次元の徘徊者》は推奨攻略レベル100の強敵です、高レベルの方は撃退を、低レベルの方はログアウトするか逃げてください』」
罅が広がり、真っ黒い異空間から『それ』は這いずり出て来た。
強靭そうな歯と、巨大な口腔。
ただそれだけのシンプルな造形をした巨大なワームって感じのモンスターだ。
見るからに食欲旺盛……世界の全てを喰らい尽くすという《伝神》の言葉が偽りでは無いことを表明するかのようなデザインだ。
ていうか、推奨攻略レベル100って高すぎるでしょう……魔王軍の指揮官もそれくらいあったけど、今のユーザーの進行具合でこれを倒せる人がどれだけいるか……。
「……っ!」
辺りを見渡してみると、空間の罅は一つではなく何個も出現している。
魔王軍の指揮官クラスが大量発生とか……もしかして『神』ゲーって戦闘バランス崩壊しているのでは!?
「――《喰神》の加護はね」
――――虎子が、饅頭をアイテムポーチに仕舞いながら、口を開く。
「《食神》のように、食べれば食べる程強くなる加護じゃない――暴食の限りを尽くし、ありとあらゆるものを喰らい尽くすための加護だよ」
言って、虎子は口を大きく開けて息を吸った。
まるで麺類でも啜るかのように。ただし、その肺活量は文字通り別次元だ。
巨大な吸引機にでも吸われているかのように、《徘徊者》は高速で虎子の元へ向かって行き――喰われた。
比喩表現とかではなく、マジで。
ずぞぞぞぞ、と素麺でも啜るかのように、ありとあらゆるものを喰らい尽くすモンスターは、14歳くらいの少女に喰らい尽くされた。
「ぷぅ、不味い」
ワームを吸い込み終わった虎子は、ぺろりと舌なめずりすると、味についての文句を吐いた。
あの巨大な体躯は何処に行ってしまったのか……虎子のお腹は膨れてすらいない、あのお腹の中はブラックホールにでも繋がっているのか?
「はは、不思議そうな顔してるね。《暴食の極み》。……胃の中に何でも入るようになる《喰神》のスキルだよ」
唖然としていた私の顔を見て、虎子はお腹をポンと叩いて説明してくれた。
成程、《食神》とは確かに方向性が違うようだ。
《食神》よりも、『喰らい尽くすこと』に特化したスキル。
――《暴食》、か。
「……揃っちゃったってことかな」
「あん? 何が?」
「いや、何でもない。それよりパーティ組まない? あちこちにさっきの《徘徊者》が出現してるみたいだし」
とりあえずギルドメンバーと合流がしたい。
ただ、私一人じゃ間違いなくやられてしまうだろう。そもそも《怠神》はソロプレイには向いていないのだ。
「別にいいけど、マコは何の加護なんだ?」
「…………《怠神》」
「あー……」
可哀想なものを見る目で見られた。
《怠神》は世間一般の認識では弱小ネタ加護なのだ。
「『極み』系スキルは持ってるの?」
これはもしかしてパーティ組んでもらえない可能性ある? と思ったら、虎子はそんなことを訊いてきた。
極み系スキル? 《怠惰の極み》のことかな?
「うん、持ってるわよ」
「ならいいや、パーティ組もうか」
……?
なんで極み系スキルを持っていればパーティ組んでくれるのかよく分からなかったが、まあ良し。
面倒だけど憶えてたら後で極み系スキルについてネットで調べてみよう。
ウィンドウを開き、虎子とパーティを組む。
よし、これで互いの位置や残HPが分かるし、《怠神》のスキルで虎子が倒した敵の経験値が私にも入る。
「じゃあとりあえず、こいつら蹴散らそうか」
「うい」
うじゃうじゃと虫のように湧いて来た巨大な口だけワームを見据えながら、頷く。
緊急クエスト、スタートだ。




