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人魔のはみ出し者  作者: 生意気ナポレオン
第三章:時は過ぎ去り別れ編
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第四十七話:就任一日目

サブタイが全く思いつかなかった……!

 起床。頭に鉛、足に鉄球、憂鬱、暗鬱、気怠い、億劫。一応言っておくが、寝起きは良い方だ。

 半身だけ起こしカーテンをにして開ければ、容赦なく朝日が顔を照らす、窓を開ければ冷気が挨拶してくれそうだが、生憎私は彼が嫌いだ。

「眠い……仕事したくない……」

 重ねて言おう寝起きは良い方だ、普段は。と言うのも、昨日の夜遅く、今日の朝早くまで自分の部下となる二人の資料を読み込んでいた所為だ、さらに言えばあんな夜遅くに資料を届けたどっかのルフトが悪い。お陰で睡眠時間は一時間もあるかどうか、しかもあれだけ読みこんでおいて記憶が虚ろ……寝ない方がまだましだったかもしれない。

「ふぐぅ……」

 陽を嫌う虫の様に地面を這い、衣装棚に手を伸ばす。とても他人には見せられない醜態だが、誰にも見られてないから問題なし……自分さえ現実に目を逸らしていれば。

「ぐぅぅ……!」

 衣装棚の取っ手を支えに体を無理やり起こ「バキィ!」

「があつ!」

 そうとしたのが悪かったのだろう、体重を掛けられた取っ手が折れ、顎を強かに打ち付ける。

「っ~~~~!」

 あまりの痛さに、しばらくの間もんどり打って床を転げ回る。

 私を基準にして十分間、世界基準にして一分間悶えた後、目が覚めた私が真の意味で起床する。

「ところで時間は……?」

 遅る遅る時計を見てみると、長針は六を、短針は七を指している。そして、私の警邏当番は七時から、つまりは……遅刻だ!

 慌てて扉を開き、衣服を取りだ「ガカッ!」くそっこんな時になんでハンガーが引っ掛るんだ!

 焦りが一つ一つの行動を狂わせ、結果何時もと同じか、下手をするとやや遅い位で着替えが完了する。

「よし!」

 とこれから始まるであろう徒競争(相手は過ぎ去る時間、勝てっこない)に活き込んだが、良く考えてみれば、普段はルフトが起こしに来るはず……あ。

「今日は親善会じゃないか……」

 そうだった言い渡された昨日は休日だったから日程がずれ込んだんだった……そう言えばルフトにも顔見せだなんだと言われた覚えがある。体から一気に力が抜け、思わずベッドに倒れ込――

「って駄目だ!」

 危ない危ない、此処で寝たら元の木阿弥。かといって何もしないのも時間の無駄……資料でも読み直すか。

 椅子に腰かけ、机に整頓されぬまま放置された紙を手に取る。

 手に取った紙一番上、その氏名欄にはジャン=ソルダートと書かれていた。名字から分かる通り、この写真に移された凛々しい美青年がホルンさんの息子なのだろう。

 正直こちらはルフトが指導担当する予定なので、あまり確認する必要はないのだが、まだ時間は一時間近くはある、ザッと確認しておこう。


「……ふむ」

 一通り読み終え、一息つく。ジャン=ソルダート、彼は訓練生時代は資料を見る限りは順風満帆と言って良い、成績はどの科目に置いても好成績をマーク、特に近接戦闘技術及び戦略概論に置いてはトップを何度もとっている。二つのトップから分かる通り、突っ込むだけの猪武者と言う訳でも無いようだ。加えて、大規模な模擬戦や団体戦に置いては、他の人からの推薦によりリーダーに選ばれる事が多々ある事から考えると、カリスマ性もあるらしい。

「だがやはり……これは……」

 私が注目したのは、ホチキスで纏められた紙の一番最後、他の訓練生に取った人格調査の紙だ。

 多くの人が成績に関しては尊敬できるや目標にしているなどなど比較的良く書かれているが、同時に欠点として最低限のコミュニケーションしか取らない、なんとなく話しかけづらい、話し方が高圧的があるなど性格に関してはあまり評価されていないようだ。

「さてさて、我が相棒はどうするのかね……と人の事気にしている暇はなかったな」

 しかし私独り言が多いな、長年付き添ってきた悪癖だからな治すのは無理だろうが。

 諦観しつつ、再び紙に手を伸ばす、氏名欄にはレオナルド=ノヴェリーノと書かれている、顔写真にはやや童顔の青年が顔を緊張の所為かこわばらせている、その微笑ましい写真に僅かに笑みを浮かべつつ、資料に目を通し始める。


 訓練生時代の成績は上の下もしくは中の上、基礎訓練や体力開発などの肉体面における基礎的なものでは上位を維持、だが近接戦闘技術、模擬戦実習などではやや真ん中を下回っている。だからと言って何も考えていない訳では無く、戦術概論などではしっかりと上位を維持している。

