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落ちこぼれが魔王の娘を拾ったら  作者: 遥透子@『推し推し』『売れ残りエルフ』書籍化&コミカライズ


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第18話 『鉄壁』と『慧眼』と『烈風』

 会議室の扉を開けると、既に三人の姿があった。


 まず目に入ったのは、部屋の奥に腰を下ろしている大柄な男だった。歳は四十代半ばだろうか。短く刈り込んだ灰色の髪に、日に焼けた肌。分厚い胸板を覆う革鎧は使い込まれているが、手入れが行き届いている。派手さはない。だが、座っているだけでそこが部屋の中心になるような、静かな存在感があった。


 その隣に、同じ年頃の女性が座っている。茶色の髪を短く束ね、落ち着いた目をしている。夫婦なのだろう、二人の間に流れる空気は長い時間を共に過ごしてきた者特有の穏やかさがあった。女性の腰には短剣と、革製のポーチがいくつも下がっている。薬品か、道具か。戦士というよりは探索の専門家に見えた。


 そしてもう一人──窓際に腕を組んで壁にもたれている男がいた。歳はライアより少し上か。鋭い目つきに自信に満ちた表情。軽装の革鎧の上から深緑のマントを羽織り、背中には二振りの曲刀を交差させて背負っている。ライアが入ってきた瞬間、その目がこちらを値踏みするように動いた。


「おう、来たか」


 大柄な男が立ち上がった。ライアが想像していたよりも穏やかな声だった。


「お前さんが新入りか。ライア・フィレクシア……A級になったばかりだってな」

「はい。よろしくお願いします」

「俺はディーク・ヴァルツ。隣がカミさんのエルマ。俺が今回のリーダーを任されている」


 エルマが小さく会釈した。その目がライアの装備を素早く、露骨にならない程度に確認していたことにライアは気が付かない。


「よろしくね。遠征は初めて?」

「はい。魔界に入るのも初めてです」

「そう。それなら色々と教えなきゃいけないわね」


 エルマの声は穏やかだったが、甘さはなかった。「教えなければお前は死ぬ」と暗に言われているような気がした。恐らく、それは事実だ。


「それと──」


 ディークが窓際の男に目を向けた。


「彼はレクト・ドライツァーだ。まあ仲良くやってくれ」


 レクトは壁にもたれたまま、ライアを足の先から頭のてっぺんまで舐めるように見た。そして、はっきりと顔をしかめた。


「おい、冗談だろ」

「何がだ」

「こいつだよ。こんなガキが俺たちと同じパーティ? ──ディーク、あんた正気か。こいつの装備見ろよ。田舎の狩人以下じゃねえか」

「A級の資格がある。ギルドの審査も通っている」

「審査だぁ? 昨日までE級だった奴がいきなりドラゴンの角持ってきたってやつだろ。んなもん、誰が信じるんだよ。どうせ闇市で買ってきたか、冒険者の死体から剥ぎ取ったか──」

「レクト」


 ディークの声が一段低くなった。レクトは口をつぐんだが、表情は変わらない。壁から背を離し、ライアの正面に立った。顔が近い。吐息がかかるほどの距離だった。


「いいか、俺は『烈風』のレクトだ。A級になって三年、魔界遠征も五度目だ。お前みたいなのとは格が違う──魔界ではな、足手まといは仲間を殺すんだ。お前が死ぬのは勝手だが、俺の足を引っ張ったら許さねえぞ」


 ライアは何も言い返さなかった。言い返す材料が、今の自分にはない。


「聞いてんのか、おい」

「……聞いてます」

「おう、なら分かってんだろうな──お前、魔法は何が使える?」

「……使えません」

「は?」

「魔法は使えません」


 レクトは数秒、ライアの顔を見つめた。それから盛大に笑い出した。


「使えない? おい、嘘だろ。A級で魔法が使えない? ──ディーク、やっぱり冗談だろこれ。魔界に魔法も使えねえ奴を連れてくのか? 荷物持ちにもなりゃしねえぞ」

「レクト、お前の意見は聞いた。──だが、メンバーの選定はギルドが行っている。文句があるならギルドに言え」

「チッ……A級にもなって腰抜けの野郎共が多いから、こんなのが遠征に来ちまうんだよ」


 レクトは舌打ちして窓際に戻った。もたれかかりながらも、まだライアを睨んでいる。その目には侮蔑と苛立ちが同居していた。こいつのせいで自分が死ぬかもしれない、という怒りだった。


 その時、会議室の扉が開いた──蒼銀の髪が部屋の空気を一瞬で変える。


 軽鎧に細身の剣、薄水色の瞳。ギルドで見せた冷たい表情もそのままだった。

 セレスティアは目線だけで会議室の様子を確認する。


「遅れたかしら」

「いや、時間通りだよ。──さて、全員揃ったな」


 ディークが全員を見渡した。


「知らない者もいるだろうから、紹介しておく。『氷華』のセレスティア。氷魔法なら俺の知る限り右に出るものはいない」


 セレスティアは空いている椅子に座ると、一瞬だけライアに視線を向け、正面に向き直る。


「おいおい、『お姫様』も一緒とはな」


 レクトが口笛を吹いた。


「Eランクに王族の姫様か。随分と個性的なパーティじゃねえか」

「『烈風』のレクト……噂通り、口が軽いのね」


 セレスティアはレクトを一瞥しただけだった。それだけで、レクトの次の言葉が出てこなくなる。『氷華』の二つ名は伊達ではないらしい。


「よし、全員揃ったし始めよう」


 ディークが立ち上がった。その瞬間、部屋の空気が変わった。穏やかな中年の男から、何度も魔界を踏んで帰ってきた歴戦の冒険者の顔になった。


「改めて言うが、遠征は通常の魔界探索とは違う。探索済みの安全圏を越えて、未踏破地域に足を踏み入れる。全員が生きて帰れる保証はない」


 ディークの目が、一人一人の顔を見渡した。


「それを承知の上で、ここにいるんだな?」


 セレスティアは微動だにしない。レクトは「当たり前だ」と言わんばかりに鼻を鳴らす。エルマはディークと目を合わせ、静かに頷いた。


 ライアは一瞬、昨夜の窓辺を思い出した。怖い。それは今も変わらない。でも──


「……はい」


 ディークがテーブルの地図を指で叩いた。


「よし、では作戦を説明する──」

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