焼酎
あとがきに大切なお知らせがあります!
ぜひ最後までご覧になってください!
麦を使って造る、新しいお酒ができた。
そのことをスタチウムが知らされたのは、アナスタジアが夜通し酒盛りをして朝帰りをした日の夕方のことであった。
二日酔いから覚めたアナスタジアからされた報告に、スタチウムはなぜ昨晩娘が急にはしゃいでいたのか、その理由を理解する。
「もうできたのか……」
彼女がニブルヘイム公爵領に戻ってから、まだ一月も経っていない。
それなのに気付けばアナスタジアは自分ができなかったドワーフの協力を取り付け更には雇い入れ、あっという間にビールでもワインでもないという第三の酒を造ってしまった。
おまけに『ニブル酒造』の方も既に製造が始まっており『ジーニーエール』と『スピリットラガー』の第一陣が完成し、商品のうちの一部が上納されてきている。
アナスタジアの仕事量は、軍務と公務のためにものすごい量のタスクをこなしているスタチウムをして、心配になってくるほどのものがある。
「あの子は一体いつ休んでいるんだ……」
「本当にね。そしたら今朝は悪いことしちゃったわ……」
「いや、年頃の女が朝帰りなど言語道断だ。サリーは何も間違っていないよ」
基本的にアナスタジアの好きなようにさせてやっているのスタチウムだったが、子供でもないのだから、公爵令嬢として恥ずかしくないだけの分別はつけてもらわなければ困る。
だがまあ、それだけはしゃいでしまうほどに嬉しかったのだろう。
二度三度と同じ事を繰り返さぬのであれば、そこまで目くじらを立てる必要もあるまい。
そこまでのめり込むことができるものをこれだけ早くに見つけたアナスタジアは幸せに違いない。
目をキラキラと輝かせながら、オタク特有の早口で詳細を述べていたアナスタジアの姿を思い出す。
専門用語が多くスタチウムにはその話の半分も理解できなかったが、それでも新しい酒ができたというのは紛れもない事実。
そして今、その酒はスタチウム達の目の前のテーブルへと置かれていた。
「これが新しい酒……焼酎か」
「あの子が造ったお酒……一体どんなものなんでしょう」
二人の前に置かれているのは、一本の瓶だった。
ワインなどが入れられるよりやや透明度の高いボトルの九割程にまで、液体が入っている。
ボトルが緑がかっているため、中の液体の色まではわからない。
だが反対側を見通せるだけの透明度があるのは一目でわかった。
初めてエールを飲んだ時と同様、スタチウムはその美しさに惚れ惚れとしてしまう。
ゆっくりと封をあける。
スタチウムはいつもの癖でコルク抜きを使おうとしたのだが、慌ててそれをしまい指でコルクを抜く。
この焼酎は一度で一本を飲みきるような酒ではなく、何度も封をしなおしてゆっくりと楽しむ酒らしい。
そのためにコルクのサイズはパツパツではなくややキツいと言った程度に抑えられており、コルク単体で抜くことができるように調整されている。
ゴツゴツとした二本の指で封を切るとポンッと小気味の良い音が鳴った。
そしてゆっくりと器に注ぐと……おぉと、どちらともなく声が上がる。
「無色透明だ……」
「綺麗……」
ボトルからグラスへ注がれていく焼酎には、色がなかった。
完全な無色透明。
ビールを見た時にはその透明度に驚いたものだが、今回は色もないので更に美しい。
一見すると水か何かにしか見えないが……くるりとグラスを回せば、それが水でないことはすぐにわかった。
「おっ、これは……」
これまでにない酒というのは誇張でもなんでもないらしい。
香ってくるのは、今までにないツンとした香りだ。
キツいアルコールの香り……とでも言えば良いのだろうか。
造りたてのワインを開けた時に感じるような、ガツンとしたアルコールの刺激が鼻腔にやってきた。
スタチウムと比べればお酒がさほど得意ではないサリーなどは、その匂いに明らかに顔をしかめていた。
「私にはちょっと強すぎるかも……」
「まあまあ、無理しない範囲で飲めばいいさ」
アナスタジアの説明によればこの焼酎は酒精がきついためお酒好きはストレートで、そうでないものは割って飲むのが推奨されているらしい。
「ん……これくらいなら大丈夫だわ」
スタチウムはそのまま、サリーは水を使って割って飲む水割りを使って飲むことにした。
どうやら水と焼酎を一対一にして割る飲み方を、トワイスアップというらしい。
名前の響きが気に入ったらしく、サリーはトワイスアップトワイスアップと何度も楽しそうに口ずさんでいる。
「さて、それでは……アナスタジアのお酒への情熱に」
「あの子が新しいお酒を作れたことに」
「「乾杯」」
チンッと軽くグラスを打ち鳴らし、ゆっくりと傾ける。
「むっ、これは……ゴホッっ!?」
「あなた、大丈夫ッ!?」
「ああ、大丈夫……ちょっと想像より酒が強かっただけだ」
スタチウムはそのあまりの酒精の強さに驚いていた。
度数が高いビールやワインは何度も飲んできたが……この焼酎は、それらと比べてもダントツでアルコール度数が高い。
彼が今まで飲んだお酒の中で、ぶっちぎりのトップだ。
一口飲んだだけで、口の粘膜がひりひりする。
口腔内でアルコールを感じ取るという生まれて初めての経験に、スタチウムは思わず笑みがこぼれた。
この年にして新しい経験をすることになるとはな……と、彼は今度は落ち着いて二口目を口にする。
先ほどむせてしまったのは、ついビールのような感覚で大量に飲んでしまったからだ。
アナスタジアも一度に一本開けるようなお酒ではないと言っていたではないか。
おそらくこの焼酎は、ちびちびと舐めるようにゆっくりと飲んでいくお酒なのだろう。
「おぉ……」
どうやらその推測は正しかったらしく、わずかに含んだ今回はゆっくりとその味を楽しむだけの余裕があった。
まず最初に感じるのは、やはりビリビリとしたへの舌への刺激。
身体の中に直接雷魔法を流し込まれたような衝撃に続いてやってくるのは、意外なことに優しい甘みだ。
飲み干した後に口の中には、甘い余韻が残っている。
三口四口と飲み進めるうちに焼酎にも慣れてきて楽しみ方もわかってくる。
口の中に含んでいるうちに味が徐々に変わり、甘さが感じ取りやすくなってくる。
これは引き算の酒なのだ、とスタチウムは思った。
この焼酎は非常にシンプルな、ともすれば単調すぎる味わいの酒だ。
ビールのような爽快感があるでも、ワインのような奥行きがあるわけでもない。
だが何もないが故に、これの下になった素材そのものの味を感じ取ることができる。
「飲みやすいわね……」
サリーにそう言われ、彼女が飲んでいる水割りを一口もらう。
すると水で薄められることで、焼酎のキツさが消え、奥にある甘みを口の中で揉まずとも感じ取ることができた。
なるほど、たしかにこれは飲みやすい。
この焼酎はただ引き算の酒ではなく、足し算の酒でもあるのだということにスタチウムは気付いた。
何もないプレーンな味わいだからこそ、何かで割ることによって如何様にも姿を変えていく。
水で割っただけでこれほど味を変えるのであれば……。
「……試してみるか」
であれば、他のもので割ればどうなるのかを確かめずにはいられない。
二杯目の焼酎をストレートで飲みきったタイミングで、スタチウムは使用人に頼み様々な飲み物を持ってきてもらうことにした。
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