29 続けていいよ
話している間にくしゃみがいくつも出て困った。気がついたら私もけっこう濡れている。私もシャワーくらい浴びたいな。そう思うのだが、くるみの寝息があまり健康でない気がする。
ベッドの端に腰を下ろして、彼女の顔をのぞきこんだ。
そして、古傷の疼きみたいに思い出すのだ。
こいつはまるで、現実じゃないみたいに美しいって。
下着もなしに薄物一枚で寝ているせいで、身体のラインがくっきりと浮き出て見える。服を脱がせたり身体を拭いたりしたときの感触が、手にまざまざとよみがえる。水をはじくすべすべとした肌、全身がしなやかな筋肉につつまれて、歪みや弛みがどこにもなかった。天国の職人がとくべつ念入りに作ったような、足の指の一本一本に至るまで完璧な身体だ。
まったく、同じ人間とは思えない。
私の身体は強くて丈夫で、これはこれでそう悪いものではなくて、私の生き方にはふさわしいものだけれど、こんなきれいな顔と身体だったら、私はどんな人生を歩んでいただろう。
本当に欲しいものを欲しいと言えないままあきらめるような、そんな卑屈な私には、きっとなってはいなかった。
いやそれとも、中身がこの私のままだったら、結局同じことだったろうか。
それでも未明は、私に気づかないままだったろうか。
ふと、嫉妬とも憧れともつかない熱っぽい感情がこみあげてきた。
たぶん愛情ではない何かだ。傷つけたいような、何かを奪ってやりたいような。
自分でもなんだかわからないものに突き動かされて私は、眠るくるみの顔に顔を寄せた。頬を撫で、柔らかな唇にそっと指先をはしらせてみて、彼女の体温がやけに高いと気づいた。
風邪をひいていたとしても不思議ではない。額に額をかさね、熱を測ってみる。しかし、そのとき――
くるみが不意に目を開き、私の目をのぞきこんだから、思わずのけぞってしまった。
「どうしたの。続けていいよ」
真顔でそう言われて、まっすぐに見つめられて、首筋のあたりが熱くなった。逃げ出しそうに見えたのだろうか、
「行かないで」と、手を掴まれた。
「風邪ひいてるんじゃないか」そう言ってみたら声がかすれた。くるみはしばらくの間何も答えなかったが、
「ごめんね」
小さな声でそう言った。
「来てくれて嬉しかった。ありがとう」
「いいよ、気にすんな」
こんな態度に出られるのは初めてのことで、心ならずもどぎまぎしてしまう。
「でも、どうして」
「え、なにが」
くるみが問い返してくる。
「……手紙」
「あー、あれね」
そっちのほうは気にしてなかったらしい。
「わかるじゃん、しずくちゃんが思ってるとおりだよ」
「私はずっとはこの町にいられない。最初からそう言ってたろ」
「知ってたよ。でも、ほかの誰かにとられるのは悔しいじゃない」
「私とヨハンセンはそんな関係じゃないし、おまえと私だってそんな関係じゃないだろう」
「寝てるあいだにキスしようとしたくせに」
「ち、ちが、おまえがなんか熱っぽかったから……」
くるみが不意に手をのばして私の顔に触れる。いつもとは違う。遊んでいる顔ではない。




