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人魔のはみ出し者  作者: 生意気ナポレオン
第三章:時は過ぎ去り別れ編
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第五十四話:例外であった者が訴える言葉は虚か実か

 起きた。理由は何処からか吹き込んでくる冷たい風の所為だ。

 目覚めは普通、起きる前まで事を思い出すと、他人事にギリギリだったな、などと思う。

 自分がこうやって目を覚ましているのだから、あの場はあれで無事に切り抜けられたのだろう。

 魔力欠乏症の時は、あんまり体を動かすことは出来ないので無駄な努力は避けて大人しく助けを求める為に喉を震わせる。

「おーい、レオナルドー!」

 寝転がりながら言うと、自分が酷く怠惰な人間に思えるがこれは仕様が無いんだと言い聞かせる。

 土を蹴る音が段々と大きくなり始める、早さからして随分と焦っている様子だ。

 何が起こった?――内心で疑問と焦燥が生まれる。敵か? だがそうなると拘束も無く、ここに寝転がされてるのはおかしい。ならば、なんらかのトラブルと考える方が賢明。しかしどんなトラブルが……もしかして、ルフトの事か? あの状態はさすがに異能者だとしても納得いくものでは無いだろう、不味い私はあんまり弁が立たないのだ、何か言い誤魔化し方を……!

 慌てて誤魔化す方法を考案、シュミレートしてみる。結果は全て、猜疑を煽るような結果に落ち着き。その事に小さく舌打ちをした瞬間、幕が開かれ明かりが目を焼いた。

「師匠!」

 眉を八の字にし、今にも泣きそうな顔をレオナルドは浮かべていた。その顔の所為で自然と避けていた一つの不安が浮き上がる。

 ルフトが死んだ。その可能性に、背筋が一気に冷える、吐き気が込み上げ涙が浮か「目を覚ましたんですね!!」……は?

「もう……ぐす、目をさ、覚まさないかと……!」

「いやいや、只の魔力……」

 欠乏症と続けようとして口を紡ぐ。この国では最近こそ魔術も取り入れるようになったが、まだ戦闘用魔術が一般的では無い。となると、当然魔力欠乏症になる事例など殆どないだろう。レオナルドの様に不安に取りつかれるのも当然……か。

