第四十話
「暇ね」
「いいことじゃん」
ギルドハウスのリビングにあるソファに腰掛けて私を膝枕している状態で、アニマルビデオを視聴しながら呟いたさっきゅんの言葉に、私は同じくビデオに視線をやりながら答える。
暇とは、何もやることが無い状態である。何もやることが無いということは何もやらなくていいということである。
最高じゃないか。
「あんだすたん、言ってることは分かるけどサァ……」
「……ていうか、何でさっきからアニマルビデオなんて見てんの?」
「アダルトビデオの代わりに。ほら、この世界アダルトビデオ無いのよ、全年齢だから」
「代わりになるの……?」
どっちもイニシャルにするとAVだから、勘違いネタにされるのはよく見るけどさ。
「いやだって、動物が交尾しているシーンは規制がされてないのよ」
「うん、まあそうだろうけど……」
「だからそういうシーンが多いやつを選んで視聴してるわ」
「ちょっと何言ってるか理解できないし、したくない」
「結構興奮するわよ」
「理解したくないっつってんだろ」
のっとあんだすたん。
長いこと一緒にいるけど、さっきゅんの性的なことへの深い欲求だけはマジで理解できない。
「あ、一個思い出した」
「ん?」
「さっきゅんが居ないときにさ、加護による副産物の話題が上がってさ」
果たして憶えている人はいるのだろうか。
リヴを捕まえるときにベルの町在住プレイヤーが集まったとき、ソニア……《邪神》の加護を受けたものは『邪なるもの』を察知できる能力を持っていたり、《怒神》の加護を受けたものは相手が怒っているかどうかを判別できる能力を持っていたり、
そういったスキルではない加護の影響って《淫神》にもあるのかな、ということを訊いておかなくちゃな、と思っていたのである。
「はーん、成る程ねぇ」
「そういうの無いかな?」
「あるわよ」
「あ、やっぱし?」
言われてみれば、って感じだけどね、とさっきゅんは私の頭を撫でる。やめろ。
膝を枕として貸してくれるのは嬉しいがセクシータッチを使って頭を撫でるのは許可していない。
「で、どんな能力?」
「相手が処女か非処女か、顔を見れば何となく分かる能力」
「そうきたか」
「あと、あんまり使ってないから多分だけど、『魅了』状態にした相手が何処にいるかとかも何となく分かるかも」
うーん?
さっきゅんにもそういう加護の影響が出てるのは予想通りだけど、内容はちょっと予想外かな。
《怒神》は相手が怒っているかどうか分かる能力。
《怠神》は相手がサボっているか分かる能力。
この流れで行ったら、相手がムラムラしているか分かる能力なのかなとか思っていたのだけれど。
「相手がムラムラしているか分かったりしないの?」
「? いや? そういうのは感じたことないわね」
「ふーん」
《妬神》はどうなのか、リヴが帰って来たら訊いてみるか。
多分彼女もそういう能力が使えるだろうから。
「ん?」
コンコン、とノックが部屋に届いた。
早速リヴとユニが帰ってきたかな?
いや、あの二人ならノックもせずに入ってくる筈。
「お客さんかな? 珍しい」
面倒くさいからさっきゅん出てくれないかな、と思ったら何も言わずともさっきゅんは玄関へ向かうべく立ち上がってくれた。
私をお姫様抱っこしながら。
…………。
……何で? まあいいけど。
「うぇいとうぇいと、今出るわよー」
ドアを開ける。
するとそこには、ツインテールの女の子が腕を身体の前で組んで仁王立ちしていた。
魔法少女みたいに色鮮やかな桃色のツインテールに、赤色の髪飾り。
おとぎの国からやってきたんじゃないかと錯覚する程フリルやリボンが付いたワンピース。
そして、それらのメルヘン要素を台無しにするほど鋭く、力強い眼力を持ったユニと同じくらいの背丈をした女の子だ。
「こんばんは。【ふかふかベッド】のギルドハウスはここで間違いないわね?」
「…………処女」
「ぶはっ」
ぽつりとさっきゅんが呟いて、思わず吹き出す。
少女は、「は?」と首を傾げたが、よく聞き取れなかったのか流して、話を進める。
「この感じ、貴方たちが『ユニ』と『リヴ』かしら?」
「違うわね」
少女の後ろから、もう一人。
さっきゅんにも引けを取らないほど高身長の女性が姿を現した。
全身至るところに貴金属付きのアクセサリーを着けているのにも関わらず、高飛車とか成金とかそういったマイナスイメージが一切沸いてこない不思議な雰囲気を持った黒髪黒目の(おそらく)成人女性。
「パッと見、《怠惰》と《色欲》かしら。七分の四人も既に一つのギルドに揃ってたなんてびっくりだわ。
ま、だからこそ私達もこの町に引き寄せられたのかもしれないわね」
「……おいおい、初対面から人のこと怠け者呼ばわりは失礼じゃないか?」
「そんな体勢で言われてもまるで説得力ないわよ」
思いつきで反論してみたが、そういえば絶賛お姫様抱っこ中だったわ。
さてまあ、予想通りというか予定通りというか、何というか。
やはり出会えたようだ。
私達の、『同類』に。
「アタシは《傲慢》。そしてこっちは《強欲》」
ツインテールの少女はニヒルに笑い、嬉しそうに口を開く。
「ずっと会いたかったわ! 《怠惰》に《色欲》!
