~飛べない鳥~3
「う、んー……。」
意識を取り戻した千奈美は目を擦ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「あと一点で決勝よ!!皆、気合いを入れ直すよー!!」
「おーー!!」
「こ…これは、準決勝…大会…?」
千奈美の目の前に広がるのは、間違いなくケガをしたあの日、準決勝大会の舞台である体育館だった。
「え?何?これ、タイムスリップ?」
驚きのあまり、瞬きを繰り返すが、何度繰り返しても景色は変わらなかった。
「あ、ようやく意識戻ったー?おはよー。」
まだ状況が分かっていない千奈美の横には、準決勝の日にはいなかった人物がいた。
「…あ、え?ば、ばば、漠さん?」
そう、先ほどまで話していた漠そのものだった。
「やぁ、おはよー。まぁ、おはよーって言ってるけど、ちーちゃんは寝てるから正しくは、おはよー、じゃないんだけどねー。」
漠が何故ここにいる事も不可解だが、発言もよく分からない千奈美は混乱しきって口をパクパクさせている。
「千奈美さん、落ちついてください。漠さんと私は今、貴方の悪夢の原因を取り除く為、千奈美さんの夢の中にお邪魔させて頂いているんです。」
当たり前のような顔をして、漠の隣には有村の姿もあった。
「え?あ、あの、どういう事?え?私、どうかしちゃったの?」
どういう事か、よく分からない有村の説明に更に混乱する千奈美を置いて、漠はほらほら、と手招きする。
「もうすぐ、ちーちゃんがケガするシーンじゃない?」
漠の声に千奈美はハッとしてコートを見る。
すると、もうリカは千奈美へとトスを上げる姿勢を取っていた。
そして夢の中の千奈美が飛び上がる瞬間、千奈美の足に『何か』がまとわりつくのが見えた。そして千奈美の視線を感じたのか、その『何か』はこちらに振り返り、その姿に千奈美は小さく悲鳴を上げた。
よく見ると小さな人のような形をしているが、爪や牙を長く生やし、目は異常なまでに吊り上がっている。そして時折、舌をチロチロと伸ばしていて明らかに禍々しい雰囲気を漂わせている。
「あ、あれは一体…?」
「ん?あー、あれ?あれはね…。」
異形な姿の『何か』にすっかり怯えた千奈美に対して、漠は顎を撫でながら影に目をやり、そして相変わらずの調子で千奈美に答えた。
「ちーちゃんの悪夢の原因、睡魔だよ。」
「す、睡魔…?」
千奈美は目を丸くしていた。予想だにしなかった聞き覚えのある言葉である…だか、それゆえに驚きを隠せない。
「睡魔って…あの授業中に眠くなる…あの睡魔?」
「あははー、ちーちゃん、授業中は寝ちゃダメだよー。」
呑気に笑いながら、漠は軽く千奈美を注意すると言葉を続けた。
「まぁ人間世界では睡魔は眠くなる時に襲ってくる眠気って意味だけどー、こっちの世界では悪い夢を見させる元凶って意味なんだよー?」
漠の説明は、まるで漠自身が人間ではないかのような口ぶりで答える。
(人の夢に入ってきたり、睡魔とかよく分からない説明といい…一体…何がどうなって…?)
混乱もピークに達した千奈美は、何をどう説明してもらいたいかも分からないまま口を開けた状態で次の言葉を探していた。
さも当然かのように振る舞う漠は、そんな千奈美を放っておいて準備体操を始める。
「大丈夫です、千奈美さん。」
そんな千奈美の横で、有村が声をかけると、ふわりとした笑顔でこう言った。
「私達に任せておいてください。」
準備体操が終わったのか、首の関節を鳴らして、さーて、と呟くと、
「始めますかー。」
気の抜けた声を発したかと思うと、物凄い速さで漠は駆け抜け、睡魔と呼ばれる小人を蹴り上げた!
