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銀杖のティスタ  作者: マー
赫灼の匣
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10.夢幻の再会


 白い光の先にあったのは、雲ひとつない青空と美しい緑の平原。


 ここは、ガーユスの内面世界。

 彼の見ている夢であり、思い描いている場所。


(これが……本当にガーユスの内面なのか……?)


 かつて命を懸けた死闘を繰り広げた魔術師の精神世界がこんなに穏やかだとは思っていなかった。ガーユスの記憶を垣間見た影響なのか、今の僕は目の前の景色が愛おしく、どこか懐かしいとすら感じている。


「彼はどこに……」


 果てなく続く平原の先に小さな集落がある。

 なぜかわからないけど、あそこにガーユスがいるという確信が湧いた。

 距離はあるが、歩いて向かうしかない。


(こんな場所が現実にあったら、ティセと行ってみたいな)


 そう思わせるほど居心地が良く、心が落ち着く。

 異郷の心地良い風を背に感じながら、小さな集落に辿り着いた。


 当然のことだが、集落に住人はいない。

 そのほとんどが空き家だが、最奥にある小さな家屋だけ窓が開いていた。


「こ、こんにちはー……」


 ドアをノックして、恐る恐る挨拶をしてみる。


「開いているから勝手に入れ」


 扉の向こうから聞こえてきたのは、紛れもなくガーユスの声。

 緊張を胸に、家屋に足を踏み入れる。


「…………」


 赤い髪と瞳、顔には傷跡。

 間違いなくガーユスだ。


 彼は、暖炉の前にある木製のイスに座ってくつろいでいた。 

 服装も白いシャツに茶色いズボン、こうしていると普通の青年にしか見えない。

 彼の落ち着いた姿を見て、僕は拍子抜けしてしまった。


「どうして突っ立ってるんだ」


「あ、あぁ……いや……すみません。どうもお久しぶりです」


「こんな優男に俺は負けたんだな……やれやれ……」


 部屋の奥から木製のイスを持ってきたガーユスは、座るように促してくる。


「ここで俺は絶対にキミに勝てない。その気になれば、また俺の自我を消すこともできるんだろう?」


「……はい」


「まったく腹立たしい。生殺与奪の権を完全に握られた状態じゃないか」


 ガーユスと対面するように座ると、彼は大きな溜息を吐いた。


「キミらと戦ってから、何年が経った?」


「あれから2年弱くらいです」


「なるほど。それじゃあ、俺の不在を察して呪術を扱う者が出てきただろう」


 まるで今の状況になることを知っていたかのような口ぶり。

 彼は、自分が呪術師に対する抑止力になっていたことを理解している。


「赫灼の魔術は呪いを焼き消せる。数ある魔術の中に呪術を防ぐものはあっても、呪術そのものを消し去れる魔術は少ない。呪いの対策のために『赫灼の魔術の使い方を聞きに来た』ってところか?」


「……そうです」


「相変わらずキミは素直だな。大人になったのなら、駆け引きというものを学んだ方がいいぞ」


「はい、仰る通りで……」


「あぁ、まったく……キミはお人好しすぎて調子が狂う」


 ガーユスは呆れた様子で窓の外に視線を向けた。

 正直、自分でも驚くほど穏やかに彼と会話している。

 

「結論から言うぞ。赫灼の魔術は赤魔氏族以外は使えない」


「……っ……」


「相伝の魔術だからな。赤魔氏族の中でも才能のある者にしか扱えない。今の世界に赤魔氏族の末裔はいるだろうが、普通の人間との混血となると使える者はほとんどいないと考えていいだろう」


