39 作家として
良い頃合だったのかもしれない。私は休日のたびにくるみの消息をたずね歩くのをやめた。仕事が終ると部屋にこもり、クロッキー帳を何冊も使いつぶして、あの夢のビジョンを掴み取ろうとした。
芸術の始まりは呪術だった。ホイジンガなら遊びだったと言うかもしれないが同じことだ。その真剣な遊びの中で、私は死者を蘇らせようとしていた。
くるみが死んだとは私は認めていない。絶対にそれは認めない。
私はただ、私のイメージの中に住み着いた地底の死者たちを、光のなかに開放したかった。彼らはくるみを探す年月の中で少しずつ埋葬されていった私の半身だからだ。
思い込めば思い込むほどイメージは膨らみ、ヴィジョンは現実味を帯び、そして私を呪縛していった。
作品それ自体が創りだされることを要求している。作者を媒介としてこの世界に現われ出ようとしている。たぶん芸術家だけが知っているその実感を、私はこのときはじめて味わった。
恐ろしいとは思わなかった。イメージどおりのものが出来上がればきっと、それは普遍的な力を持った何かに仕上がるはずだった。美と呼べるかどうかは別として、誰にも無視し得ない強度を持った何かに。
だが、そう信じる根拠は自分の中にしかない。これから自分で創りだすしかない。
私はエスキースを作れる段階になると素材を工房に持ち込み、休憩時間や終業後に製作するようになった。眠ることさえ忘れ、そのまま工房から出ることなく朝を迎えることさえあった。
そんな私にエカシは身体を壊さぬようにと注意をしながらも、製作を控えるように、とは決して言わなかった。それが私にとって特別な作品になることを、多分私以上に分かってくれていたのではないか。興味が無いわけではないことは、こちらから意見を求めてみたときにわかった。
「これは何に使うんだ」
「ただの置物です」
「どんな人が買う」
「そこまで考えなきゃいけませんか」
「考えたほうが形が定まるぞ」
エスキースは膝に乗るほどのものだったが、本番はかなり大きいものを予定していた。木に鉄とステンレスを組み合わせ、台座を含めた高さが見る人の身長を超えるように、そう考えていた。となれば、誰のためにという以前に、置き場所が限られてくる。
「キュレーターか、美術のコレクター、コンペの審査員になるような人」
私としてはそういう答え方しかできなかった。エカシは笑いも怒りもせず、像の周囲をまわってじっくり観察したあとで、こう言った。
「面白いな。だが、何か足りない気がする。それも味といえば味だが、この先にもう半分、何かがあってもいいような感じだ……」
エカシは、みごとに私の葛藤を見透かしていた。
たしかに、そのエスキースには抜け落ちていたものがあった。あの夢の最後に現われ、ヴィジョンの色合いを一変させてしまったもの。大地を蹴りたてて飛び立つ水鳥たちの姿を、私はどうしても作品に取り込めずにいた。