「ふーむ……どういう事だ?」

 考えても結論は出ないと分かっているが、思わず口からそんな言葉が零れてしまう。肉体面はトップクラス、特に持久走に置いてはトップの成績を収めていると言うのに、模擬戦の結果たるは実戦ならば死屍累々とは言わないが、凄惨なのには間違いない。

「っと、時間が無いな」

 もう少し考察したい所ではあったが、時計はもうここを出るのに十分も無い事を指し示していた。読む速度を上げつつ、最後の資料を読む。

 ……どうやら人格的にはなんら問題は無いらしい、一部批判的な物もあったがそれはどうやら真面目が過ぎてのものの様だ、成績に関しては、生徒も努力を怠ってる訳でも無いのになぜ? と首を傾げているようだ、一番苦戦した対戦相手としてもちらほらと名前が出ている、だと言うのにこの勝率……別に緊張でがちがちだったという事も無いらしい、只いつも通りに、習った技術を使ってたら勝てたと書いてある。

「習った技術を使ってたら……か」

 少し引っ掛る。ここに謎(と言う程でも無いが)を解決する糸口がある様な気がしたが、生憎もう時間だ。

「おーい、イレーナ起きてるかー」

「大丈夫だ、今行く」

 

◆◇◆◇◆◇


 十分ほど歩き、屯所の裏にある外部の修練場、その一角にある模擬戦場と称される、やや掘り下げられた小規模な闘技場とでもいうべき場所、そこには二人の青年が直立不動で立っていた。

「早いな、ジャン君、レオナルド君」

「いえ、当然の事です」

 と、ジャンがすまし顔で答える。返答こそ従順ではあるが、声はやや刺々しく、不満ある事を抑えられていない、抑えていないのもかもしれない。

「ルフト組長。未熟者ではありますが、今日からご指導の程、宜しくお願いします!」

「ああ、よろしく頼む、レオナルド君」 

 広い部屋一体に響く大声でレオナルドが言い、その声量にやや腰が引けつつもルフトが返す。どうやら、あの資料通り真面目な青年らしいな。

「どうやら互いに名前は分かっているようだから、自己紹介は省くとしよう。早速で悪いが、ここを集合場所にしたからには分かっているだろうが、君たちの実力を改めて確認するためにも、模擬戦を行わせて貰う。まずは副長とレオナルド君にやって貰う。準備を」

「了解しました」「了解!」

 立てかけられた幾つか木製の武器、当然長剣方の木剣を手に取ってみる。ずしりとした手ごたえ、中に錘が入っているのだろう、より実際の武器に近づける為か。

 最初に手に取った以外の木剣を取ってみるが、結局最初の木剣を手に取り輪の中に下りる。中にはすでに、レオナルドが剣をしっかりと握り、こちらを緊張した眼差しで見据えていた。

