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銀杖のティスタ  作者: マー
赫灼の匣
82/86

11.繝ャ繝シ繧ョ繝」繝ォ繝ウ


「魔術学園の襲撃に関して、俺は一切の関与していないという前提で話す。信じるかどうかはキミに任せる」


「わかりました」


 今のガーユスの言葉は信用できる。

 彼の記憶を垣間見たからか、自然とそう思うことができた。


「俺は、魔術学園や魔術師を襲撃する目的で日本に入国したわけじゃない」


「それなら、何をするために日本に来たんですか?」


「……妻が親日家だったから、この目で日本という国を見てみたかった。それと、どうにかして日本に妻と子供の墓を作れないかと思ったんだ。できることなら赤魔氏族の村の跡地に墓を建てたかったが……あそこは俺が燃やし尽くして、今は何もない荒野になっている。辺鄙な場所に墓を作りたくなかった」


 ガーユスが日本に来た理由は、想像していたよりも真っ当な理由だった。

 冷酷非道な魔術師殺しだなんて、噓のようだと思うほどに。


「そして、俺が日本に入国してすぐに魔術学園の襲撃事件が起きて、その襲撃の容疑者が俺であることがすぐにわかった」


「どうやって襲撃事件が起きたことを知ったんですか? あの事件は新聞にもネットにも公開されていないのに」


「日本の魔術師の中に、俺を信奉している者がいる。そいつから聞いた」


「それは誰です?」


「顔も名前も知らない。ただ、俺が日本に入国するために手を貸してくれた。目的はわからなかったが、利用させてもらうことにしたんだ」


「顔も名前も知らない、会ったこともない魔術師のことを信じるなんて、あなたらしくもない……」


 彼は、慎重で狡猾な一流の魔術師だ。

 実際に戦い、命のやり取りをした僕にはそれがわかる。


 そんな彼が、なぜそんな得体の知れない者を頼りにしてしまったのだろうか。


「……正直、もう自分がどうなってもよかったんだ。俺の復讐は、とっくの昔に終わっている。だから俺は、魔術学園襲撃の容疑を自分のものとしたうえでキミたちに戦いを挑んだ」


「自暴自棄だった、ということですか……」 


「まぁ、そうだな。赤魔氏族の村を襲撃した人間は全員殺した。同胞たちを実験材料にしていた研究施設もすべて潰した。生きている間にやることは、日本に来た時点で終わっていた。心残りは、妻子の墓と今を生きる魔族の未来くらいだった」


「…………」


 彼の言葉を聞いて、僕は何も言えなかった。

 ガーユスは話を続ける。


「だから、最期にキミの師匠と……ティスタ・ラブラドライトのような一流の魔術師と全力で戦って死ねるなら、魔術師として最高の終わりだと思った。無論、負ける気はまったく無かったが」


「つまり、あなたは日本に来てから誰も殺していない……?」


「事実としてはそうだが、勘違いをするな。俺が多くの命を奪ってきた冷酷な殺人鬼であることに変わりはない」


「……はい」


「俺の身の上話はこのくらいにして、そろそろ本題に入ろうか」


 ここまではガーユスが日本に来た理由。

 ここからは彼の推測になる。


「おそらく、魔術学園を襲撃したのは赫灼の魔術を脅威と認識していた呪術師か、その呪術師についた魔術師といったところだろう」


「まさか……赫灼の魔術を使える者がいなくなるように、あなたとティスタ先生に殺し合いをさせようとした……?」


「呪術師にとってはティスタ・ラブラドライトも看過できない脅威だ。俺とキミの師匠、どちらかが死ぬか、相打ちで両方死ぬか……そういった結果を望んでいたのかもな。俺は、その状況を利用して自己満足のために戦いをしたに過ぎない」


「そんな……じゃあ、やっぱり僕のしたことは……」


 ガーユスの封印によって、悪意を持った呪術師は動き出した。僕は、何かを企む呪術師に間接的に手を貸してしまったのではないだろうか。


「……いいや、逆だぞ。キミの存在そのものが呪術師側にとっては完全に予想外の『不確定要素』なんだ」


「どういう意味ですか?」


「呪術師側は、俺やティスタ・ラブラドライトに匹敵する魔術師が育っているとは思っていなかったはずだ。事実、呪術師は俺が封印された後にすぐ行動を開始しなかった。トーヤ君を俺たちと同じほどの脅威に感じているからだろう」


 ガーユスの言葉に思考が止まる。

 僕の実力がティセやガーユスに匹敵するなんて、そんなわけがない。


「い……いやいやっ! あなたたちの強さ、魔術師にとっては天井みたいなものですよっ!? 僕なんてまだ未熟で――」


「その天井に指が届いていることに気付けよ」


「え、えぇぇ……?」


「はぁ……その自信の無さは、幼い頃の経験が原因だろう。いじめられすぎて、負け犬根性ばかり育っていると見た。自分を過小評価しているな」


「う、うぅ~ん……???」


 首を傾げる僕を見て、ガーユスが呆れた様子で溜息を吐いた。


「まぁ、キミのそういうところも美徳と感じる者はいるだろう。今の時代、謙虚なヤツは女にモテるだろうからな。俺を封印した英雄として、世間ではさぞ持て囃されているんじゃないか?」


