17 まず病院に行こうな
内藤が、邪魔だな、という顔で私を見た。私が立ち上がろうとすると、くるみが袖を引っ張る。
ちがう、くるみ。そうじゃない。
私は身を乗り出し、テーブルに拳を叩きつけた。
「えーっと、その……」
頭にあったのは、私のくるみを泣かすんじゃない、程度のことなのだが、さすがにそんなせりふは言えない。
「先生のおっしゃること、ぜんぶ正しいと思います。みんな立派な正論です。でもね、なんか足りなくないですか。ほんとにこいつの気持ち考えてますか。こうやって、ただ学校に姿見せるだけで、こいつが心の中でどんだけつらいか、ちゃんと分かってくれてるんですか。こいつがこうしてケジメつけに来たことの意味、いったい何だと思ってるんですか」
今こうして書き出してみるともっともらしいが、実際はつっかえたりどもったり声がうらがえったりである。内藤はただ、ぽかんとした顔をしていた。
「……すいません」
何にともなく謝って席についた。
が、内藤はやや沈黙を続けたあと、一つ二つ、ため息とも深呼吸ともつかないことを繰り返し、くるみの目をまっすぐに見て、こう言ったのだ。
「あのとき、君を愛しく思った。その気持ちまでなかったことにするつもりはない。だが、軽率な行動で君を傷つけてしまった、それは私の間違いだった。するべきではなかった。どうか、赦してほしい」
そして、深々と頭を下げたのである。
ずっとこらえていたらしいくるみの目から、涙が一滴こぼれ落ちた。ぬぐおうともせず、顔を伝い流れるにまかせるまま、彼女は静かに言った。
「ま、こんなもんかな」
へ?
「じゃ、親と相談した上で、またご挨拶に参りますので。そういうことで、よろしくー」
あっさりと立ち上がった。ほら、行くよ、と私の手を引っ張る。あっけにとられているのは私ばかりではない。口を半開きにした内藤を後に残して、私たちは部屋を出て行った。
「まったく、何言い出すかと思っちゃった」
「すいません」
「しずくちゃん連れてくるんじゃなかったよ」
「ごめんなさい」
そんなことを言いながらもくるみは、私の腕をとってぴったりくっついてくる。授業中で、廊下に誰もいないからできることだったのだろうけれど。
「今更だけどさ、……その、先生と? きちんと二人だけで話し合ったほうがよかったんじゃないの」
「何言ってんの」
くるみは憤然と言う。
「学校で、第三者の前で謝らせてこそ私の勝ちなんじゃない」
「ああ、そういうもんですか」
やっぱり私にはこいつの考えることはわからないようだ。
車に乗り込んでからくるみは言った。
「馬鹿でしょう、私。あの人のオヨメサンになるつもりだったんだよ」
返事をできずにいる私の手元から煙草を抜き取ろうとする。奪い返そうとしてもみあいになった。
そして、なにもかもが真新しい郊外の住宅地。可愛らしい小さな一戸建て。そこに、くるみの父だった人とその家族が住んでいる。これからくるみは父と向き合って、高校には行かないこと、アイヌコタンの人間として生きると決めたことを伝えようとしている。それが正しい判断かどうか、私にはわからない。正しさについて何か言えるほど、私もまだ大人ではない。
一人で大丈夫なのか、と尋ねると、
「ついてきてどうするつもりよ」と笑われた。
「お嬢さんを私にくださいとか言う気なの?」
「よしよし、まず病院に行こうな」
「こっちが先だよ」
きっぱりとそう言ったくるみの横顔には、今までみたことのない表情があった。
私の知らない顔を、くるみはいったい幾つ持っているのだろう。これから何度、初めて見る顔にはっと息を呑むことになるのだろう。
じゃ、行ってくる。
そう言ってくるみは助手席のドアを開けた。ステップに足をかけたところで振り返り、
「待っててね」と言って微笑んだ。
私はめんどくさそうに手を振ってみせ、
「あたりまえだろ」と、
背中につぶやいた。




