~届かない声~10
「…気にしない…ってどういう事?無責任でいいって言いたいの?」
千奈美の言葉に園部は少しムッとしたような、そんな顔をした。
その様子に千奈美も慌てて弁明する。
「あ、いやそういう意味じゃなくてですね…。」
そう言うと、千奈美は自分の想いを言葉にした。
「難しく考えなくても、私はいいと思います。感じた事や思った事、そういう素直な気持ちを歌にしてほしいです。」
そう言うと、千奈美は少し難しい顔をして言葉を区切った。考えをまとめているようだ。
「そりゃ…もちろん、聴いた人の中には祐介さんが込めた想いとは違う感じ方をする人もいるんだろうけど…十人十色?っていうんですかね?それぞれ受け止め方が違って、思い浮かべる風景も違って、だからこそ音楽って素晴らしいんだと思います。」
千奈美はそう言うと、鞄からCDを取り出した。そのCDのタイトルは『Gloria』と書かれていた。園田のバンド『Black Horn』の最初のシングルに間違いなかった。
「それは…。」
「…私、このCDに励まされたんです。Gloriaの曲の中の歌詞にこういうフレーズがありますよね?」
千奈美は少し深呼吸をして、その場で歌い出した。
ーー後ろ向きじゃ 人は歩いていけない 誰だってそうだろ?
前を向かなきゃ希望だって見過ごしてしまうだろ?
えへへ、と少し恥ずかしそうにしながら照れ笑いをする千奈美はまた深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、園田に向き合った。
「私…バレーボールやってるんですけど、大事な大会中に怪我をしちゃって。それから少し部活から逃げてたんです。」
千奈美はそう言った後、俯いた。過去の事を思い出しているようだ。
「この曲を聴いて、私、後悔してる場合じゃないって思えたんです。それから漠さんと出会って、色々逃げてる自分から向き合うようになって…練習も今まで以上に頑張るようになって。試合前はいつもこの曲を聴いてて、CDはお守り代わりに持ってるんです。」
千奈美はそう話すとCDを大事そうに抱き締めた。
「祐介さん、Gloriaって言葉の意味…栄光って意味なんですよね?それを掴む為には、後悔とかしてる場合じゃないって私はそう受け止めました。そして今まで頑張れました。だから…。」
「もう…いいよ。」
千奈美が言い切る前に、園田は千奈美の言葉を遮る。その目には涙が浮かんでいた。
「…ありがとう。うん…そうだよね…俺、凄く弱気になってた。環境が変わる事とか、そういう事を。でも…そんな事に怯えてちゃダメだよね…。」
そう言って園田は手をぎゅっと握ると、言葉を続けた。
「それに…俺を待ってる人達がいるしね。」
園田は指で涙を拭うと、店に来た時よりもスッキリとした顔をしていた。
「…人の心を救うのは、神でも、お前でもなく…同じ人なのかもな…。」
「んー、多分、そうなんだろうねー。」
二人の様子を眺めていたソムリュは漠に小さく呟くと漠は、のほほんとした顔をしてゆっくりと頷いたのだった。
ーーーーー
それから半年後…。
「もー!!何で漠さん、そっちの改札口で待ってるんですかー?!東口改札で待ち合わせって言ったじゃないですかーーー!!」
「えー?そうだっけ?」
千奈美と漠は都会のビル街を走っていた。どうやら待ち合わせ場所の行き違いをしていたようだ。
「本当、適当なんだから!!服装も変わったんですから、頭の中も変わってください!」
千奈美の毒舌に、漠はやや苦笑いを浮かべる。
かまいたちとの戦闘でボロボロになった衣服は、どうやら現実世界でも反映されるようだ。
それを見た千奈美は、この機会にイメチェンをしようと提案し、漠の姿はみるみるお洒落な青年へと生まれ変わらせた。
濃い青のデニムロングコートに黒のカッターシャツ、革ベルトに黒のスキニーパンツ、そして茶色のブーツを身に纏う漠は、まるでモデルのようにカッコいい姿になっている。ボサボサの寝癖もどこか個性的な髪型に見えるほどだ。
これで総額二万円弱で収める辺り、さすがは女子、といったところか。
「もうすぐ始まっちゃうーー!!」
「大丈夫だよー。このペースで走れば、そのっち達のライブに間に合うよー。」
猛ダッシュして焦る千奈美に、どこかひょうひょうとした顔で漠はそう言う。そう、今日は『Black Horn』の活動再開後、初のライブなのである。
二人はしばらく走っていると、ようやく目的地であるライブハウスに到着した。
息を切らしながら受付を済ませ、ライブ会場に入ると、そこには既に沢山の観客で埋め尽くされていた。
「うわー!人だらけー!」
「そうだねー。凄いねー。」
観客の数に驚いていると、会場に流れていた音楽が止まり、照明が落とされた。ステージの幕が上がると、ゆっくりとした足取りでメンバーが登場してくる。その瞬間、観客のボルテージが一気に上がった。
「宗一!!今日はギター、ミスんなよーー!!」
「梨ちゃーーん!!こっち向いてーー!!」
「慎太郎様ー!!カッコいいーー!!」
「隼人ー!!クールなベース頼むぜーーー!!」
「祐介ーー!!アガるなよーー?!」
観客が思い思いに叫ぶ中、梨花のスティックがカウントを始める。
それを機に、メンバー全員が躍動し始めた。曲は千奈美の好きな『Gloria』だった。
ーーーー
「皆、今日は来てくれて、ありがとう。」
園田はマイクを通してお礼を言うと、観客が沸いた。
「俺、活動休止して、色々と見つめ直してた。自分が何を伝えたいのか、何を歌いたいのか、自分って何なのか、色々…本当に色々と見つめ直してたんだ。」
そう話す園田に観客は聞き入っていた。メンバーも園田を見る。
「わがまま言って休ませてもらって、それを許してくれたメンバー、レーベルの社長、そして待っていてくれた皆、本当にありがとう。」
園田は頭を下げると、観客は受け入れるように拍手をした。
「もー!!暇過ぎて俺、車の免許取りに行ったっスよーー!!」
宗一がマイク越しにそう言うと、ドッと笑いが起きた。
「まぁ…待たせておいて、何もないって訳にもいかないから…あの、新曲を作ってきました。」
新曲、という言葉に観客からは歓声が上がる。その様子にメンバーも満足そうな顔をする。
「聴いてください…。『夢の世界』」
曲紹介と共に、照明が少し暗くなるとゆっくりとしたテンポのギターのメロディにドラムとベースの音が重なる。その曲調に観客も少し戸惑った。と、言うのも『Black Horn』は基本的にロックな曲調が多いバンドなのである。いつもと違った感じに観客は面食らったのだ。
そんな中、園田はマイクを握って息を吸うと、歌い出した。
園田の優しい声が会場を包むと、その場にいる誰もが息を飲んで聴いていた。それは千奈美も、そして漠も例外ではなかった。
「…いい曲ですね。」
「…うん…そうだねー…。」
千奈美の言葉に漠は腕を組んで頷くと、しばらく目を閉じて、演奏を聴いた。
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それから、しばらくして『Black Horn』はメジャーデビューを果たし、その名は全国に知れ渡り、みるみる内にトップアーティストの仲間入りを果たしたのだった。