「からかわないでくださいよ……」


「なんだ、モテるのは否定はしないのか」


「僕はティスタ先生一筋なのでっ!!」


「……お前ら、そういう仲だったのか。へぇ……」


「あぁ……余計なこと言ったかもぉ……」


 僕とティセの関係を聞いてニヤリと笑うガーユスは、イスから立ち上がって小屋の外に出ようとする。


「どこへ行くんです?」


「どこにも行けないだろ。現実の俺は封印されているんだから」


「すみません、そうでした……」


「これ以上キミと話していると、完全に絆されてしまいそうだ。早く現実に帰れ。待っている者がいるだろう。あまり自分の女に心配をかけるな」


 僕には帰りを待ってくれている人がいる。

 現実のティセは、きっと僕を心配しているだろう。


 現実に帰る前にひとつだけ、ガーユスに伝えなくてはいけないことがある。


「ガーユス。あと少しだけ時間をくれませんか」


「構わないが、もう話せることはないぞ」


「いいえ、僕があなたに伝えたいことがあるんです」


 僕は、ガーユスと共に小屋の外に出る。


 この夢幻は、ガーユスの中にある最も鮮やかで強いイメージが作ったもの。

 つまり、彼にとって思い出のある場所。

 これから僕が伝えることに、きっと意味があるはずだ。




 ……………




 ガーユスと共に村の外まで歩く。

 目的地はすぐそこにある。


「おい、なんなんだ。早く用件を言えよ」


「さっき、世界を旅して様々な場所を渡り歩いたという話をしましたよね」


「ああ、それがどうした?」


「旅の途中、僕は赤魔氏族の村の跡地に赴いたことがあります」


 赤魔氏族の村は、ガーユスが赫灼の魔術で完全に焼失させていた。

 そこには焼けた大地と灰しか残っていなかった。


 ガーユスが村を焼き払った理由に関して、彼の記憶を見た時にぼんやりと察しがついた。自分の逃げ場を無くすためであり、思い出を自分だけのものにするためだったのだと思う。

 

「……それで?」


 平静を装うガーユスに向けて、僕は話を続ける。


「これから『今の村跡地の映像』をこの場に投影します。おそらく、あなたと魂が繋がっている今の状態なら可能なはずです」


 地面に手を触れて、自分の中にあるイメージを投影する。

 一時的にガーユスの夢幻に「今の景色」を映し出す。


「今の村の跡地は焼け野原だ。もう何も――」


 ガーユスは、目の前の広がる光景に言葉を失う。

 村の跡地には、碧い花畑が広がっていた。


「これ、は……」


「僕が初めてこの場所に来た時は、村の跡地には何もありませんでした。ここで何があったのかを忘れないため、同じ悲劇を繰り返さないために……手を尽くさせてもらいました」


 碧い花畑の中心には大きな石碑がある。

 赤魔氏族の悲劇と人間の罪を忘れないために建てられた慰霊碑。

 非道な人体実験によって命を落とした方々のすべての名前が刻まれている。


 ガーユスは、慰霊碑の前に座り込んだ。

 刻まれた名前を見ながら、僕に質問してくる。


「氏族全員の名前まで、よく調べたものだ。周囲の碧い花は……?」


「この土地は、あなたが赫灼の魔術を使った影響で通常の植物が育たない環境になっていたので、僕が魔術を使って『魔力を養分にして育つ花』を作り出しました。名前は『コンコード』といいます」


「コンコード……『調和』『協調』か……」


「この場所は、世界各地にいる魔術師に協力してもらって不可侵の結界で囲みました。もう誰であっても、この地を荒らすことはできません」


「そうか……」


 碧い花畑の中心で青空を見上げながら笑うガーユス。

 僕は、そんな彼の様子を黙って見ていることしかできない。


 今、彼は何を想っているのだろうか。この碧い花畑が彼の心に少しでも安らぎを与えられたなら、と願わずにはいられない。

 

 しばらくの沈黙の後、ガーユスは立ち上がった。


「……まいったよ。俺は、キミに絶対に死んでほしくないと思ってしまった」


 そう言って、ガーユスは一瞬目を閉じ、静かに胸に手を当てた。


「これを持っていけ。もう俺には必要のないものだ」


 彼の胸元から、赫く輝く(はこ)が顕れる。

 太陽のような輝きを放つ匣が、ガーユスの手のひらの上で浮いている。

 手のひらサイズの匣の中には、煌々と輝く光の球体が入っていた。


「これは……?」


 見ただけで理解した。

 この匣には強大な力が秘められている。

 そして、その力が自分の手に余る力だということも――。


「赤魔氏族の族長が代々受け継ぐ魔界遺物だ。名前は『繝ャ繝シ繧ョ繝」繝ォ繝ウ』」


「え、あのっ……なんて言いました?」


 匣の名前だけがまったく聞き取れなかった。

 まるでノイズがかかったかのような音になって、言葉として認識できない。


「匣を使う資格ができたら、名前は自然と理解できるはずだ」


 自分の視界が徐々に白く濁っていくことに気付く。

 ガーユスの姿が少しずつ消えていき、あっという間に何も見えなくなった。


「待って、説明をしてください! この匣は何ですか?」


「……あとはキミの師匠に相談するといい。俺は……もういい。この景色を見れただけで充分だ。悔いは残っていない」


「ガーユスっ! 待っ――」


「ありがとう、心優しい魔術師。ここから大変だろうが、せいぜい頑張れ。それと余計なお世話かもしれないが……自分の女は大事にしろ。俺みたいにはなるなよ」


 目の前が真っ白になっていく。

 最後に聞こえたガーユスの言葉は、優しく思いやりに溢れた声色だった。


 僕の意識は、一瞬にして現実に引き戻されていった――。


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