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銀杖のティスタ  作者: マー
赫灼の匣
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2.使い魔


 放課後。


 教師として生徒達と交流しながら、慎重に調査を続けていた。

 聞き込みが一段落した後、頭の中で情報を纏める。


御手洗(みたらい) 健司(けんじ)。依頼者の一人息子で、僕が担当しているクラスの生徒。最近は欠席が多くて、僕が教師になった時点では登校すらしていない。昔は評判が良かったみたいだけど――)


 学園内で屈指の実力を持つ見習い魔術師。

 才能に恵まれており、魔力量も純粋な人間にしては多い。

 教師達からの評判も良く、みんなに慕われているクラスの中心人物。


 ざっと聞き込みをしたが、彼は間違いなく優等生「だった」ようだ。


 優等生の裏の顔がいじめっ子だったというのはよくある話だが、彼のことを校外で調べている千歳さんから送られてくる情報の数々はいじめどころではない不穏なものばかりだった。 


 御手洗 健司の非行は、学園内の悪質ないじめだけではない。最近はガラの悪い男達と一緒に夜の街を遊び歩いており、絡んだ相手に金銭の要求をしたり、暴行事件まで起こしているのだとか。


 これらが表沙汰になっていないのは、彼の父親が権力者だからである。

 御手洗家は、最近になって頭角を現しはじめた魔術師の家系だ。


 人魔共学という概念を作り出した実績。

 既存の魔術を日常生活でも使えるように調整した「簡易魔術」の研究。

 魔力を利用した家電や医療器具の開発。


 現代日本で、御手洗家は人間と魔族の共存の礎を築いてきた。しかし、その権力を息子の犯罪を隠蔽することに関しては、心情が理解できても納得はいかない。


(魔術師の立場を使った犯罪行為の隠蔽。親心だとは思うけど、そんなことを繰り返していたら――)

 

 正直なところ、今回の仕事は全くと言っていいほど気が進まない。


 千歳さんの言っていた「根本的解決」がどのような手段かわからないし、事態があまりに深刻だと円満解決できるとは思えないが――


(……いや、切り替えよう。これも仕事だ)


 便利屋として請け負った依頼である以上、まずは依頼者の気持ちが最優先。


 御手洗君がいじめを含めた非行に走るようになった原因を探るため、聞き込み調査を再開。生徒、教師、事務員、警備員に至るまで、彼を知る者にとことん話を聞いたが、その誰もが「あんなヤツではなかった」と言う。



『最近、人が変わったように荒々しくなった』


『ちょっと前まではあんな人じゃなかった』


『口調まで変わった気がする』


『いじめをするタイプじゃなかった』



 既にいじめの話は学園中に広がっており、周囲の者達も困惑している。

 きっかけはわからないが、御手洗君に何らかの劇的変化があったのは確実。

 

「……ここまでが学園内での聞き込み調査で判明した情報です」


『ご苦労様。仮とはいえ、教師がすっかり板についてきたみたいだね』


「ありがとうございます。ティスタ先生のようにはいきませんが、なんとかやれています」


 聞き込み調査後、千歳さんへの定時連絡で情報交換。

 どうやら校外の調査には進展があったらしい。 


『御手洗さんのドラ息子を更生させるには結構な手間が掛かるかもしれないぞ。依頼料を上乗せしてもらわないと割に合わなそうだ』


「今回の依頼、ただのいじめ問題ではないと?」


『近いうちに警察も動く』


「……そこまで重大な事態なんですか?」


『警察のツテに聞いたところ、ここ最近の少年犯罪の件数が極端に増えているらしいんだ。ここ数日だけでも倍以上、その多くが「大人しくて真面目だったのに、ある日から急に人が変わったみたいに性格が荒くなった子供」らしい』


 御手洗君と同じだ。

 優等生だった子が急に変貌してしまう。

 まるで何かに取り憑かれたかのように。


「偶然とは思えませんね」


『正直、いくつか嫌な想像が浮かんでいる。例えば性格の劇的な変化は「違法な薬物による影響」とかさ。前に似た事例を見たことがあるんだ』


「そんな、高校生が薬物なんて……」


『若いうちは、好奇心や冒険心でやんちゃをしてしまうことがあるだろう。「自分だけは大丈夫、誰にも迷惑を掛けていない」って思い込んでいるヤツは結構いるんもんだ』


 いじめ問題解決の依頼だったはずなのに、話が大きくなってきている気がする。

 こういう時、大抵の場合は割に合わない危険な仕事になることが多い。


『いろいろと気になることはあるけど、警察から依頼や要請が無い限りは通常業務ということでよろしく。まずは目の前の問題を解決しなきゃね』


「はい、わかりました。引き続き学園内の調査を続けます」


『頼りにしてるよ。それと余計なおせっかいだけど、休日は自宅に帰ってティスタの相手もしてあげるんだぞー? あいつ、トーヤ君に甘えたいクセに年上だから遠慮してるんだから』


「あ、いやぁ……あはは……」


『土日は私が動くから、キミは自宅でゆっくりと休んでいてくれ』


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」


 通話を終えて、ホッと一息つく。

 千歳さんの気遣いはありがたいけど、念を入れておくことにした。


(土日に休みを貰えるなら、魔力の消費を気にすることもない。学園内に監視の目を仕掛けておこう)


 ティスタ先生に弟子入りしてから2年、僕が扱えるようになった魔術の種類は結構な数に増えていた。その中でも「使えると便利だから早めに覚えておくといい」と優先して教えてもらった魔術がある。


 それは、使い魔の生成。


『夜の猛禽』


 短い詠唱の後、手のひらに魔力を集めて球状に収束させる。淡い緑に輝く光球は徐々に形状を変化。1分もしないうちに鳥の姿に変貌した。


 現れたのは、体長70cmくらいの大きなフクロウ。

 夜間視力と動体視力に優れていて、聴覚も鋭い。

 静かに飛ぶこともできるので隠密行動もお手のもの。


 夜の狩人の異名を持つフクロウは、調査や監視、偵察に長けている。

 僕の頼れる相棒であり、僕の分け身ともいえる。


「休みの間、学園周辺を監視していてほしい。何かトラブルが発生したり、不審者が現れたりしたら教えてね」


 僕の言葉を聞いたフクロウは「ホゥッ」と元気よく返事をして、オレンジ色に染まる夕焼け空に向けて飛び立っていった。


(もうこんな時間だ。結局、御手洗君本人とコンタクトは取れなかった。来週はどうにかして本人に会って話をしてみないと)


 本日の業務はここまで。


 自宅マンションで待っている女性(ひと)に連絡をしようとスマートフォンを取り出す。画面を見ると「夕飯を作って帰りを待っている」とメッセージが届いていた。


(ティセ、本当に料理の腕が上がったなぁ。同居して最初の頃からは想像もできないくらいに……)


 僕が心から尊敬する魔術の師匠であり、心から愛している人。

 愛しい彼女が自宅で料理を作って待っていてくれるだけで心が躍る。

 自分が惚気ているのを自覚しつつも、それを止めることができない。


 ちょっと前まで、ティセはひとりで料理ができなかった。長期休暇の間に料理の腕を上げて、今では普通に夕飯を作れるまでに成長していた。


 洗剤で米を洗おうとしたり、肉や魚を焼きすぎて暗黒物質にしたり、味を美味しくしようと致死量のうま味調味料を鍋に入れることもあったが、それも今では良い思い出だ。


 きっと今夜も美味しい夕食を作って待ってくれている。

 そう考えるだけで帰りの足取りは軽くなった。


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