69.再会の日
平日の昼下がり。
今日も今日とて働く便利屋の面々は、昼休憩を済ませて午後の業務に取り掛かっていた。
「…………」
冬也の旅立ちを見送った後、ティスタは彼が帰ってくる居場所を守るために便利屋での仕事を続けている。
魔術師として最高峰の実力と銀髪碧眼の可憐な容姿、人間と魔族の橋渡し役としてメディアにも顔を見せる機会が増えて、今ではすっかり有名人になっていた。
ティスタの名が売れたのは、半年前に国際指名手配犯のガーユスを捕らえたという功績が大々的に報道されたことがきっかけだった。
世間に「魔術師の中にも人間に味方してくれる者がいる」という認識が広まったことで、日本で暮らしている魔族や半魔族、魔術師への偏見や過剰な差別も落ち着きつつある。
完全な融和にはまだ時間が掛かる見込みだが、人間は魔族に少しずつ歩み寄っている。完全な平和的共存の道も見えてきていた。
日本が魔族を受け入れる状況に変わっていく中、ティスタはいつもと変わらず淡々とキーボードを叩き続ける。その仕事ぶりは鬼気迫るものがある。
(うぅぅ……トーヤ君、大丈夫かなぁ……ううぅぅぅぅ~~~……)
本人は一生懸命に仕事に打ち込んでいるというよりも、冬也の安否を考えすぎないように手を動かしているだけ。
「……おーい、ティスタ。そろそろ休みなって」
「いいえ、どんどん仕事を回してください」
「お前なぁ……」
ティスタの働きぶりには助かってはいるが、こんな状態が続いたら倒れてもおかしくない。冬也と会えない寂しさを紛らわすため、ティスタは仕事に没頭し続けている。
以前のように酒やギャンブルに溺れて何もしないよりは健全だが、過労で倒れてしまっては冬也に合わせる顔が無い。だからといって休ませようとすると、ティスタは自ら街に出て仕事を探そうとする。
「あぁ、おいたわしや……」
今のティスタの姿を見て、所員の金井が小さく呟く。3人体制での仕事にも慣れてきたとはいえ、ティスタだけ目に見えてオーバーワークである。
「……限界かな。金井君、例の件を実行に移そう」
「了解っす。いつもの店は確保してあります」
「よろしい。では、来週は久しぶりの飲み会だ!」
冬也が一時的に去ってからというもの、便利屋としての仕事ばかりで以前のように酒を飲みかわす機会は無かった。
仕事が一段落したタイミングで3人揃って久々に大人の飲み会。ティスタの抱える不安や不満を全てぶちまけてもらおうという魂胆である。
……………
飲み会の場所は、いつもの中華料理屋。便利屋事務所のあるビルの1階にある行きつけの店で、店主ともすっかり顔なじみだから多少騒いでも許してもらえる。
「うぅぅ……私、捨てられたんですかねぇ……」
開始早々、ティスタは生ビールを一気飲み。ジョッキが数秒で空になるほどの狂った飲みっぷり。
最近は酒を飲むことも忘れて働き続けていたからなのか、ティスタは開始早々ほろ酔い状態。それだけなら良かったのだが、いつの間にか追加注文していた熱燗を飲み始めたあたりで豹変。心の内に込めていた感情が爆発してしまう。
「ティスタさん、ちょっと飲むペースを落としましょう……?」
「ヤダ。今日は飲む。私の心の寂しさを埋めてくれるのはお酒だけ!」
ティスタは、いつの間にか追加注文していた日本酒を煽る。
「こんな気持ちになるなら、ついて行けばよかったよぉ……」
遂に本音が出てしまう。冬也のことが心配なのに、最終的に彼の意思を尊重して独りの旅立ちを見送ってしまったことを後悔していた。
「無事も確認できているし、大丈夫さ。定期的に手紙は送られてくるし、最近はテレビ番組やインターネットのニュースにも取り上げられていたじゃないか」
現在の冬也は「国境を跨ぎながら世界を旅する孤高の魔術師」として各国メディアに取り上げることの多い有名人。ティスタと同じく、凶悪な魔術師を捕らえた功績とエルフ特有の端正な顔立ちでファンが多いのだとか。
「彼は強いよ。聡明な子だから、限界が来たらすぐに助けを求めてくるって。アンタと違って世渡り上手だし」
ティスタからすれば「だからこそ」心配なのである。
「優しいし、モテるだろうし……きっと今頃、若くて綺麗な海外の現地妻と一緒にハーレムしてるかもしれないじゃないですか……」
「想像力豊かだな。さすが魔術師だ」
「うううぅぅぅ~~~」
「やれやれ……」
ティスタの様子に呆れつつも、彼女が冬也を心に支えにして生きていることに千歳は安心していた。人間に絶望して、堕落した生活をしていた頃のティスタ・ラブラドライトはもういない。
上司として、友人として、絶望から立ち直った彼女の姿を見ることができたのは本当に嬉しいことだった。
そんなティスタに、千歳は最高のご褒美を用意していた。
「頑張っているティスタにプレゼントを用意したから受け取ってくれよ。多分、今一番欲しいものを用意したからさ」
千歳が金井に向けて視線で合図を送ると、中華料理屋の店主に「例のやつをお願いします」と声を掛ける。店主は「あいよ!」と愛想良く返事をした後、店の奥から巨大な段ボールを乗せた台車を運んできた。
「……なんですか、これ」
怪訝な顔をするティスタに向けて、千歳と金井、中華料理屋の店主まで満面の笑みを浮かべている。
「まぁ、貰えるものは貰っておきます。ありがとうございま――」
ティスタが謎のプレゼントに触れようとすると、段ボールがガタガタと蠢き始める。中から飛び出してきたのは、ティスタが今一番会いたいと思っていた最愛の弟子だった。
「ただいま戻りましたー!」
満面の笑みで段ボールから飛び出した冬也の姿を見て、ティスタは固まる。
「え……僕の顔……忘れちゃいましたか……?」
反応があまりに薄くて不安気な冬也。しばらくして、ティスタは静かに彼を抱き締めた。
「トーヤ君……」
「せ、先生……さすがに人目が多いので恥ずかしいですよ。お久しぶりです。半年ぶりですね」
「おかえりなさい」
多くを語らず、お互いの存在を確かめ合うように抱き締め合うふたりを見て、この場にいる誰もが微笑む。
「あの、先生。なんだか……冷たいのですが……」
冬也を包む謎の冷気。飲み会の場と化していた中華料理屋の店内の気温が急激に下がっていくのを全員が感じる。
「このまま私の魔術で凍らせて、ずっとそばにいてもらいます……」
「え、怖い。あと寒いっ!? なんか雪女みたいなこと言ってませんっ!?」
「うわぁぁんんんっ! 私がどれだけ寂しかったと思っているんですかっ! このまま冷凍保存してやるぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!」
「うぎゃあぁーーーっ!?」
久々のアルコール摂取で暴走気味だったティスタは、久しぶりの冬也との再会で感情が大爆発。便利屋 宝生の面々が全員揃った半年振りの大騒ぎは、夜が明けるまで続いた。