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銀杖のティスタ  作者: マー
赫灼の匣
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9.地の底で眠る


 あれから1週間。


 僕とティセは、都内某所にある地下施設に足を運んでいた。

 ここは日本政府が管理する特別な場所で、一般人はその存在すら知らない。


 ティセの国定魔術師の立場を利用しても、ここに入る許可が下りるまでに1週間の時間が必要だった。


 特別収容施設『涸魂牢(ここんろう)』。 

 

 この施設には、異能の力を持った凶悪犯罪者や魔術・呪術テロ実行犯など、通常の刑務所では手に負えない者たちが収容されている。


 周囲の壁は暗く湿った鉄筋コンクリート。独房の壁は分厚く頑丈な鉄板の壁に覆われており、日本で最も厳重な警備が敷かれている。この施設に収容された犯罪者が再び陽の目を見ることはできないと言われている。


「東京の地下にこんな場所があったなんて……」


「魔界との戦争があった時代に作られた緊急避難用シェルターだそうです。今は危険な魔術師や悪質な政治犯を極秘で収容する施設になっているみたいですが」


 元は避難シェルターだった場所を改築した刑務所。こんなものを人口が多い東京都内の真下に作っていたなんて本当に恐ろしい。過去に脱走者はいないらしいけど、もしものことを考えると危険だと思うのだが……。


(平気で人を殺す犯罪者が自分の住む街の足元にいたなんて、考えるだけで身の毛がよだつな……)


 正直、この場所に足を踏み入れてからずっと悪寒が止まらない。

 まるで悪意の中に体を沈めているかのような感覚に陥っている。

 僕の持つエルフ特有の鋭い感覚が原因だろう。


 警察関係者に先導してもらいながら目的地に向けて歩いている途中、身の毛がよだつほどの寒気を感じて思わず立ち止まってしまった。


「トーヤ君、大丈夫ですか?」 


「……すみません、平気です。時間も限られていますし、急ぎましょう」


 ティセに心配をかけないようにやせ我慢しながら再び歩き出す。

 この場にいるだけで気が滅入るが、そんなことを気にしている場合ではない。

 御手洗くんを救う手立てを知る者がここにいる以上、時間を無駄にできない。


 エレベーターに乗って、施設の最下層へ向かう。

 この暗い闇の底に、僕が話したい相手がいる。


「ここに彼がいるんですね……」


 辿り着いた先にあったのは、10メートルを超える大きな鉄の扉。


 先導してくれていた警察関係者は、カードキーを使って鉄の扉のロックを解除しながら説明をはじめる。


「面会は30分。物品の受け渡しは禁止とします」


「わかりました。ありがとうございます」


「とはいえ、ヤツは『あの状態』です。まともに話すことはできないとは思いますが」


 鉄の扉が轟音を立てながら開いていく。

 その先にあるものは――


「彼は、この地の底にずっとひとりで……」


 陽の光が一切届かない暗闇に鎮座する巨大な樹木が1本。


 封印魔術・枯死封印によって樹木に姿を変えたガーユスは、地下収容施設最下層の闇の中で静かに眠っていた。


 ティセと一緒に扉の先に進むと、鉄の扉は轟音と共に閉まった。

 ここから30分、この扉は何があっても開かない。


「トーヤ君。ここからはキミ次第ですが……本当にやるんですね?」


「はい。予定通りにお願いします」


 僕がティセにお願いしたのは「ガーユスとの面会」だった。

 

 樹木となった彼と話をする手段はある。

 それは、封印の限定的な解除。

 ガーユスの魂と意識だけを封印から解き放って、対話を試みる。


 最大の目的は、呪いを祓う赫灼の魔術について彼から聞き出すこと。

 僕個人が彼に伝えたいこともある。


「対話をはじめた時点で僕は完全に意識を失うと思います。面会終了時間まで意識を取り戻さなかった場合、強引に叩き起こしてください。今の彼との接触は、夢の中に入り込むような形になると思うので」


 これは、ガーユスの封印した僕本人だからできること。


 以前使用した「祓魔(ふつま)荊棘(けいきょく)」は「魔力だけ」を封印する魔術だった。今回の場合、ガーユスの「魂と意識だけ封印解除」する。


 封印魔術解除のプロセスを切り分けて使用することで、ガーユスの肉体を封じたまま対話を試みる算段である。これはティセから習った「複合魔術の切り分け使用」を参考にして考えた案だ。


 解放したガーユスの魂と僕の魂を接触させて対話をするのが目的だが、これには大きなリスクもある。魂同士の接触が精神にどのような影響を与えるのか未知数なのだ。


 この対話手段は、ガーユスの影響を受けて僕の精神が変容してしまう危険性も秘めている。


「もし、目覚めた僕が他者に危害を加えようとしたら……あとのことをよろしくお願いします」


「わかりました。任せてください」


 ティセは笑顔で頷いたあと、僕を優しく抱きしめてくれた。


「その時は、キミを殺して私も死ぬから大丈夫。どこまでも一緒ですよ」


「ありがとう。愛してます」


「はい、知っています。私も同じ気持ちです」


 軽く触れる優しいキスをして、覚悟を決めた。


「それでは、いってきます」


 目の前の巨大な樹木に手のひらで触れて、目を瞑りながらガーユスの魂を探す。

 僕の中にあるエルフの鋭敏な感覚のおかげで、彼の魂はすぐに見つかった。


 閉じた瞼の裏でぼんやりと浮かび上がる光の珠。

 おそらく、これが彼の魂だ。


(……『枯死封印・限定解除』……)


 ガーユスの魂と意識だけを封印から解除した。

 ここから彼の意識に接触を図る。


 意識の中で光る珠に触れて、少しずつ意識を溶け込ませて――


(……っ……!?)


 魂に触れた途端、見たことのない景色や人物の映像が頭の中に流れ込んできた。


 美しい緑の平原にある小さな村。

 赤い髪と瞳を持つ魔術師たちが仲睦まじく暮らす場所。


 場面が変わって、今度は焦土となった土地。

 目の前には血塗れで倒れる女性と小さな子供。


 慟哭と嗚咽。

 後悔と怒り。

 復讐心。


(これは、ガーユスの記憶?)


 魂の接触と同時に、ガーユスの半生の一部を追体験したらしい。

 今まで彼の身に何があったのか、なぜ魔術師殺しと呼ばれるに至ったのか。

 これらの記憶は、彼が墜ちてしまったきっかけなのかもしれない。


 流れてくる記憶が断片的なのは、ガーユスにとって印象の強い記憶だけが僕に認識できているからだろうか。魂の接触という未知の手段、ここから何があってもおかしくない。


 ガーユスの記憶を垣間見ているうちに、目の前が白い光に包まれていく。


 この光の先に彼がいる。

 そんな確信を胸に、僕は夢幻の中に足を踏み入れた。


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