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銀杖のティスタ  作者: マー
赫灼の匣
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1.新しい日常


 ガーユスとの決着から2年。 

 人間と魔族、異なる種族間の軋轢は徐々に小さくなっていた。


 医学、薬学、科学技術と魔術を組み合わせた新技術の開発。

 魔術師による凶悪犯罪の事前抑制。

 魔術を使える者のみを受け入れる学校施設の創設。

  

 最初は夢物語と言われていた人間と魔族の完全な共栄共存は、あらゆる者達の尽力によって現実味を帯びた話になってきている。


 そして僕、柊(ひいらぎ) 冬也(とうや)も異種族共存のために奔走する魔術師のひとりであり、現在は見習い魔術師達に教鞭を振るう教師である。


「皆さん、おはようございます。今日もよろしくお願いします」


 魔術師の象徴である外套は着用せず、スーツ姿で教壇に立つ。

 目の前には総勢30名の見習い魔術師達が座っている。

 現代の日本に魔術師を志す子供がこんなにいるという事実が本当に嬉しい。


「トーヤ先生、今日は何を教えてくれるんですかー?」


 クラスの中心人物である女子が笑顔で話しかけてくる。

 生徒達から期待の眼差しを一身に受けながら、僕は笑顔で応える。


「今日は教室内でもできる魔術の実践をしてみましょう。まずはお手本を見せるので、僕の真似をしてみてくださいね」


 僕の言葉を聞いた生徒達から歓声が上がる。


 今の日本の法律では、魔術師以外の魔術使用は緊急時を除いて禁止されている。見習い魔術師が異能の力を使えるのは、正式な魔術師の立ち合いがある時のみ。


 今日は久しぶりの魔術実習なので、教室の生徒全員が浮足立っている。

 彼等の嬉しそうな様子を見ていると、僕の方も教える甲斐があるというもの。


(ティスタ先生の弟子になったばかりの頃は、自分が教える立場になるなんて思ってもいなかったなぁ……)


 昔は教えてもらう側だったけれど、今は先生として教える側。正式には「特別非常勤講師」という扱いなので先生ではないが、みんな僕を「トーヤ先生」と呼んで慕ってくれている。


 先生としての仕事を楽しんではいるものの、実のところ便利屋稼業で受けた依頼のひとつを解決するために教壇に立っている。依頼内容は、学生達の間で蔓延っている問題への対処だった。




 ……………




 遡ること2ヵ月前。

 便利屋 宝生にとある依頼が舞い込んできた。

 

「見習い魔術師の教育、ね……」


 所長の千歳(ちとせ)さんは目の前のソファに座る依頼者を見ながら呟く。


「はい……魔術師を志す我が校の生徒達に、かの有名な銀杖の魔術師様のご指導をいただきたく存じまして……」


 スーツを着た白髪の老人は、額に浮かぶ汗をハンカチで拭いながら話を続ける。


「白陽(はくよう)学園は、魔族や半魔族の受け入れを積極的にしております。日本で初めて人魔共学制度を取り入れた高等学校です」


「えぇ、知っていますよ。私は白陽学園の創設者と顔見知りですから。あなたが学園長であり、それなりに上の立場の魔術師ということも把握しています」


「そう、でしたね……はは……」


 依頼者の老人の顔色がみるみる悪くなっていく。


(無理もない。相手は呪術師の千歳さんだし……)


 魔術師と呪術師は昔から折り合いが悪い。日本に在住する魔族の扱いについて言い争いになるどころか決闘にまで発展したほど険悪な仲だ。


 これは最近知ったことだけど、千歳さんは呪術師として相当な地位を持っているらしい。日本には代々続く呪術師の家系が4つあるらしく、千歳さんが当主を務める宝生家はそのひとつなんだとか。