「ですよね……正直、予想はしていました」


 万物を燃やす「赫灼の魔術」は、赤魔氏族に伝わる高難度の魔術。

 ガーユスのような熟練の魔術師でなければ使うこともままならない。


「教えてくれてありがとうございます。正直、こんなに早く答えてくれるなんて思っていませんでした」


 聞き取りは難航するかと思っていたけど、想像していたよりも赫灼の魔術について簡単に聞き出せた。困惑する僕に向けて、ガーユスは語る。


「……キミの記憶を見た。幼少の頃だけだがな」


 僕がガーユスの魂に触れて彼の記憶を垣間見たとき、彼の方にも僕の記憶の一部が流れ込んだらしい。僕たちは、図らずもお互いの過去を知る仲になったのだ。


「俺から見ても、キミの経験は人間に味方するのが不思議なほど過酷だった。よく道を踏み外さなかったものだと素直に感心している」


「そう、ですね……子供の頃は大変でしたけど、今はけっこう楽しんでますよ。最近は教師をやってみたりしてるんです」


「お似合いだが、キミの甘い性格だと生徒に舐められてそうだな」


「いやいや、みんなちゃんとイイ子ですから」


「まぁ、精々頑張れ。最近の子供は面倒を見るのが大変らしいからな」


 まるで旧知の友みたいな接し方をされても、違和感をまったく感じない。

 自分を殺そうとした者とは思えないほど今の彼を受け入れている。

 

 僕に変化が現れたように、ガーユスの方にも心境の変化が現れていた。


「……素直に認める。俺の負けだ」


「急に何の話ですか?」


「俺を封印した時の話だよ」


 僕は、封印魔術・枯死封印によってガーユスの肉体と魂を封じた。

 封印されて樹木となった者を枯れ果てるまで封じ続ける恐ろしい魔術。

 今になって思うと、これほど残酷なことはない。


 恨まれても仕方ない所業だと思っていたけど、ガーユス本人の心境は僕の想像とは違っていた。


「キミは最後まで怒りや恨みで魔術を振るわなかったうえに、俺を封印する間際の表情は同情に満ちたものだった。あんな顔を見せられたら、さすがの俺も堪える」


 俯きながら笑うガーユス。

 もう、僕らと戦ったときのような狂気は存在していない。


 ……今の彼になら、伝えるべきことを伝えて問題は無いだろう。

 その前に、確認を取っておくべきことがある。


「ガーユス。今から聞くことは、答えたくないなら答えなくていいです」


「なんだい?」


「あなたとの戦いが終わった後、僕は世界を旅しました。現実を知るために必要なことだと思ったからです」


「そうか。どうだった?」


「……魔術師や魔族が人間に失望するのも当然だと、今は正直にそう思います」


「だろうな」


 窓の外に視線を向けながらガーユスは笑う。


 人間の歴史は戦いの連続だった。

 魔族との戦争もそのひとつ。

 果て無き闘争の中で進歩を繰り返す種族、それが人間である。


 ひとりで世界を旅する最中、人間同士の諍いを何度も見てきた。  

 戦争、人種差別、飢餓――旅の途中の様々な経験を経て、今の僕がいる。


「人間は、自分にないものを欲する生き物です。欲深くて、浅はかで、自分勝手で……それは、僕らのように魔族の血が流れているものと比べると寿命が短いからなのかもしれません」


「…………」


 ガーユスは何も言わずに、僕の言葉を静かに聞いてくれている。 


「赤魔氏族の滅亡は、そんな人間の欲望が引き起こしたものなんでしょう?」


 僕は、世界を旅する過程で様々な場所を自分の足で歩き、自分の目で見て、自分の耳で聞いて、可能な限り歴史を調べ尽くした。その過程で知ったのは、赤魔氏族の滅亡が欲深い人間によって引き起こされたということだった。

 

「……そうだ。人類は、魔族のように魔術が使えるようになりたかったのさ。魔界生まれの人間の血を継ぐ者や魔族から『実験材料』を得るため、これまでに何度か虐殺があった」


「材料というのは『魔術を使える者の脳』ですね」


 魔力はエネルギーであり、それを扱う術者の脳はエネルギーの操作・循環・変換を司る器官。かつてティセが「魔術がイメージが大切」と僕に教えてくれたのは、魔術師にとって脳が重要な器官だからなんだと思う。


