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「やあ、イザーク殿! ぐっすり休めましたかな?」
翌朝、皆で朝食を取っているとセバスティア侯爵が声をかけてきた。
「ええ、おかげさまで」
「そうか、それは良かった」
大口を開けて笑うセバスティア侯爵は気づいていないようだ。俺の寝不足に。
結局、部屋に聞こえるシャルロットの寝息に耳をすませていると、さきほどまでの口づけを思い出し、頭から消え去ることはなかった。
深夜だというのに、心臓がドクドクと音を出し、いっこうに鳴り止まなかった。
ようやくウトウトし始めた時には、外は薄明るくなってきていた。
そこから二時間ほど眠り、朝食の時間になり起きた。
だが、なぜか身も心もスッキリとして朝を迎えた。
「おはよう、イザーク」
ソファで目を開けると、真っ先に飛び込んできたのが、シャルロットの笑顔だったからだ。
今でも思い出すと、そのかわいらしさに悶絶しそうになる。
「――それはそうとシャルロット、本当に帰ってしまうのかい? もう少しゆっくりしていけばいいのに」
セバスティア侯爵が残念そうな声を出す。
「ええ。朝食を食べたら、出発しようと思うの」
「そうか。それは残念だ。久々に家族と会えたのだから、もう少しゆっくりしていってもいいのだぞ」
「お父さまったら」
シャルロットはコロコロと声を出して笑う。
「また、いつでも会えますわ。それに……」
シャルロットは視線をこちらに向けた。
「いつまでも北部を留守にするわけにもいかないでしょう。様子も気になりますし」
「おお、そうだったな。勇敢なイザーク殿を、いつまでも南部に引き止めているわけにもいかないな」
「ええ、そうですわ。それに私は彼の妻ですから」
シャルロットは俺に向かって微笑んだ。
妻という響きに胸がドキッと音をたてた。
「そうだったな。では、またいつでも遊びにくるといい!」
セバスティア侯爵が明るい声を出す。
「今度は北部にも来ていただけませんか。南部には劣るかもしれませんが、北部は北部で良いところもあります。案内しましょう」
するとセバスティア侯爵の顔がパッと明るくなった。
「おお、それはいい案だな! 結婚式の時はとんぼ帰りだったからな! 今度は長らく滞在させていただくとしよう」
「ぜひ」
上機嫌になり、セバスティア侯爵は朝から心配になるぐらい食べた。
そして朝食を終えると、セバスティア侯爵から呼び止められた。
「イザーク殿、少しいいだろうか」
うなずくとそのまま、セバスティア侯爵に客室に案内された。
ソファに腰かけるよう勧められ、しばらくするとメイドがワゴンを押して、紅茶を運んできた。
とりとめもない会話していると、やがてメイドが去った。
セバスティア侯爵はコホンと小さく咳ばらいをした。
「それで、シャルロット……あの子は北部に馴染んでいるのだろうか」
これが聞きたいがために、俺に残るように言ったのだろう。父親の顔を見せるセバスティア侯爵と向き合う。
「ええ、彼女はとてもよくしてくれます。俺にはもったいないぐらいです」
伝えるとセバスティア侯爵の顔に安堵が広がる。
「実は、この結婚には難色を示したんだよ、私は」
気まずそうに視線を逸らすが、その反応は無理もないと思えた。
これだけ愛情に包まれた娘を、いきなり知り合いもいない北部に嫁げと言うのだから、反発心もあるだろう。
「いくら王命だと言われても、納得いかなかった。実際、シャルロットが嫌になったら、すぐに迎えに行くことも考えていたんだ」
それは親としては当然に感じた。
「だが、今のシャルロットを見て安心した。君がいれば大丈夫だろう」
「ありがとうございます」
こんな俺に大事な娘を任せてくれるセバスティア侯爵には頭が上がらない。
「北部で魔石の発掘が始まりましたが、すべて彼女のおかげです。街に下りては炊き出しなども行い、北部の人間にも好かれています」
セバスティア侯爵は目を細め、何度も小さくうなずいた。
「だから俺もシャルロットを大切にします」
はっきりと言い切ると、セバスティア侯爵はスッと手を差し出す。
「ああ、シャルロットを頼んだぞ。イザーク殿」
そして固く握手を交わした。
そう、俺は決して彼女を悲しませることはしないと、固く心に誓ったのだった。
***
「じゃあ、皆さん、ありがとう。また来るわね」
セバスティア侯爵家の使用人含む、総出で見送りを受ける。
「じゃあ、シャルロットまたね。元気でやっていくのよ」
「ええ、お母さまも体に気をつけて」
両親との別れを一歩引いた場所で見つめている。
「――出発の準備が整いました」
背後からスッと登場したのはドリーだった。気配を感じなかったので、突然の登場にいささか驚いた。
「ああ、これから長い道のりで苦労かけるが、シャルロットについてきてくれ」
ドリーはフッと笑う。
「当然じゃないですか。シャルロット様が行くと言うのなら、どこへもついていきます」
胸に手を当て誓いを立てる姿は忠実なメイドそのものだ。
「実際、私はこのまま南部に残るのもいいのかもしれない、と思いましたが」
それは紛れもない彼女の本音だと思えた。
「ですが――イザーク様が南部に来たと聞いた時のシャルロット様のとても嬉しそうな顔を見て、やはり北部に帰るべきだと思ったのですわ」
ドリーは小さく息を吐き出した。
――どこで過ごそうと、シャルロット様が幸せなら、それが一番ですから、と付け加えた。




