ステータス異常
目的の集落は、なだらかな丘陵地帯に囲まれるようにひっそりとあった。
街門や外壁は見当たらないところからして、平和な集落なのだろう。石造りの無骨でそこそこ手の込んだ造りからして、おそらく中世前期だろうか。
二十軒ほどの家が見える。
あの集落にクエストとやらがあるらしい。
このゲームは、世界中に散らばるクエストを探し出して攻略していくゲームらしい。
ちなみに、クエストを全て解いたプレイヤー先着5000名に豪華賞品――現実世界で――が進呈される、とのことだ。
そして、ここに来て大事なことを思い出した俺は、タブレットを出してステータス画面を開いた。
くどいようだがゲームをやったことのない俺には馴染みのない作業――自分のステータスとやらを確認する、という作業だ。
名前:クヌギ・マキ
職業:しがない言語学者
職業レベル:1
ステータス:
総合レベル:1
HP:24
SP:2
戦闘力:3
防御力:5
体力:24
魔力:1
スキル:言語・火炎放射
「む……」
ちょっと待て。
自分で「しがない」と言う分には良いが、他人にしかもたかが端末ごときに「しがない」と言われるのは腹が立つ。しかも、職業レベル1とはどういうことだ。
しがなくとも、ちまちま論文を書いて発表したり、週に3時間講師をしたりとそれなりにそれなりなはずだ。
もしやこれは、ステータス異常というやつか。
何もしていないのに異常になるとは、バグの可能性があるな。今後の作業に影響するかもしれない。
すぐに例の知人に報告をするべく、画面下のログアウトをタッチした。
『ログアウト可能時間まで、02:14:11』
「何だと?」
だが、画面には無情にもそう表示がされただけだった。
そうか、一年契約で一日の拘束時間が「3時間以上8時間未満」になっていたな。
「く……仕方がないな……」
やりきれない気分のまま、再びステータスを確認する。
HPとSPが分からないな。ログアウトしたら説明書をもう一度確認するか。
そして、ある場所で目が止まった。
「……何!? 魔力だと?」
間違いなく魔力と表示されている。
俺は生まれてこのかた魔力など使ったためしも、使おうと思ったこともないぞ。
と言うか、地球上で魔法などというファンタジーは、フィクション以外では――
「は……そういうことか……」
ここは、ゲームの世界だったな。紛れもなくフィクションの世界ではないか。
あまりにもリアル過ぎる世界に混乱しているようだ。
……とりあえず落ち着こう……
これはゲームだ、と言いながら落ち着いた俺はもう一度ステータス画面を確認することにした。
というか結構面白いな、ステータス画面とやら。
ステータス欄が空欄になっているが、地位のことか。確かに俺に地位はないな。
スキルは技能で間違いないが、火炎放射は先ほどのあれのことか。何かやると技能が身に付くのだろうか。よし、後ほど試すことにしよう。
面白いな、これ。
詳細画面で俺の詳細が見られるようだ。
黒髪の眼鏡の男――俺の全身画像の横に詳細が表示されている。
身長:178cm/体重:67kg/26才
言語学者。
詳細:州立大学にて言語学講師として教鞭をとる。
生真面目で面白みのなさには定評がある。BMI値まで面白みがない。
根に持つ一面がある。
少し遊び心があっても良いのでは?
