第五十五話:安穏とした昼からやり直しの夜へ
ぎりぎり一週間更新……ですよね?(^_^;)
休日。うら若き乙女が恋人も連れず、一人で歩いている――私だ。
無事行商団を護衛し終え、国境警備の兵の帰還者に相乗りする事一週間。二週間の激務を終えた私達には二日の休暇が与えられた。
二週間なら四日では!? とルフトが抗議をしてみたものの、受理される筈も無く。
その貴重な一日は惰眠をむさぼり、体力の回復に努めた。そして今は、休日の二日目にして最後の日。
ギルド員をしてた頃には気が向けば働く、明日は働く、と気ままな生活をしていた為、一か月たった今も休暇を上に指定されるという事に慣れない。
つらつらとそんな事を考えていると、目的地――オーダイ金物屋――に着いていた。
扉に手を掛け引いてみると、扉の隙間からなじみ深い声が耳に届く。
「だから……で、…………を」
「……で…………ですか? しかしそれじゃ、肝心の耐久力が」
ルフトとオーダイが武具の発注に関する相談をしているようだが、声を潜めている所為で良く聞こえない。立ち聞きするのも褒められたものでは無いので、気付かせる意図も含めて少し大きな声を出す。
「ルフト、こんな所に居たのか?」
「イ、イレーナ、お前こそどうしたんだ? こんな所で」
「お二人とも、こんな所こんな所って、一応僕のお店なんですが」
ははは、と生ぬるい笑みを浮かべ、二人揃って頭を下げる。いやはや、店主が居る前でこんな所は無いよなぁ。
そんな雰囲気を誤魔化すように私はルフトに尋ねた。
「ここに居るという事は特注の暗器でも作るのか?」
「あー……まぁそんな所だ。つっても、只のオーダーメイドじゃないぞ、俺原案の超特注の一品。これ一つ……いや、色々含んだセットなんだけどよ。兎も角、これさえあれば、戦闘方法がガラッと変わるって程のものだな。まーまだまだ未決定な部分があるんだけどよ、出来上がったらいの一番にイレーナに見せてやるよ」
そう言ってルフトは自信ありげな笑みを一瞬だけ浮かべる、と言うのも直ぐにその表情は消え、やや眉を傾け疑問を持つそれになったからだ。
案の上、ルフトは、ところで、と話を続け、
「お前は何しに来たんだ?」
「私はこいつの点検だ」
と、私は腰に下げた鷹爪花に手を当てる。
「点検? 刃でも欠けたのか?」
その言葉に私よりも早くオーダイが反応する。心外だと言わんばかりに、首を左右に振り、
「失敗作と言えど僕の作った作品です。よほどの使い方をしない限り、こんなに一か月や二か月そこらではそんなことになったりしませんよ」
口早にそう言い放つ。視線はこちらを胡乱気に見ており、言外にどんな使い方したんですか、と私を責めていた。
その視線に少したじろぐが、直ぐに自分に非は無いと思い直す。
「私だってそんな無茶な使い方はしてないさ。そもそも、刃欠けたとは一言も言って無いだろう。私が点検に来たのは、この――」
話しながらボタンを押しこみ、鞘が剥がれ抜身の刀身が露出する。私は剣を持っていない手である一点を指さした。
「フック部分が不安だったからだ。如何せん、これを使って真剣を折るのは初めてだったからな」
沈黙。誰も何も言わない、私は言うべき事を言ったから、ルフトは特に言う事ないから、オーダイは訝しげな表情を浮かべた後、何から言うべきか迷う様に口をもごもごと動かすだけで声を出さない為。
間を保つように秒針が幾つか時を刻み、沈黙が破られる。
「本当に、そのフック部分で剣を折ったんですか? 挟むだけじゃ無く」
首を縦に傾け、肯定の意を示す。すると、オーダイが一つ、呆れた様に深くため息をつき、再び口を開く。
「その部分は強度が低いって言いましたよね、僕」
だのになんで使うかなぁ~! と、こちらが肯定する間もなくオーダイが髪を片手で掻き毟り(かきむしり)ながら立ち上がる。
「僕はですね。失敗作であろうとなんであろうと、自分の作った作品を人に壊されるのが大っ嫌いなんですよ。だから、武具屋やらないで金物屋やってるぐらいなんでね」
と、口を動かしながらオーダイが近づいて来、手をこちらに差し出す。その手に鷹爪花の柄を乗せると、直ぐに腕を引き、剣を厳しい目付きで隅々まで見回す。
なんだかテストでもされているようで落ち着かず、せわしなく手を開いたり閉じてたりしていると、オーダイが剣を先程まで付いていた机の上に置き、こちらを見る。
「幸い、ヒビは入ってはいませんでした。一つ、正直に答えて欲しんですが、今後もこれを使いますか?」