「大丈夫だ、大したことは無い。ちょっと、魔力を使い過ぎただけだ。ほら、この通り口はしっかり動いているだろう?」

「うう……本当ですか?」

「当たり前だ。上の言葉に疑問を持つなど、兵士に有るまじき、だぞ。あと、師匠とは呼ばない様に、な」

 と見えるかどうかは分らないが努めて笑顔を作る。

「了解でず……!」

「宜しい。ところで……ルフトはどうした?」

「あ、安心してください。ルフトさんはさっきまで寝てましたけど、今は外の宴会に混ざってます」

「は?」

 まさに拍子抜け、心配してたのが馬鹿みたいだ。いや待て、間違いなくルフトはずるずるの状態で発見された筈だ、それで何もないなんていくらなんでもおかしい。

「レオナルド、ルフトに疑問を抱かないのか?」

「へ? 何を……ってそう言えば副長は此処の出身じゃありませんでしたね」

「確かにそうだが、それがどうかしたか?」

「アイゼルには百二十年ほど前から"変化士"の童話が史実と共にこの国には伝わっているんですよ」

「童話?」

「全部を話すと時間が掛かるので、かいつまんで言わせていただきますと」


 ある日ある時アイゼルの何処かに、自らを"変化士"と名乗る黒衣に包んだ若者が現れた。

 その者、美麗で若々しい外見に反し老獪な知識、独特の体術、そして只ならぬ武勇を持っていた。

 黒衣の若者、アイゼルにて兵となり、数多の戦場を征した。

 結果、アイゼルからは英雄と、他国からは化け物と恐れられた。

 だがそれも永遠では無く、英雄はいよいよ敵に追い詰められた。焦りがその表情には浮かび、直ぐに消えた。

 英雄は決心したのだ、自らの隠された力を解き放つことを。

 英雄は人である事を捨てた。人を狩る獣と化したのだ、その力に敵軍はなすすべなく壊滅した。

 代わりに英雄の体に傷が無い場所は無く、自分の隊に帰り着いた途端、その場に倒れ伏した。

 浮かんでいた汗が粘性を帯び始めている――体が溶け始めていたのだ。

 誰かが言った、これは英雄では無く化け物だと。 

 誰かが言った、我々は化け物では無く、神の力によって救われたのだと。

 誰かが言った、さぁ凱旋だと。

 彼らは何も言わず、何も見ぬふりをして、その場を立ち去った。

 哀れな英雄は捨て置かれたのだ、裏切られたのだ。

 かくして英雄譚は閉じたかのように思われた。しかしまだだ、ここで閉じていてはこの物語は存在しない。

 ある日罪に耐えかねた一人の兵士が死の淵に思った。

 これを後世に伝えねばなるまいと、兵士は子に伝えた己が殺した英雄の真実を。

 子は涙した、己の父。その身勝手さ、醜悪さに。そして固く決意した、この涙をアイゼル中に、と。

 かくしてこの物語は生まれた。これは残酷な真実の物語。だが目を逸らすな、同じ間違い繰り返さぬために、二度と英雄を失わぬために。


「――とまぁ、こんな感じです。これは童話ですから多少の誇張はあるかと思いますが、古いアイゼルの歴史書にも"変化士"の事は書かれてありますので、実在した人物だと言われています」

「成程……だから、大狼に変化した時にも……」

「自分はその場にはいませんでしたが、話を聞いた時は耳を疑いました」

 それはそうだろう、童話に出る英雄が現れたのだから。

「副長も組長の事を「大丈夫だ。皆まで言うな」……はい」

 しかし、これはどういう事だろうか? 百二十年前にはまだ"門"の仕組みは解かれていない筈、となれば必然あの大山脈を越えたという事になるが……あの山を越える者が居るとは思えない。