 魔術師を続けているうちに武勇伝を何度も耳にするほど千歳さんの名は裏の世界に知れ渡っている。


 そんな呪術師最高峰の実力者に依頼をするため、御手洗(みたらい)さんはこの便利屋に足を運んだ。


 魔術師と呪術師は犬猿の仲であり、千歳さんが呪術師として強大な権力と実力を兼ね備えていることを知っているのに、だ。つまり、これはまともな依頼ではないということ。


「……で、どんな厄ネタを抱えてるんです? まさかそれだけでウチを頼ったりしないでしょう。高名な魔術師は他にもいるんだから」


 千歳さんの言葉を聞いた御手洗さんは、表情を引き攣らせた。


 便利屋としていくつもの依頼を請け負ってきたからわかるようになってきた。依頼人が隠し事をしている場合、割に合わない仕事になることが多い。


「そ、それは……」


「御手洗さん、私は依頼料の支払いを渋る客とウソをつく客が嫌いだ。アンタも大人ならわかるよな。こういう仕事は、お互いの信頼が重要だろう」


 威圧的な声ではなく、諭すような優しい声色。千歳さんの言葉を聞いた御手洗さんは額に浮かぶ汗をハンカチで拭った後、意を決した眼差しに変わった。


「……申し訳ございませんでした。正直にすべてお話します」

 

 御手洗さんの依頼は、人間社会ならどこにでも起こり得るトラブルの解決。

 僕自身も味わったことのある根深い社会的問題のひとつだった。


「学園内で横行している「いじめ」を穏便に解決していただきたいのです」


 御手洗さんの依頼を聞いて、僕は首を傾げる。いじめ問題は確かに深刻だとは思うけれど、街の便利屋に解決を頼むようなことだろうか。


 いじめ問題に第三者が関わることは余計なトラブルを招きかねない。学校側で対処をするべきだとは思うが、そうできない理由があるのだろう。


「なるほど。つまり、いじめっ子が立場のある人間のご子息か、あるいはあなたの身内……ってところですかね?」


 千歳さんの予想が当たっていたようで、御手洗さんの表情が曇る。


「……私の、息子です……」


「つまりアンタは、自分の息子可愛さにいじめ問題を無かったことにして解決したいってことかい? 教育者としてそれはどうなんだ、と言いたいところだが――」


 千歳さんは少し考えた後、大きな溜息を吐きながら御手洗さんを見る。


「私にも娘と息子がいる。自分の子供を守りたい気持ちは理解できるよ。だが、いじめを隠蔽するだけじゃ何の解決にもならない」


「それは、つまり……依頼を受けていただけると……!?」


「アンタの息子の性根を叩き直すところからだ。その後に私から最も良い解決法を伝授してやるよ」


 いじめは、ただ終わらせるだけでは根本的な解決にならない。

 いじめっ子本人の心境と取り巻く環境を変えることで完全解決となる。


「ありがとうございます! では、銀杖のティスタ様に我が校に来訪していただくということで……?」


「いいや、悪いがティスタは長期休暇中でね。代わりにその弟子を白陽学園に出向させる」


「おぉ、噂に聞くティスタ様の一番弟子様ですか! それは心強いです。では、手続きを進めておきます」


 千歳さんの言葉を聞いて思考が止まる。

 いつの間にか僕が教師をやることになってしまっている。


「僕ですかっ!?」


 千歳さんの後ろでデスクに座りながら事務仕事をしていた僕は立ち上がって声をあげた。


「仕方ないじゃん。ティスタは休暇中だし、呪術師の私が見習い魔術師の先生になったら怖がられるだろうし」


「いや、でも……僕は魔術師になったばかりですし……」


「いいや、魔術師になって2年目じゃないか。トーヤ君は魔術師界隈でもすっかり有名人だし、生徒達もきっと喜ぶと思うけどなぁ」


「うーん……僕に先生ができるでしょうか……」


「大丈夫だって。むしろティスタより適任だよ。所長の私が保証する」


 千歳さんは、僕の肩に手を置いて何度も頷く。


「まずは、いじめの詳細を調べるところからだね。私は校外で調査を進めるから、トーヤ君は校内で情報収集を頼むよ。ついでに次世代の魔術師達との交流も楽しんできてくれ」


「わかりました。それにしても、自分が先生なんて……上手くいきますかね……」


 不安気な僕に向けて、千歳さんが耳元で囁いてくる。


「……ちなみに便利屋 宝生では、出向先の業務には特別手当ががっつりと出る。期待しててな」


「頑張らせていただきますっ!」


「うむ、良い返事だっ!」


 二十歳の社会人になってからお金の大切さを知った僕は、嬉々として出向を引き受けた。大人になるって、お金に正直になることなんだと思う。


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