表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀杖のティスタ  作者: マー
銀杖の魔術師
23/86

22.忌み地での修練②


 あれから1時間、千歳さんと会話をしながら荒れた道を歩き続けた。


 ヒビの入ったアスファルトの道、雑草の伸びきった獣道、廃村を越えた先にあった山道を登って、最後に辿り着いたのは――


「ここが目的地」


 千歳さんは立ち止まって、前方を指差す。


「はぁ、はぁっ……な、なんですか、これ……」


 息を切らしながら、目の前の光景を見て呆然とする。千歳さんが僕に見せたかった景色は、美しくも恐ろしいものだった。


 目の前には巨大なクレーター。何か強力な爆弾でも炸裂したかのような光景。直径2kmくらいのの大穴がぽっかりと空いている。クレーターの表面にはいくつもの氷柱が伸びていて、針山地獄の様相を呈していた。


「前に私とティスタが三日三晩の殺し合いをしたって話、覚えているかい? ここが戦いの跡地なんだ」


 千歳さんは背負っていた登山用リュックを降ろすと、中からレジャーシートを取り出して地面に引いて、お弁当箱と水筒を取り出して淡々と昼食の準備を始めた。


「昔話をするなら場所も大切かなと思ってさ」




 ……………




 目の前に広がる非現実的な光景を眺めながら、千歳さんが作ってくれたお弁当を口に運ぶ。食事をしながら、かつての魔術師と呪術師の争いの歴史を教えてもらった。


「難しい話ではないんだ。魔術師は革新派、呪術師は保守派って感じでね」


 人間と魔族の共存を願う魔術師、人間を守るために魔族の排除を目的としていた呪術師。真っ向から対立した双方が出した解決方法は、なんとも時代遅れで単純明快な「決闘」という手段だった。


「呪術師の総本山から「魔術師を皆殺しにしろ」と言われた時は呆れたよ。結局、強引な手段しか取れないんだってね。私も具体的な案があったわけじゃなかったから、もう殺し合うしかなかったわけ」


 日本に在住する魔族の扱いに関して、最初は魔術師と呪術師の全面戦争で結論を決めようとした。そんなバカなことをするくらいならと、魔術師側は1対1の決闘を申し入れてきたのだとか。


 決闘なんて時代錯誤もいいところの手段を提案したのは、魔術師側もこの国に生きる魔族や半魔族のため、犠牲を出さずにできることをしようとしたからなんだとか。


 全ての魔族と半魔族を守るために戦った魔術師。

 人間のテリトリーを守るために戦った呪術師。


 双方の中で最も大きな力を持った者同士が決戦をした地。眼前の巨大なクレーターがその跡地なのだ。


「……で、ティスタとはじめて会ったのが決闘の時。あの子がまだ10代だった頃かな。いやぁ、我を忘れて戦うのを楽しんだものだよ!」


「は、はは……」


 恐ろしいことを笑顔で言う千歳さんを見て、僕は苦笑い。


 3日に及ぶ死闘を続けたティスタ先生と千歳さんは、互いの実力が拮抗していたことで決着がつかないと判断。


「お互いに「こりゃあ殺すのは無理だな」ってなったところで、最後は同意の上で引き分け。その後、折衷案を考えたんだ」


 人間に対して影響を与えない程度の魔族は、引き続き日本での滞在を許す。ただし、それ以外の強大な魔力を持った魔族は国外退去。


 それが日本で暮らす魔族に対する最大限の譲歩だった。


「……正直、うまくいくとは思っていなかった。同じ人間の移民の受け入れも成功していないのに、魔族が馴染めるわけがない。でも、予想に反して魔族は日本に馴染んでいった。どうしてだと思う?」


「うーん……この国が魔族にとって居心地が良かったから、とかでしょうか」


「それもあるね。青森にある霊山を中心にして、日本には魔力的な力場が拡がっていると聞いたこともある。でも、理由はもっと単純だったんだ。魔族が優しくて良いやつが多かったのさ」


 魔族には大らかな心を持つ者が多く、よほどの理由でなければ人間に危害を加えることはなかった。実際、魔術を利用した犯罪は多くても、9割以上が人間の手によるものなんだとか。


「でも、魔族から伝わった魔術を悪用する人間が現れた辺りから魔族への風当たりも強くなったのが今の状況。事前に魔術犯罪を止めようにも、警察は基本的に「何か起きてから」が行動開始だから後手に回ることが多い」


 自由に動くことが可能で、魔術を使った犯罪を抑制することができれば――


「もしかして、千歳さんやティスタ先生が便利屋をしているのは、誰よりも早く魔術を利用した犯罪を抑制するため……?」


「お、鋭いね。それも目的のひとつ。基本的には街の便利屋さんってスタンスは崩さないけれど、有事の際にフットワークが軽いのはメリットだからね」


 ティスタ先生のように優秀な魔術師が素早く行動できる環境として用意したのが街の便利屋だったということらしい。ティスタ先生や千歳さんなど、異能の力を自由に使える者が街の見回りをしていれば、それだけで魔術犯罪の抑止になる。


「私が出張することが多いのは、各地で同じ目的を持った仲間を集めているからんだ。さすがに私とティスタだけでは手が回らないことも多いから」


「なるほど」


 千歳さん達は、僕が考えている以上に先々を考えて行動をしていた。でも、良いことばかりではなかったみたいだ。


「ティスタも便利屋をはじめた当初は張り切っていたんだが、大人になって人間の汚い部分を見ていくうちにやさぐれちゃってさ。トーヤ君が来るまでは、引きこもって酒を飲んでるか、街をふらついてはパチンコ屋でサボったりって感じで」


 それでも先生は、魔術に対してだけ真剣な姿勢を崩すことはなかった。どんなに辛いことがあっても、どれほど裏切られようとも、人生を捧げてきた魔術だけは捨てることはできなかった。


「あの子は若い頃から真面目過ぎたし、感受性も強かったし、今まで出会ってきた魔術師の中で最も優れていた」


 優秀だからこそ、誰よりも早く理解できてしまった。人間と魔族の融和も、人間の魔術に対する理解を求めるのも、優秀な魔術師を育てることも、今の人間の世界では不可能なんだということを。


「……で、そんなクソみたいな現実に打ちのめされている時にトーヤ君という将来有望な弟子が来てくれたわけさ。ティスタも嬉しかったみたいだし、熱心にもなるよね」


 ティスタ先生にとって僕が弟子入りしたことが転機になったというなら、弟子として嬉しい限りだ。


「僕にとっても先生との時間は特別なので、そう思って頂けていたらとても嬉しいです。先生が僕を守ってくれたように、僕も先生を守れる魔術師を目指して頑張ります」


「……なんだか聞いているこっちが恥ずかしくなるなぁ」


「えっ!?」


 千歳さんはニヤニヤとしながら水筒を取り出して、ホットコーヒーをコップに注いで僕に渡してくれた。


「それじゃあキミも強くならないとね。これ飲んで落ち着いたら、実戦訓練だ!」


「……実戦?」


「私とプロレスごっこしようぜ!」


 まるで「鬼ごっこしよう」といったノリでプロレスという単語を出されて、僕はコーヒーの入ったコップを持ったまま固まる。


 千歳さんの本来の目的は、楽しいハイキングなどではなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