「よし、準備が出来たようだな。レオナルド君は勿論だが、副長も手加減をしない様に。では――始め!」


「ヤァッ!」

 ルフトの号令後、すぐさま飛び出しレオナルドが木剣を振り下ろして来る。

「先手必勝、と言いたいんだろうが……」

 呟きつつ足を半歩右へずれ、続くであろう右薙ぎに備え木剣を縦に構える。

 果たして、木剣は予想した通りの軌道を描き、その動きを止められた。

「くっ!」

 防がれたのを見てすぐさまレオナルドが右に飛び退く、追撃しようと体が傾くが、直ぐに構えを戻す。ルフトはああは言ったものの、手加減無しはさすがになぁ……

 様子を見る事にしたのか、レオナルドがじりじりと私を中心に反時計まわりに回り続ける。

「掛かってこないか……なら、私から行かせてもらう」

 地面を蹴り、前へ体を傾ける。剣先を地面すれすれまで近づけ、砂をすくい上げる様な切り上げ。

 木剣は膝の高さまで行くこと無く、木剣をしっかりと見据えたレオナルドによって力強く抑えられる。やはり、まだまだ訓練生だな。

「うぶっ! す、砂ぁ!?」

 しっかりと下を見据えていた顔面に砂を本当にすくい上げ目潰し。

 案の上怯んだレオナルドに向け真っ直ぐに突きを放つ、狙い通り胸のど真ん中に突き刺さる。

 腕を引き今度は右薙ぎ、巻き上がった砂の所為で見辛いが、木を打つ音防がれたことを知らせる。

 砂塵を抜けレオナルドが右腕を後ろに引いて出てくる、手の形から――掌底、距離を離す気か。

 剣を戻す時間は無い、しかし後ろへ避けるのも芸が無いな、ならば――

 右足を僅かに後ろへ引き、左足を上げる、木剣から左手を離し腕を曲げる。

「ぐぅ!」

 ガキィ、とこちらへと伸ばた腕が肘と膝に挟まれ、掌底から生まれた風が虚しく服を撫でる。

 勢いを殺したの確認し、すぐさま片足で飛び退くと、ついさっきまでいた場所を木剣が通り過ぎる――ギリギリだったな。


 呼吸をする間の無い攻防。お互い僅かに呼吸を荒くし様子を見る。

 数秒の時が流れ、呼吸が整う。そして、もう一度踏み込むか? そう思った瞬間。

「行きますッ!」

 掛け声と共に大地を強く蹴りレオナルドが突っ込んでくる。

 その走りは重鎮で威圧的、だが決して遅くは無い、酷く安定した重魔動車の様な走りだ。

 構えは大上段。勢いを乗せるのに最も的確な構え、力任せに振り下ろすつもりなのだろう。

 今度は受けてみるか。

「でぇい!」

 予想通りの剣線、木剣を横に構え受け止める――が。

 腕から伝わる衝撃は予想以上、木剣がみしみし、と悲鳴を上げる。この木剣、金属の錘が入っ――て無い、無い事にしておこう。

 いや、慌てるな――対処法はある。中に錘が入ってる事など絶対に思い出すな。

 まずは木剣を横へずらし、力を後方へ逃す。

 慣性に従い前へ崩れるレオナルド、その背を駆け抜ける様にして蹴る、体勢は蹴る姿勢のそれでは無く、相手に掛けられる力は多くない。しかし、それは相手を壁まで押しやるのに充分な一撃であった。

「くっ! ととっとぉ!」

 地面を抉りつつ反転、背後を確認した私の眼ににとんでもない光景が映った。壁に叩き付けられる寸前、レオナルドは足を壁へと踏み出した。壁を砕きながら垂直に一歩二歩、三歩目で跳躍、空中で一回転して着地する。

 これが通常なら何ら驚く事では無い、驚くべきは模擬戦用の鎧を付けていながらそれを行えたことだ。急所を守るだけのものとはいえ、鉄の鎧を付けた上であの軽業、この目で見てなければ信じられなかった。

「あ、危なかった……」

 その健脚に内心で評価を上げつつ、着地後の膠着(こうちゃく)した背中姿へと駆ける。

「レオナルド君、気を抜かない様に」

「は、はいぃ!?」

 ルフトの声にレオナルドが振り向く。遅い、あと一歩踏み込めば剣の間合いの中だ。

 右足を強く踏み込み、左からの薙ぎッ!

「っと!」

 ――少し、傷つくなこれは……!

 私が全力で放った左薙ぎは、しかし木剣に防がれていた、片手で持った木剣に、だ。

 レオナルドの左腕は微動だにしていない、さっきの軽業と言い、どんな剛腕、どんな健脚してるんだ……!

 動揺しても防がれた事実は変わらず、時間が止まったりはしない。

 何時の間にか一切の行動を止めていた私の眼前に褐色の拳が迫りくる。

「くっ!」

 ギリギリで首を傾け拳を回避、風切り音が心臓に悪い。

 突き出した腕が引き切る前に距離を詰め、防御に奔る左手の木剣を右腕で抑える。

 左手に下げた木剣を突き出した右腕、その脇下を痛打!

「いぎっ!」

 レオナルドが苦痛に顔しかめ、身を引きつらせる。

 畳み掛ける様に返す刀で左肩に一撃、命中。

 肩を抑え左に回ろうとするレオナルド。確かに袈裟切りからの対処としては正しい、そう思う。


 だが、逃がしはしない――もはや、手加減などと言った自惚れは掻き消えていた。レオナルドの一撃に恐怖したのだ。あの剛腕健脚から放たれる渾身の一撃を喰らおうものなら骨の一本や二本じゃ済まないだろうし、防御したら木剣が折れて惨めに敗北、避ければ問題ないが、そんな綱渡りはしたくない。それに正直、片手で防がれたのが癪に障る。 


 右足を軸に右回転、木剣が円を描き空を切り裂く、遠心力を加えた斬撃が奔る。

 メキィ――確かな手ごたえ。斬撃が声を投げかけ、返答に肉を打ち、骨を砕く音が手から伝わる。

「がぁっ!」

 レオナルドの右手から木剣が零れ落ちる、慌てて拾おうとするがその首に木剣を押し当てる。その様子を見たルフトが、ゆっくりと立ち上がり「勝負あり」と号令をかけ、場内へと入ってくる。

「やれやれ、本当に手加減無しとは。……っこれは……副長、責任を持って医務室に連れて行きなさい」

 最初こそ冗談めかした言い方だったが、レオナルドの怪我を見て、青い顔でそう告げる。今更になって頭が冷え、自分が感じた手ごたえを冷静に思い出す、骨を砕いた様な、具体的に言えばひびを入れたような――それ以上深くは考えず、私はレオナルドの肩を担ぎ足を医務室へと向けた。   

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