44.街を駆ける魔術師達
僕が正式な魔術師になってから2ヵ月。
通常の便利屋業務に加えて、ティスタ先生と一緒に魔術師としての仕事も請け負うようになった。先生のように世間に名の知れた魔術師に指名される基本的に荒事が多く、今回は警察からの依頼である。
「待てゴルァ゛っ!!」
怒声をあげながら全力疾走するティスタ先生。前を走る先生の鬼気迫る表情に冷や汗が浮かぶ。
商店街に出没するという「姿無き万引き犯」は、ニュースにも取り上げられるほど深刻な問題になっていた。正体は「透明化の魔術」を利用した魔術犯罪者集団による犯行。
今まで何度も警察への捜査支援・逮捕協力した実績のあるティスタ先生は、一部の警官から絶大な信頼を得ている。警察全面協力の元、魔術を悪用する万引き犯を追い詰めていく。
透明化の魔術には、いくつかの欠点がある。
魔力的な痕跡が残るので、透明状態でも魔術師には存在が察知できること。
透明になるだけで、壁を通り抜けはできないこと。
塗料などが付着すれば、体の輪郭が浮かぶこと。
ティスタ先生によるアドバイスで、警察が数発のペイント弾を足元に撃ち込んだ。姿をわかりやすくした後、道路を封鎖して犯人達を特定の場所へと追い詰める算段になっている。
「はぁ、はぁっ……4人、でしょうか……!」
「そうですね。魔術を悪用する馬鹿者は、とっ捕まえて説教しなくてはっ!」
ティスタ先生は、魔術犯罪をに加担した者に対して容赦が無い。正式な魔術師となってから、先生といくつかの仕事を一緒にこなしていく中で、先生の物騒な異名の理由がよくわかった。
先生の悪人に対する敵意は人一倍強い。特に魔術を悪用する者が相手の場合、地の果てまで追いかけるほどの気迫を感じる。
ここで犯罪集団を取り逃せば、同じ魔術犯罪が繰り返される。そうなれば、日本に住まう魔族への風当たりが強くなる。人間と共存する魔族の平穏のために犯人は必ず捕まえなければいけない。
「トーヤ君、手筈通りに」
「了解です!」
警察との連携で4人の魔術犯罪者を廃ビル内に追い詰めることができた。あとは身柄を確保するだけ。廃ビルの周囲をパトカー数十台で取り囲んだ万全の態勢。もう犯人に逃げ道は無い。
廃ビルの1階フロアへ犯人達が入ったのを確認した後、僕は事前に仕込んでおいた樹木を操る魔術で出入り口と階段への通路を塞いで、犯人達をビル内へ閉じ込める。
「くそっ! 魔術師がいるなんて聞いてねーぞ!」
吐き捨てるような声が聞こえてくるが、姿はハッキリと見えない。
ティスタ先生が手に握った銀の杖から青白い光球を数個出して、廃ビルのフロア内を照らす。そして、目の前にいると思われる透明人間に向けて銀杖を振るった。
透過の魔術を解除されて姿を現したのは、どこにでもいそうなチンピラ4人。彼等の手には、魔符が握られていた。
(またか……)
魔符とは、魔力を持たない者が魔術を使うために作り出されたもの。一般社会に流通する代物ではないので、何らかの裏ルートで手に入れたとみて間違いない。
魔符を使用した魔術犯罪は、今月だけで10件発生している。
そのうち5件は便利屋に警察直々に協力依頼が来て、今月は大忙し。魔術師となった僕も、ティスタ先生の補佐として仕事に参加している。
僕が魔術師になってから、急に物騒な依頼が増えた。経験が積めてありがたい反面、魔術犯罪が増えるのは魔族や半魔族への印象や立場が悪くなっていく一方なので良いことばかりではない。
「トーヤ君、拘束をよろしく」
「了解しました」
僕は地面に手で触れて、魔力を送り込む。ビルの床タイルを砕きながら飛び出しした頑強な樹木が4人の男の手足を念入りに拘束した。
「な、なんだこれっ」
「うわぁぁぁっ」
身動きが取れなくなった万引き犯に向けて、ティスタ先生が尋問をはじめた。
「その魔符は、いつ、どこで、誰から手に入れたものですか」
未だに判明しない魔符の入手先。聞き出そうとしても、魔符を使っていた者達は決まって同じことを言う。
「覚えてないんだよ。というか、顔を思い出せなくて……」
「仮に知っていても話せねーよ。俺達、殺されちまう……」
以前に尋問をした時にも同じ答えが返ってきた。魔符を売ったという魔具商人は、自分の顔を認識されないようにする魔術を使っているのかもしれない。
「……そうですか。わかりました」
ティスタ先生はそう言うと、彼等に向けて銀の杖を振るった。
一瞬にして廃ビル内の1階フロア全体が凍結して、男達4人は顔以外を氷漬けにされてしまった。
「ひいぃっ!?」
「さ、寒いっ! 寒っ!」
警察に引き渡す前に万引き犯の体を氷漬けにして、完全に動けないようにする徹底ぶり。相変わらず先生は容赦無いが、彼等には「魔符を使っても本物の魔術師には勝てない」と理解したに違いない。
……………
警察との仕事を終えた後、僕とティスタ先生は所長の千歳さんへと依頼完了の連絡を入れた。
千歳さんからは、このまま直帰して大丈夫と言ってもらえた。お言葉に甘えて、ティスタ先生と夕食を済ませてから家に帰ることにした。
「まったく、最近はこんな仕事ばかりです」
「はい。魔術犯罪、増えてきていますね」
魔術が絡む犯罪には魔術師が適任だが、魔術師の数はそんなに多くない。魔術犯罪の数に対して、対応する者の数が足りていないのが現状である。
「あー……こんな時は飲むに限ります! 今日は報酬もたんまりと頂けたので、美味しいご飯を御馳走しますよ!」
「ありがとうございます、先生。でも、最近ちょっと飲み過ぎな気が……」
先日の仕事帰りは、居酒屋で泥酔してしまった先生を僕が背負って事務所の仮眠室まで送り届けたのである。今日も同じ状況になるんじゃないだろうか。
「大丈夫です。私には、キミがいますから」
好きな女性からここまで言われてしまったら、僕としては満更ではない。
「……わかりました。僕が責任を持って無事に送り届けるので、お好きなだけ飲んで下さい」
「さすが我が弟子……いいえ、パートナーです! 行きつけのお店でボトルキープしてもらっているお酒があるんですよねー」
「先生、先日行った居酒屋でも取り置きしてもらっていましたよね。いったいどれだけのお店でお酒を飲んでるんですか……?」
「この街でお酒を飲めるお店、すべてです」
「えぇ……」
相変わらずのお酒好き。先生の体調が心配だが、対策としてアルコールの分解を補助する魔術を使っているのだとか。
アルコール分解魔術は、ティスタ先生自らが作り出したのだとか。飲酒への執念が生み出した奇跡の魔術である。
「トーヤ君もお酒が飲める歳になったら、一緒に飲みましょうね」
「楽しみにしています」
早くお酒が一緒に楽しめる歳になりたいなんて考えながら、前を歩くティスタ先生の背中を追う。多発する魔術犯罪の影響で世間は大騒ぎだが、僕達の仕事は変わらない。
人々と魔族の生活を守り、自分が生きていけるお金を稼いで、明日に備える。
そんないつもどおりの日常は、とある事件がきっかけで一変することになった。