――さあ、まずはお友達になりましょう?」
*****
「あ、結構です」
そう言って扉をそっと閉めるという選択肢も勿論あったわけだけど、私にしては珍しく素直に二人を招きいれた。
さっきゅんに滅茶苦茶意外そうな顔をされたけど。
「リヴちゃんとユニちゃんは、まだ帰って来ないのかしら?」
「さあ、そろそろ帰ってくる頃だとは思うけど……ていうか二人と何処で知り合ったの?」
「行きずりのお店でちょっと、ね」
ふぅん、と頷いて、ソファに腰掛ける。
さっきゅんはお茶を淹れに台所へ、《傲慢》を名乗ってたちょっとイタイ娘は部屋に飾ってあるルームグッズの数々を興味津々に眺めている。
そして《強欲》と紹介されていたお姉さんは、私の向かい側のソファに腰掛けた。
「ええっと、《強欲》さ」
「おっと、その呼び方はルリ――あのちびっこが勝手に呼んでるだけだからやめて頂戴。私の名前は入間文、アヤと呼んで」
「はあ……アヤさん」
「入間文?」
台所からお茶を汲んできたさっきゅんが、疑問符を浮かべながら戻ってきた。
「なんか何処かで聞いたことある名前ね……」
「ふふ、もしかして日本の方? まあでもやめときましょ、ゲーム内で現実の話題を持ち出すのはマナー違反だわ」
「……まあ、そうね」
意味深な笑みを浮かべて、さっきゅんの持ってきたお茶を啜る《強欲》さん、もといアヤさん。
入間、日本、……ああ、入間コーポレーションの令嬢とかなのかな、この人。
すっごいお金持ちってことしか知らないけど、まあ別に現実の話を掘り返す必要なんてあるまい。
「ただいま戻りましたー」
「もうクエスト終わって戻ってきて――ん?」
お客さん? と首をかしげながら、丁度よくリヴとユニが帰ってきた。
「あれ? あなた達は……」
「さっきぶりね、ユニちゃん、リヴちゃん」
「来たわね! 『ユニ』に『リヴ』!」
まあ座りなさい、とアヤさんの隣に座りながら、二人の着席を促すルリ。
いや他人家で図々しいなおい、《傲慢》を名乗るだけあるわ。
「いや、何でアヤさんと……さっきのツインテール娘が此処にいるのよ」
「あら、『またね』って言ったつもりだったけど」
「そりゃ言ってたけれども……こんなに早く再会するとは思って無かったわよ……」
苦笑いしながら、リヴはさっきゅんの隣に腰掛けた。ちょっと狭そうだ。
人数が多くて、うちのリビングのソファだと収まりきらないな。
とりあえずユニを私の膝の上に乗せて、全員着席完了。
さてまずは何から話そうかと考えていると、いの一番にルリが口を開いた。
「改めて自己紹介と行こうか。
アタシは《傲慢》、またの名をルリ。《傲神》の寵愛を受けし者よ。
是非とも《傲慢》と呼んで頂戴」
寵愛?
「私はアヤ。《強欲》とは呼ばないで頂戴」
「何でよ!」
「寵愛を受けている加護は《欲神》よ」
《傲神》に、《欲神》。
名前からして人気が無くて、信仰者が全然いないせいでネットにも情報が殆ど無い加護、だっけか。
気になることは色々あるが、とりあえずこっちの自己紹介か。
面倒くさいが仕方ない。
「私はマコ。《怠神》の加護持ち」
「マコちゃん自己紹介みじかっ! ええっと、私の名前はさっきゅん。《淫神》の加護を受けているわ」
「ユニです。《怒神》の加護を受けています」
「リヴよ。アタシは《妬神》の加護ね」
「で、『寵愛』っていうのは? 何?」
私がそう訊ねると、ルリはドヤ顔を浮かべて――いや、この子は最初から徹頭徹尾ドヤ顔を浮かべていたような気がするけど、ふふんと笑って、答えをくれた。
「あなた達の中にもいるんじゃないかしら? スキルとは別に、加護に関連する特殊能力を持ったプレイヤーが。
まるで神様の寵愛を受けているかのような、特別扱いを受けているような、そんな存在が」
「……ああ、成る程」
やっぱし、そういうのあるんだ。
スキルではない特殊能力の存在が、ネットサーフィンをいくらしても出てこない筈だ。
神様の寵愛ねえ。
「そういう意味なら、此処にいる全員愛されてるよね?」
「みたいね」
「はい」
「知らない間に知らない存在から愛されてるって何だか気持ち悪いわね」
私がギルドメンバー三人に問いかけると、全員頷いた。
怠惰の神、《怠神》。
色欲の神、《淫神》。
嫉妬の神、《妬神》。
憤怒の神、《怒神》。
そして傲慢の神、《傲神》に強欲の神、《欲神》。
全員が全員、碌でもない神に愛されちゃってまあ。
「まあ、『寵愛』っていうのは私達が勝手にそう呼んでるだけなのだけれどね」
「いずれにせよ、寵愛が限られた者にのみ発現する特別なモノであることは間違いないわ! そしてあなた達全員にそれが発現している! 《怠惰》! 《色欲》! 《嫉妬》! 《憤怒》! そしてアタシたち《傲慢》に《強欲》!
『大罪』の寵愛を受けた者が六人も揃ったなんて、これは運命よ!」
大罪。
七つの大罪か? 言われて見れば、確かに。
あと足りないのは《暴食》だけか。
そういえばいつだったか、私とさっきゅんとユニの三人だった頃、七つの大罪を集めようとかそんな話をしていたような。
「あなた達、アタシのギルド――【七つの大罪】に入りなさい」
何処までも上から目線で、ルリは言い放つ。
その鋭い瞳でこちらを見据えて、右手を差し出しながら。
「アタシの目的は、『このゲームのクリア』。そのために協力者が、仲間が、必要なのよ」
だから、お願い、と。
その言葉を受けて、私は――。
ベルの町に定住してるギルドは【ふかふかベッド】しかない+普段の所業からユニとリヴのギルドを調べることは容易なんですわぁ、という裏話を入れられなかった。




