1 聞き屋の夜
(5/7 19時過ぎ更新 改行アリに戻しました)
城塞都市ラウドランの夜は、暖色の明かりがポツポツとぶら下がり、穏やかな石造りの街並みをぼんやりと浮かび上がらせる。
リガは白い紙袋を片手に、使い古したブーツを石畳に擦らせ、まばらな人の流れに逆らうように、一人、歩いていた。異国街の区域が近づくと、更に人並みは閑散とし、街並みも東洋風に雰囲気が変遷していく。
ぶら下がる街灯が濃い炎色の提灯になり始めたあたりで、リガは軒を連ねる建物のとある箇所、目立たない店の扉に手をかけた。一見して店だと分からないほど古ぼけた木造の外装。扉の奥もまた、優しい木目が目立つ内装が広がることを、店主のリガはよく知っていた。
からん、と玄関のベルが鳴る。喫茶店と雑貨屋が融合したような、不思議なあたたかさのある部屋は、ランタンが所々に置かれ、控えめに明るい。
安心を呼び起こす静けさに、ふうと一つ息をついて、作業机のかたわらにある椅子にゆったりと腰掛けた。机に紙袋を置き、机の隅に置きっぱなしのコーヒーポッドをカップに傾け、冷めたコーヒーを注ぐ。
ささやかなコーヒーの香りに、インクと紙の匂いが混ざって、雑多な筆記作業特有の空気が部屋に漂い始める。
今日の来客は二人。二人分の話を聞いた。
全ての内容を覚えているが、客の「思い」が乗った話だけ、断片的に書き記す。
いつもはやらない作業が習慣化したのは、奇妙な男と、なし崩し的に行動するようになってからだった。
「おーい、リガ。いるかー?」
からん。玄関のベルが、閉店中の看板を無視して不法侵入する輩の到来を知らせる。「仕事中だ」無愛想に、背を向けたまま答えると、「んじゃお言葉に甘えて」と勝手に客用の椅子に腰掛ける音。甘えていい言葉を一つも言っていないのに、この変わり者は。
「誰が寛いでいいと言った」
「いつも、なんだかんだ追い出さないじゃん」
「仕事の手を止めたくないだけだ」
「つってもお前、『聞き屋』の仕事自体、大した売り上げはねえんだろ?」
ようやくリガはペンを置き、コノエを振り返った。目が合ったことに嬉しそうに笑うコノエは、いつもの赤毛と紅色の着物姿で、よっ、と軽く手を振る。
ため息をついたリガは椅子から立ち上がり、紙袋を持ってコノエに近づいた。深夜も営業する行きつけのパン屋で買ったパンが、3個以上は詰まったその紙袋を、コノエの目の前に差し出す。「おー、いつもありがとよ」と受け取ったコノエは、代わりにいくつかの金貨をリガへ渡した。
「頑張って稼ごうって姿勢は分かるぜ? 雑貨のバリエーション、増えたよな? この薬瓶とか」
「……俺が聞き屋として話を聞く時、感情的になった客を落ち着かせるための安定剤だ。金は取らない」
「取らねーのかよ!」
「とるわけないだろう、そんな狡いやり方で」
ふぅん、と関心をなくした様子でパンを食べながら視線を巡らすコノエは、とある一点を見つめた。ごくりと飲み込んでから、リガに尋ねる。
「この紙束はなんだ?」
「……香草で香りをつけた、手紙一式」
「手紙、か。へえ、いいね」
「売れなかったけどな」
リガは淡々と返しながら、作業机に戻ろうとする。今日の資金供給は受け取った。あとはこの腐れ縁の刀使いが、適当に帰るのを、適当に待てばいい。椅子にぎしりと座ったタイミングで、
「いつものちっと冷めたコーヒー、あるか?」
「……物好きだな、相変わらず」
やれやれと、この老けてる割に若く見える男のために増やしたカップを取り出し、淹れたてよりよほど美味しくはないコーヒーを注ぐ。自分の淹れたコーヒーと同じく、すでに冷め切ったそれを、もう一度立ち上がってコノエの元に向かい、近くのテーブルにカップを置いてやった。
「どうぞ」
「律儀だなあ。ありがとうよ」
「こんなコーヒーを好んでたら、そこら辺の安物のコーヒーも旨く感じるだろうな」
呆れ半分のため息をついて、改めて作業に戻ろうとしたリガの足が、ぴたりと止まる。
「お前の冷めたコーヒーの方がよほどうめえから飲んでるんだろ?」
「……味覚まで麻痺してるのか?」
「さあな。きっと、お前の言うとおり、物好きなんだろうよ。俺は」
「よく分からない人だ」
「わかんなくていいんだよ、若造」
若造呼ばわりにムッとしながら、やっと落ち着けると言わんばかりに椅子に腰を下ろす。二人分のコーヒーの香り、インクと紙の匂い。この東洋人がまとう、何かの花と、刀の材質の香りが新たに混ざり、日常が、二歩分程度の非日常へと優しく移り変わっている現実を示す。
戦わず、話を聞いて、怨念を浄化する。
なぜ、自分たちは、戦おうとしないのだろう。
一般的には、戦って倒すのが定石で。
話して平和的に解決する方法が通じるなんて、異例もいいところだ。
また同じことを繰り返すのだろうか。
いつまで、続くのだろう。
いつまで――コノエと、一緒にいられる?
「ずーっと考え事してるよなぁ、お前」
「……わるかったな」
「喋りたくなったら、いつでもおじさんが聞くよ」
「あんたに話したところで、何も変わらない」
「変わったらどうする?」
ペンを動かす指が静止した。聞いたことを――怨念の思いを、書き記すようになってから。通常の聞き屋の業務でも、印象に残った話の断片を、文字で残すようになった。
このコノエとかいう変人に、『聞き屋の自分が大事だと感じたこと』を――いずれ読まれてもいいように。
「変わったら、全責任を、押し付ける」
「べつに、いいぜ? 俺の懐の金貨はまだまだあるしな。それに……」
「それに?」
「お前さんと過ごす時間は、嫌いじゃねえ。それだけだよ」
ふ、と、自嘲する気配。寂しがり屋は、どっちだ。
お互いに背を向けたまま、同じ部屋の香りを肺の中に吸い込んで。長くて短い夜は、何かを積もらせながら、ゆっくりと朝を目指していく。
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(2話、3話は土曜の昼12時ごろに同時投稿予定です)