「ギャッ!!」
「ほーら、睡魔ちゃん、悪さしちゃダメでしょー?」
ふいを突かれた睡魔は高く蹴り上げられたが、ダメージは少なかったのか、空中で体制を立て直すと、鮮やかに着地した。
するとその瞬間、辺り一面の景色が変わり、そこはまさに暗黒といった景色に様変わりしていた。
「な…に…ここ…?」
千奈美の目に写るのは赤く染まった空、荒れ果てた地、瓦礫と化した学校であった。
「こ…これ、は…現…実?」
「現実じゃないよー、夢の中だよー。」
漠は手をブラブラ振りながら千奈美の言葉に返す。
「あ、だからってほっぺをつねっちゃダメだよー?ちーちゃんが起きちゃうと、この世界に僕たち閉じ込められちゃうからー。」
千奈美は漠の言葉にハッとして、思わず頬をつまもうとした右手を下ろした。
「僕達は、ちーちゃんの夢の中に無理矢理、入ってきたの。だからちーちゃんが無理矢理に起きちゃうと代償として僕達はこの夢の世界で一生過ごさなきゃなんないの、OK?」
漠の説明はやはりよく分からないが、とにかく今は頬をつねってはいけないという状況である、という事は分かった。
「ん、分かれば良し、じゃあ…ありむー、夢装神よろしく。」
「だからあれほど、ありむー…って言い合いしてる場合じゃないですね、分かりました。」
千奈美は目の前の光景に呆気に取られている中、横にいた有村が突如として眩い光を帯び始めると、次の瞬間、目が開けられない程に輝き出す。
ゆっくり目を開けた千奈美は更に驚き、更に言葉を失った。
「あ、有村さん…?有村さんが…け、拳銃?ど、どういう…事…?何これ…?」
千奈美の隣にいた有村が一瞬にして銃になり、そして宙に浮いていた。そして、漠の呼びかけに答えるように漠の手に収まった。
「んーと、ちーちゃんは驚きっぱなしだなー、説明しながら戦うのは大変だよー?」
そう言った瞬間、隙だらけの漠に向かって睡魔が爪を伸ばして襲いかかってきた。
ひらりと間一髪で避けた漠は、睡魔の猛攻を紙一重で避けていく。
「とりあえず、僕の正体を説明するねー。」
難なく避けている漠は口調を変えずにのんびり説明を始めた。
「僕は夢を食べる存在、獏なんだ。聞いた事ない?」
獏というものが一瞬理解出来なかったが、千奈美は昔読んだマンガに出てくる登場キャラを頭に浮かべる
「あ、あの、えっと…お、おとぎ話とかの、えと…良い夢を食べて悪い夢を見させる…あのバク…?」
漠の説明に千奈美が尋ねると、あー、違う違うと器用に避けながら答える。
「それは人間が勝手に作った話であって、獏は本来、悪い夢を見て幸せにするって生き物なんだー。何か時代が変わるにつれて伝わり方も変わったみたいだけど…ねっ!」
睡魔の攻撃を後ろに高く飛び上がって避けると、漠は有村だった銃を構えると言葉を続ける。
「そして、ありむーは、夢の中だけ自在に武器になれる、んー、人?ではないし、んー…。」
説明が詰まっている中、漠に攻撃しようと距離を詰める睡魔。
「そこから先は私が説明します。」
「ほいっさー。よろしくー。」
攻撃を仕掛ける睡魔の頭上を漠は飛び越え空中で身体を反転させる。
「私は、堕天使の末裔で本来の名前は有村…ではなく、アリエル・冴子…という名前なんです。そして、先祖が神に反逆した罪を償う為、人に子を宿し、子孫を繁栄させ、こうして獏の手助けをしている身でございます。」
「そして僕達の仕事は…。」
空中の最中、獏が構えた銃口は睡魔の後頭部を狙っていた。ゆっくりと漠は弾き金に指を掛けると、今までで聞いた事のない真剣な声でこう言った。
「人を悪夢から解放する事。」
パンっ!と乾いた音が周りに響く。漠が弾き金を引いたのだ。辺りがシーンと静まり返った、その時だった。
「ギィェェアァァァァァァ!!!」
睡魔の耳をつんざく叫び声が辺り一面に響き渡る。断末魔、とはこの事だろうと思わせる声だ。
千奈美は耳を塞ぎ、ただただ睡魔が静まるのを待った。
やがてバタリと倒れ込んだ睡魔は、人型から人魂のような形となり宙にプカリと浮かび上がる。
漠はゆっくりとした足取りで人魂に近づくと、親指と人指し指でつまんで、
「いっただっきまーす。」
「…えっ?!」
何と、食べてしまったのだ。美味しそうに食べる姿は、やはり見た目が人間でも人間ではない…獏…と言った事も納得せざるを得なかった。
「んー。ごちそうさま。」
ゴクンッと飲み込み、満足そうに笑うと、またゆっくりとした足取りで千奈美に近づいてきた。
「ちーちゃんは、僕達が怖いかい?」
「…え?」
漠はしゃがみ込んで、千奈美に質問した。気付けば千奈美はその場に座り込んで呆然と眺めていたようだ。
「いやー、いつもね、人の悪夢を解決はするんだけど、やっぱりこの状況でしょ?怖がるし、僕達が原因でまた悪夢を見るって人もいるんだー。」
そう言って漠は悲しい顔を浮かべると、だから…と言葉を続けた。
「この夢、僕達の存在を忘れさせる方法もあるんだー。」
「え…えっと?」
「ほら、夢を見てたけど、あれ?何の夢を見てたんだっけ?ってなる事あるでしょ?あれと同じようにする事が出来るんだよー。」
いつの間にか、銃から元の姿に戻った有村…いや、アリエルもその場で悲しい目をして千奈美の顔を見る。
「僕達も忘れられちゃうのは悲しい、けどまた悪夢を見られちゃうのはもっと悲しい…。だから選んで?」
そう言って漠は目を閉じると、ゆっくり目を開いて千奈美に尋ねた。
「ちーちゃんは、忘れたい?忘れたくない?」
千奈美は漠、アリエルを交互に見て、少し考え込むと意を決して答えた。
「私は………。」
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