示す先は当然、フック部分。そろそろ名称が欲しいなと考えつつ、
「……ああ」
そう、答える。剣を挟む、折るだけでなく、あのフック部分は何かに役に立つ気がするのだ。あれがあるだけで、抜剣術が使えなくなったりはするものの、元々も私は一振りで相手を倒せるほどの力も無ければ、技術も無い。であれば、妙手を使って戦う方が勝率は高い、性にも合っている。
などなど、様々な事を考えて上での決断であったのだが、オーダイはまた一つ長い溜息を放ち。面倒臭げに鞘を寄越せと手で訴える。訴え通りに鞘を投げ渡すと刀身を収め、二つある籠の内、何も入っていない方にそれを収め、代わりに、暗がりに積んであった剣を一振り掴んでこちらに放り投げてくる。
「こいつは僕が修理……まぁ失敗作三十七号位のレベルには仕上げておきます。それが終わるまではその記念すべき失敗作一号でも使っててください、サービスですから代金は良いです。ただし、その一号を少しでも壊したら法外な値段を要求するので、そのつもりで。それじゃ、今から掛かるんで出てってください。ルフトさんも、実験作八号については明日また話し合いましょう。出来れば五つぐらいは設計案を考えてくれてると助かります、勿論僕も設計案は練りますが、色んな意見を聞きたいので、それでは」
一息に言い放たれた言葉の弾幕に一方的に押し切られ、ルフト共々外へ追い出される。
「やれやれ、イレーナの所為で追い出されちまったよ」
流し目をルフトが送ってくる、それに負けない様にと見返しつつ、
「原案だけでこれ以上話が進むとは思えないんだが? むしろ、私が来て考える時間が出来て良かったと思うべきじゃあ?」
その言葉にルフトは痛い所を突かれたと身を引く。そして、数瞬後、
「口が減らないな、お前は」
ルフトが顔をしかめ負け惜しみを放ち、兵舎の方へと続く坂道を下り始めた。
◆◇◆◇◆◇
「そう言えば聞き忘れてたんだが」
肩を並べて寮へ帰る道中。私はふと、疑問を思い出した。
「なんだ?」
「ルフトはなんで生きてたんだ?」
私は確かに左胸に突き立った矢を見ていた。あの時は矢が奇跡的に心臓を逸れてたのかと考えていたが、今思い出してみるととてもそうは思えない。
「あれ? イレーナ、分かって無かったのか?」
ルフトがきょとんとした顔を浮かべる。
「あ、ああ。分かる筈が無いだろう」
「いや、そんな事は無い筈だぞ。ほら、こういうタネだから」
と、ルフトは胸から投げナイフを一振り取り出す。前も言ったろ? と首を僅かに傾け。
「俺は体に投げナイフ仕込んでるって言ったろ? それに偶々当たってな、だから実際には矢は心臓には突き刺さって無かったんだよ。まっそれでも咄嗟の事だったから、衝撃は思い切り伝わって死に掛けたんだけどな」
ははは、と朗らかに笑っているが、良く見れば口角が引くついている。どうやら、結構トラウマになったらしい。
それを誤魔化したいのか、忘れたいのかは分らないが、ルフトが話を変える。
「ところでイレーナ」
「何だ?」
返事をしつつなんとなしに辺りを見ていると、最近出来た評判のパン屋が目に入る。
その煙突から、パンを焼く香ばしい香りが風に運ばれ、私の鼻孔をくすぐる。
匂いに刺激されたのか、急速に空腹を感じた私は即座に息を止め、顔を前に向ける。
「今日も……」
ぐ~ 大きく、そして間の抜けた音が鳴る、発生源は私の腹部だ。どうやら、息を止めると言う私のささやかな努力は時すでに遅しだったようだ。
顔が赤く染まり始めるのが自分でも分かる、何故このタイミングなのか、私の身体ながら腹立たしい……腹なだけに。
「……とりあえず、あのパン屋で何か買うか」
こちらから不自然に顔を背けながらルフトが言う。顔を背けてようが肩が揺れて居ては意味が無い、私はその腿を摘まみつつ、
「……そ、そうだな」
顔を火照らせたまま、パン屋へとルフトの背を押す。
「で、さっき言いかけた事なんだが」
と、ルフトが一つ目のパン――スイートブールだ――を早々に食べ終え、話し始める。
「イレーナ、お前今日はレオとの訓練だったけ?」
「レオ?」
首を傾げながら私はパン――クリームパンだ、美味しい――の最後の一欠けらを口に放り込む。
「ああ、レオナルドの事だよ。こっちに帰って来るまでに大分暇があっただろ? 前からレオナルドって長いって思ってたんだ、だからレオで良いか? って聞いてな。それで本人の了承を得たからそう呼んでる」