 ならば、本当に"変化士"と言う異能者が居るという事だろうか? それも考えにくいが……まぁ考えてもしょうが無いな。

「悪いがレオナルド、肩を貸してくれ。思う様に体が動かないんだ」

「分かりました、けど何処へ?」

「ご飯だ。お腹が減ってしょうがない」



◆◇◆◇◆◇


「ふぅー……お腹いっぱいだ」

 はしたなくお腹を叩きつつ呟く。しかし会う人みんながお礼を言ってくるのには参ったな、仕事だからやって当然の事なのだが。

「それじゃ、組長の所に行きますか?」

「ああ、ご飯食べたら来いと言ってたからな」

 再び肩を借り、ゆっくりとジャンとルフトが周囲に座る焚火に近寄る。

「どうも……」「おー! やっと食い終ったか、イレーナ」

 ジャンは依然沈んだ様子で、ルフトは酔っぱらっていた。普段とまるで違うその様子に隣のレオナルドが困惑する様子が伝わる。全くこいつは……

「おい、部下の目があるんだ。ちゃんと……「馬鹿言え、もう業務終了時間だ!」

 言われ見たらとっくに普段の業務時間は終わっている。だがこれは……

「そんな目するなよ、俺はこれから柄にも無く説教しないといけないんだ。少しぐらい飲ませてくれよ」

 目が据わった。正直、真面目な話をするのか普段の調子行くのかはっきりしてもらいたい所だ。あと、お前は飲んだら説教するタイプだからな、柄にもなくないぞ。

「さて、レオナルド。お前も適当に座れ、少し長くなりそうだからな」

「は、はい!」

「それじゃあ、ジャン。一先ず、お前の今日起こした失態について話して言って見ろ」

 そう言うルフトはにやにやと笑っている、目は笑っておらず、拳は青白くなる程に強く握られているが。

「……油断し、組長に無用な傷を負わせました」

「その通り。お陰で俺はあわや死ぬかと言う目にあったし、結果として無事だったものの、危うく全滅と言う事もあり得た訳だ」

「はい……!」

 拳を固め体を震わせているジャンにルフトが近づく。すると、ルフトは右手の中指を親指に引っ掻けて溜め、額に照準を合わせる。

 デコピンだ――それも"圧縮"を使った強烈な。

「がぁ!」

 ジャンが一瞬白目を剥き、寸での所で地面に手をつき後頭部を頭に叩き付けられるのを防ぐ。

「あ、あうあ……」

「意識朦朧のまま聞け。俺が最後に殺した男が現れた時に言ったよな、「俺が引付けます」みたいな事。車の裏で聞いてたが、ありゃなんだ?」

「失態の責任をとろ……」

「ふざけるな」

 二発目。

 額に二つ目の(あざ)が生まれ、ジャンの目がぐらぐらと揺れる。

「止めてください、組長! 御怒りはごもっともですが……」

「ジャンもレオナルドも良く聞け。今回の場合は責任を取るってことは俺の分の仕事をするって事だ、要するに最後の男の殺害だな。なぁどうやってだ? 新兵のお前にあいつが倒せるとでも? 寝言は寝て言え。いいか、俺が怒ってるのは、とれる保証が無いのに責任取るなんてほざいた事だ」

「く、車を……」

「車突っ込ませて自分もろともってか? はん、成程なぁ……やっと、ジャンお前って人間の底が知れたよ。お前の本質は、恰好つけで小心者のガキだよ」

「ルフト、言い過ぎだ……!」

「イレーナ。思い出してみろ、訓練校時代、敗北よりも降参を選んだ此奴を、全滅より投降を選んだ此奴を。はん、何が賢いだ、俺の目も濁ったなぁおい。馬鹿が一周回って賢く見えただけじゃないか」

 一切止まる事の無かった言葉の弾幕が止む。一息、ルフトが間を置く、それは攻撃の予備動作に等しい気配を放っていた。

「ジャン、お前は勝てない勝負をせず、負けそうになったら、生き恥を晴らすより、華々しく死ぬとかわめくタイプだ。戦争に栄誉は在り、戦いを尊いと思う、アイゼル人らしい考えだ。いや、何も俺はそれを否定している訳では無い、好きでは無いけどな。だがな、それをお前みたいな何も知らないガキが言うのが気に喰わないんだよっ……!」

「おい!」

 ルフトがジャンの襟首を掴み持ち上げる。ジャンが苦しそうに暴れると、ルフトがジャンを投げ捨てる。

「お前も見ただろう、俺とあの男の殺し合いを。戦争はあれの連続だ、血に塗れ、死体がごみくずの様にちらばる。だがそれはまだ良い、今起こってる"人魔大戦"には今まで圧倒的に違う部分がある。それが何か言ってみろ、ジャン」

「げほっごほっ……敵が魔族であるという、事」

「その通り。その魔族が捕虜となった時に、人間同士の戦いと違い言葉が通じない、となればどうなるかは分かるだろ? 一方的な虐殺だ、虐殺。協会が魔族の言語を学ぶ事を禁じているから、今後しばらくは間違いなくそのままだろう。結局の所戦、争は殺し合いと虐殺の繰り返しだ。戦争が起きている限り、一部の例外を除き、誰であろうと被害者で加害者であり、加害者で被害者だ。そこに栄誉なんかがあってたまるか!」

 一息、だが今度は抜いた刃を鞘に抑える為のそれだ。

「此処まで説教垂れておいてなんだが戦争の見かたなんて千差万別だ、だから俺の考えを押し付けたりはしない。だからこれも、あくまで俺個人の考えとして聞け」

「はい……」

「犬死は止めろ、生き恥晒してでも生きろ。死ぬんだったら誰か救って死ね――以上だ」

 話を締めルフトが酒を煽る。瓶から口を放した顔は既ににやついた顔で、およそ先程までの同一人物とは思えない。

「すこし、考えてきます……」

 ジャンがふらふらとどこかへ歩き去って行く、レオナルドが追いかけようとするがルフトが止める。

「ここは一人しとけ、な? ほれ、人に構ってないでお前も呑め」

「わ、わ!」

 瓶をレオナルドに放り投げ、慌ててそれを掴む光景に両手に瓶を持ち笑いながらルフトが私に近づいて来る。

「……あの時は悪かった」

 ルフトが一瞬笑みを消し私にしか聞こえぬ音量でそう呟き、瓶を差し出す。

 私は無言でそれを受け取り、喉を湿らそうと瓶の口に手を掛けた。

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