 人間は、その魔術師の脳を実験材料として使うために魔術師を殺して回った。かつて『魔女狩り』と呼ばれる理不尽な殺しが流行ったのは、そういった背景があったのだ。


「赫灼の魔術という強力な異能を使える赤魔氏族は、絶好の実験動物だったのさ。肉体の形を変えられたり、薬物で廃人にされたり、脳髄を取り出されてホルマリン漬けにされた者もいた。もう、普通の生活に戻れる者はいなかった」


「だから、あなたは同胞を救うために――」


「介錯と言えば聞こえはいいが、実際は同族を皆殺しにしたのと同じだ。世間から『魔術師殺し』なんて呼ばれるのも仕方のないことさ」


「…………」


 ガーユスが同族を手に掛けたのは、同族を地獄から解放するため。

 殺したのは間違いないが、僕が彼のやったことすべてが間違いだとは思えない。


 ここまでは僕が実際に調べてわかったこと。

 そして、ここから先は僕の憶測だ。  


「……あなたが僕の記憶を見たように、僕もあなたの記憶の一部を見ました。赤魔氏族を実験材料にしようとした人間に村を襲撃されて、奥さんとお子さんを亡くされたんですよね……?」


 流れ込んできたガーユスの記憶にあった若い女性と幼い子供の亡骸。

 僕の見た記憶が正しければ、彼らはガーユスの妻と子だ。


「俺の記憶、そこまで見たのか」


「すみません。不可抗力だったので――」


「別に怒っちゃいない。もう終わったことだ」


 イスから立ち上がって、窓の外の平原を見つめるガーユス。

 こちらに背中を向けている彼の表情は伺い知れない。


 今聞くべきか迷ったが、意を決して彼に質問してみる。


「あなたは、子を失う親の気持ちを理解している。僕とはじめて戦った時も、あなたを封印した戦いの時も、死者をひとりも出していない」


「なんだ、俺が本当は善人だと言いたいのか? 魔術学園を襲撃したのが俺だということを忘れたわけじゃないだろう」


「魔術学園襲撃の犯人、本当はあなた(・・・)ではありま(・・・・・)せんね(・・・)?」


「…………」


 ガーユスは、僕に背中を向けたまま何も語らない。

 否定も肯定もしない彼に向けて、僕は話を続ける。


「魔術学園の周囲には二重の結界魔術が張り巡らされています。物理的な結界と認識を変える結界。これらは、あなたであっても簡単に破れるものではない。ティスタ先生ですら『特定の手段』を使わないと中には入れないほど厳重ですから」


 僕が魔術学園の敷地には入れたのは、通行証である「銀のプレート」を所持していたから。通行証がない場合、何かしら強引な手段を使わなければ中に入り込むことはできない。


「あなたを封印した後、ティスタ先生をはじめとする一流の魔術師たちが学園周囲の結界をメンテナンスしました。しかし、どこにも外から結界を破った形跡は見つからなかったそうです」


「俺が襲撃犯じゃないと決めつけるには理由が弱いな。他には?」


「襲撃の痕跡が露骨過ぎたんです。まるで『これは赫灼の魔術を使えるガーユスの所業である』とアピールしているかのようでした。現場に残った魔力痕跡は、あなた以外を犯人にできないほどわかりやすかった」


「それを不自然と感じるのは流石と言っておこうか。そこまでわかっているのなら薄々勘付いているんだろう?」


 ガーユスは、僕の方に向き直りながら真実を教えてくれた。


「俺は魔術学園の襲撃をしていない。学生たちを殺したのは『内部の者』だ」


「……っ……」


 認めたくない事実に僕がうろたえていると、ガーユス再びイスに座る。 


「魔術師側も一枚岩じゃないということだろうな。俺の推論も交えて、少し話をしてやろう」


 意外なほど協力的なガーユスに驚きつつも、話を聞かせてもらうことにした。

 魔術学園襲撃の件は、彼にも思うところがあるのかもしれない。


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