言い切った後にルフトはコーヒーカップに手を伸ばす。その際に起きた風で運ばれた香りにつられ、私もカップに手を伸ばしつつ、
「お前ら何時の間に……まぁそう言う事なら、確かに今日は訓練だが、それがどうしたんだ?」
問いかけ、一啜り。熱いコーヒーが舌を撫で、喉を下り、内から体を温める。
「いや、ちょっとお邪魔しようかなと」
「どうしてだ?」
「まま、安心しろ。俺は隅っこで木偶を相手にしてっからよ」
「……まぁ良いか、けど"掌底"の方は大体コツを掴めたって言って無かったか?」
カップから口を放すと、口内が程よく苦味が馴染んでいるのが分かる。人知れず満足げに頷きながら二つ目のパンであるメロンパンに手を伸ばす。
"掌底"――"掌底破城撃"、未完成だったそれのコツを掴んだと聞いたのは、アイゼルに到着する一日前だったりする。
「それは、そうなんだけどよ。イレーナもレオから聞いただろ? あの童話」
ルフトも同様の行動をとり、カレーパンを一齧りして、皿に戻す。
「ああ、聞いた」
「あれ聞いたら、"変幻流"の方も一通り訓練し直したくなっちまってな。出来れば修練場にある木偶を使いたい」
「おいおい、そっちの流派は"変化"を多用するんだろ? 迂闊な事は……」
「大丈夫だよ。大体、"大狼"になった俺を許容した時点でやるかどうか迷ってたんだ。あんまりあっさり許容されたから不審に思って今までやってなかったけどな。今から約一か月後、その一週間の間でも戦争に加わる事を考えると、な」
ルフトが言葉を濁しコーヒーを手に取って、目線を外に向ける。"変幻流"はより殺す事に特化してるとだいぶ前に聞いた、ルフトにとっては余り話してて気持ちいい物では無いのだろう。
「……そうだな」
私としても、戦争の話はあまりしたくない、戦争そのものを好まない事もあるが、なにより向こうに行ったが最後、ルフトは戻ってこないという事を思い出させられるから。
「っと、レオとの訓練は何時だ?」
聞かれて慌てて時計を見る、現在時刻十二時二十分。
「レオナルドとの訓練は何時も一時からだ、移動を含めるとあまり時間が無い、早く食べよう」
「りょーかい」
◆◇◆◇◆◇
[我流:燕尾斬]
地面すれすれから風を切り弧を描く。弧は途中、鈍い音を立てて男の顎を打ち上げる。
肩当てに男の木剣が当たるも、すでに木剣持つ当人に意識は無い、故に力を伴っていない。
決着だった。
「これにて今日の訓練は終了だ。起きろ、レオナルド」
「はえっ痛ぅ~!!」
目を見開き立ち上がろうとして全身を襲う痛みに呻く。私には最早おなじみの光景だ。そして、倒れている弟子に手を差し伸べるのも。
「あ、ありがとうございました」
「やれやれ、容赦ないなぁ、イレーナ」
ルフトがコートを肩に掛けながら向かってくる、その顔に汗は一つも浮かんでいない。訓練して無い訳で無く、汗腺周りを"変化"しているのだろう。
「容赦する程余裕が無いからな」
「割には無傷に見えるんだけど」
「一度でも喰らったらヤバいってことさ」
今なら鉄心入り木剣だろうが受けたら余裕で折られるだろう。いや、その前に受け切れず木剣を吹き飛ばされるな。
今度は予め用意していたタオルで汗を拭きつつ、話を続ける。
「どうやら、お前の待ち人は来なかったみたいだな」
私の言葉に、ばれてたか、とルフトがばつが悪いのを隠すように頬を掻く。だが、それも長くは無くルフトが厳しい表情を浮かべる。
「まぁ、な。だけどどうやら、俺の見込み違いだったらしい」
冷たく言い捨てたその表情は厳しいながらもどこか寂しげで、拳は悔しげに強く握られていた。
私はその理由が分かっていたから、不敵に笑い、そっと口を開いた。
「ふん、そうでもないみたいだぞ?」
気取った風に親指を立て背後を指さす。
そこに居たのは――
目に掛からない程度の茶髪、整った目鼻立ち、やや細身、けれど程よく筋肉がついた長身。
――ジャン=ソルダートだった。
「組長。今日は、お願いがあって、此処に来ました」
ジャンの言葉にルフトは続けろ、と重く頷く。
ルフトの言葉を聞いたジャンは己の膝を、手を、頭を地面につける。
「どうか――もう一度、模擬戦を行わせてください!」
ジャンの声が静寂に包まれた夜に響く。
「……良いだろう」
そう告げるルフトの顔、頭を下げているジャンからは見えていないが、その顔には凶悪な笑みが浮かんでいた。
「ただし、条件がある」