「おい、誰の意見だ? BMI値に面白みは必要ないだろう!?」
だが、客観的な意見だ。ありがたく受け取ろうではないか。
「……はぁ」
よし、気を取り直してアイテムをもう一度確認だ。
装備アイテム
武器:サバイバルナイフ/装備可/未装備
頭:眼鏡
上:ジャケット(濃紺)
下:スラックス(濃紺)
手:作業用手袋/装備可/未装備
足:革靴
その他:ネクタイ/シルバーのタイピン(DUNHILL)
俺はしがないからな、スーツだって吊るしだし。プレゼントのタイピンくらいしか良い物はない。
それはさておき、この装備アイテムとは別に使用可能アイテムとやらがある。初期で配布されるアイテムと説明にあったものだ。
使用可能アイテム
キャンプセット:野宿ができる
ポーション×5:HP回復50%
万能薬×2:ステータス異常回復
青い石×1:HP回復20%
「万能薬か。そんなものがあれば、ガンもハゲも苦労しないがな……それにしても、野宿はしたくないな」
ゲームとは随分ご都合主義なものだ。
青い石は先ほどのバトルでのモンスターの残り物だろう。
……ちょっと、待て
万能薬でステータスの異常が回復されるのか。
さっそく万能薬を取り出すと、青い液体が20mlほど入った透明の瓶が出てきた。普通、薬品類はパウチで真空密閉されているものだが、ゲームとはこういうものなのか。
蓋を開けて一気に飲み干す。爽やかなスペアミント味だ。
「スッキリしてなかなか美味いな……お?」
なれないバトルと徒歩で疲れていたのか、割と美味しく飲めた。そして、不思議なことに瓶が消えて行った。
名前:クヌギ・マキ
職業:しがない言語学者
職業レベル:1
ステータス:
総合レベル:1
だがしかし、美味しことは美味しかったが、ステータスの異常は回復されていない。「しがない言語学者」で「職業レベル1」のままだ。
――バグ:万能薬でステータス異常の回復されず、味は良い 追記:衛生的に薬品類はパウチにするべきでは
忘れないうちに、すぐにメモを取る。
『ログアウト可能時間まで、01:32:43』
まだまだ、時間はある。
よし、技能の確認でもするか。これも詳細が確認できるようだな。
スキル詳細
言語:言語習得技能、現地人とのコミュニケーションを円滑に進められる/消費SP:0
火炎放射Lv.1:炎の放射ができる。魔力とスキルLvに応じて威力が上がる/消費SP:3
「ほう、なるほど……SPはスキルポイントとかになるのか」
まぁ、言語は日本語に設定しているから使うことはないだろうし、使っても消費しない。
となると、火炎放射でさきほど3使ったから、俺の全SPは5か。
よく分からないが、少ないような気がする。
バトルで1回火炎放射を使ったら、後はサバイバルナイフを振り回すしかないではないか。筋肉痛になりそうだが、その前にバトルにならなさそうだ。
いや、だから待て。
何かやれば火炎放射のように技能が身に付くということだろう。
「……よし、何かやってみるか」
***
『ログアウト可能時間まで、00:23:18』
「はぁ……困った」
何をやって良いのかさっぱり思い付かないのだ。
いつも、「あなたって、つまらない人ね」と言って振られるだけのことはある。彼女たちは俺に何を求めていたんだ。
「くそっ……」
苛々しても始まらん。
ここで諦めては彼女たちの思う壺ではないか。せっかくゲームの世界に来たんだ、遊び心を発揮しようではないか。
それにしても、喉が渇いてきたな。
「……そうだ、ポーションでも飲もう」
確か、万能薬より量が多いから少しは喉の渇きも癒えるはずだ。
薄い黄色の液体の瓶を開けると、柑橘系の爽やかな香りが漂ってくる。
爽やかな香りにささくれていた心も少し癒された。
味はほんのり甘いグレープフルーツだ。
……しかし、ここまで香りも味も再現するとは凄い技術だな
半分程飲んで、瓶から口を離し瓶に入った液体をまじまじと見つめる。
「なるほど、「精製水」と「イエローベリー」でできているのか。添加物なし、100%天然……ん?」
なんだ、今のは。
もう一度瓶を見るが、成分表示などは一切書かれていないただの透明な瓶。
そうか。
「……疲れ目か」
『ログアウト可能時間まで、00:00:01――ログアウト可能時です』
疲れていては録な仕事にならんからな、また明日だ




